【6】種魚関連

 真の種魚とは?

2014年10月28日 (火)

会と種の間(はざま)で

親魚は全て子を産むので“種親”ですよね。産まない親魚はただの池塞ぎ。

良い種親は何かって言ったら・・・

①尾形の良い子を沢山産む親

②綺麗な柄を沢山産む親

③キズの無い子を沢山産む親

④らんちゅうとしての資質を持った子を沢山産む親

ぐらいに分けられると思います。

人によって“種魚”の定義が違うようなんですが、私は④でなければ“ならない”と思うんですが。

Dsc_0593_r_2 親魚

Dsc_0600_r 三歳魚

さて、この2尾をどう評価するかは議論の多いところですね。

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2014年8月16日 (土)

当歳~会用~

こんな感じでまだ色変わりしていませんが、尾が付いている個体も居ます。

三尾とも素赤でしょうね。

Dsc_0397

多分、会に持って行っても誰かにあげちゃうと思います。持って帰ると養生が大変だし、厄介な菌が入ると立ち直すのが手間なんで・・・。(苦笑)

尾まくれや尾が歪んでいたりスボケていても、会に持っていけるこんな個体も出ますから。

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2014年5月 4日 (日)

★GW集中エントリー★ 種では使わない個体

Dsc_0154

これといった欠点もない良魚です。

メスなんで巾を見せてますが、単に腹巾ですね。

普通ならこのような個体を種にするんでしょうが、頭も弱いし胴も巾はありません。

よって会用であり、観賞用です。

これを種に使えば、頭はもっと崩れると思います。

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2014年4月27日 (日)

会用再び

下の画像は二歳です。尾で選別していませんが、何尾かは尾が付いた個体も残ります。このような個体は鑑賞用として来られた方に渡したりします。一味も二味も足りないのがわかりますか?

Dsc_0112_r_3

下は二歳。良い尾形ですが左がまくれています。手網でキズつけたんですね。あまり神経質に手網を使わないので引っかけちゃいます。とにかく数が多いので・・・・。(^^;)

Dsc_0117_r

下は三歳。エサはあんまりつけてないのが分かると思います。仕立てればふくよかになって太みが増し、腹が近くなり、尾筒も程よく幅を増して見やすくなると思います。

Dsc_0118_r

これはほんの一例です。決して尾で選別するなと言っても、結果として残るものです。何腹も取って、尾型だけで残して一池に集めるなんてのは、愚の骨頂です。それでは何が遺伝して何が遺伝しないかは、いつまで経っても分からないでしょう。少しでも次回の仔引きで確率を上げることを科学的に考えていくのが、愛好家としての努めかと思うのですが。。。。(-_-)

 

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2014年4月23日 (水)

会用とは

種親を維持していると会で遊べる魚が出ます。

そのような個体を“会用”と言います。仔引き用には難があるが、品評会では十分通用する個体です。

何故仔引き用として難があるか?

全ての部位が一定水準をクリアしているが、突出した特徴を有していないから。キズが無い魚は無難な個体だから。

Dsc_0099_r明け三歳

そこそこの頭(カシラ)、そこそこの胴幅を維持して低く見える。そして尾が付いている。これがバランス魚で“会用魚”と呼ばれるものです。

Dsc_0106_r 上掲と同じ個体

親の尾がすぼけていても、ちゃんとした尾の個体も出ます。それを飼い込めば立派な会用が仕立てられます。どうしても尾が付いていると、そこそこのバランス優先の個体になってしまいます。

上掲の個体で仔を取っても、普通以上の仔が取れるでしょうが、種としてはやはりワンランク落ちるんです。このあたりは同腹の他の個体と比較すれば分かります。

実物を見てもらわないと画像では中々分かってもらえないんですよね。残念ながら。。。

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2013年9月15日 (日)

どっち?~種魚をどう選ぶか~

ここに2尾の種魚候補がいるとします。

さてあなたならどっちが種魚としてふさわしいとするでしょうか?

Dsc_3806
かたや白勝ちの更紗。

Dsc_3805
もう片方は素赤というか猩々。

さあ!あなたならどっち?『どっちの種魚ショー』(^^)/

普通なら更紗を選びますよね。

素赤は、尾が流れちゃっているからダメ。

更紗は尾が揃っている。でも目先が白いし右手が白い。それ以外欠点はないし・・・・。

素赤の頭と胴の質は飛び抜けています。でも尾がね。

私なら素赤を選びますけど。

2尾は同腹なんです。尾優先の選別をしていたら素赤は残ってないですよね。早い時点でハネているはずです。でも我慢して飼っていたら素質が出てきた。(尾以外)

こうやって尾の良い個体も出てくる。親の尾はダメだけど、仔は色々なタイプが出てくるってことなんだと思うんです。

早いうちに尾だけで選別したら、素赤のような形質の個体は皆無になっちゃうんです。次世代は確実に質が落ちていることになってしまう。でも飼育者はその劣化が緩慢なので気づかない。

ある時、10年前に撮った写真を見て愕然とする。頭の形質が無くなっている・・・・って。

『良い魚を捨てているに決まっている。』これは宇野先生の言。

それと、私なら魚の色を見た時点で素赤を選択します。上の更紗は腰白が進んだ色ですよね。腰白が進むと赤の部分が収縮していく傾向があります。白勝ち同士の掛け合わせなら確実に白い魚が増えます。それを回避したい。素赤同士でも更紗はいくらでも出るし。別に狙う必要性は無いと思うんですよね。

“出てきたものをどう残すか”が問題なんだと思うんです。

但し、上に書いたことを今からご自分の系統で実践しても、おそらく狙った形質の個体は残らないです。4年間一腹全部を残す覚悟と場所が無ければ、失った形質を探すことは困難だと思います。砂場で一粒の砂金を探すように。(←ある尊敬する先輩の言)

ならばどうするか?それが知りたい人はメールください。

ここに書いていることをベテランさんに聞いても答えは返ってこないですよ。お断りしておきます。

気の長い話しですよね。

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2012年8月21日 (火)

会用も居ます

まだまだ暑い日が続きます。

水換えに追われる日はまだ当分続きそうですね。

さて、うちで会に持って行けそうなのをピックアップ。但しまだまだ幼いです。欠点は無いので無難な仔達です。
Rimg0347

尾だけならこれぐらいの個体は普通に出ます。親は尾形がないんですよ。会で遊ぶならこれだけ別飼いして育成すれば良いと思います。

で・・・・
Rimg0350

同腹でこんなのも残してます。というか数合わせで残っているのですが、前者の個体よりこちらのほうがこの先可能性があるように思います。何が?考えてみてください。

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2012年4月 1日 (日)

会魚と種魚

愛好家は仔を産ませる親魚を厳密な規定なしに、総じて“種魚”と表現します。本人の主観的な好みで“種魚”としているので、その遺伝的な特徴は質的な優劣に関係なく次世代に受け継がれることになります。

しかし、種牛にしても種馬にしても、仔を産ませる親全てが種ということはあり得ません。育種学的に既定すると種魚とは、優良な遺伝因子を数多く持ち、仔に安定的に遺伝する優良な形質を保持している親魚を言います。

「仔出しが良い」とはスムーズに産卵する親や、卵数が多い親を言うのではありません。あくまで優良形質を持った仔を数多く出す親を「仔出しが良い親」と言うのです。

らんちゅうの場合、“会用魚or会魚”という括りがあります。種としては不向きだが会に出陳するには適当であるぐらいの形質を持ち合わせている個体。

種魚と会魚を比較すると、ブリーダーとしては種魚を持っていないと継続して繁殖は出来ないと言えます。種魚を持っていれば会用魚はいつでも作ることが出来るという理屈です。

故に種魚は表現型として優れたものを表出している個体でなければならないはずです。

Photo_3   

上図は、手持ち画像から比較図を作成しました。

ご覧のように二つのポイントを図示しています。黄色い矢印は“背出し”の部分を表わしています。赤い矢印は、背中から腹までの“体高”を指し示しています。

二つの個体を比較すると随分と違うことが一目瞭然です。らんちゅうとしての資質を見極めることを絶えず意識していると、この相違点が次第に理解出来ることなのだと思うのです。

会魚のほうは系統(宇野系とか協会系とか)関係なく良く見られるタイプのもので、どこも悪い所はありませんが、種としては劣ると思われます。

会魚としては申し分ないが種魚としては劣る・・・・判ったようで判らない表現方法ですよね。つまりこうです。

図の会魚は、種魚と比較して背出し部分が頭の高い位置から始まっています。高い位置から始まっているので背から背下りが深くなり、尾は高い位置でバランスを取っています。さらに腹は食い下がり気味になって体高があるように見えます。事実、体高があるのですが・・・・背は決して低くは無いが、エサを付けてその背の高さが目立たなくなるので、普通気が付かないとこれを種魚としてしまいます。これ以上先に進もうとするタイプではないので資質としては種魚としては向いていないと思います。

しかし、会魚として欠点はありません。むしろ背なりは良いですし上見なら太く立派に見えることでしょう。背下りも上見なら太く見えるはずです。「会魚として上見が良ければ良い」と極論される愛好家が居るぐらいですので会で遊ぶには良いでしょう。

翻って図の種魚はどうでしょうか。背出しの部分が頭の低い部分から出ているのがお判りになるかと思います。比較すると頭部がはっきりと区分されていて土台から違うことが判ります。低い位置から背が始まっているということは、体高がなく腹の付き具合も適度なのが見てとれるかと思います。上見だと太い棒のように見えるはずです。背なりも尾付けまで破たんなく続いています。理想の体型とはこのようなものだと言えるのではないでしょうか。らんちゅうであればこのような個体を種魚としないと先には進みまないでしょうし、形質の保存維持は出来ない言えます。

種魚の頭の質も同時にご覧ください。トキン部分の膨隆が全然違うことに気が付くことでしょう。会用魚は顔が体の一部となってしまっていますが、明らかに種魚は顔の部分が分離したように見えます。

ただ単に仔を採るから種魚ではないのです。厳密に仔を採る親の質を見極めることが大事で、愛好家の独りよがりで親を選択していては、次第にいつの間にからんちゅうとしての資質が消えた個体ばかりになってしまうのだと思うのです。

客観的に魚の質を見極めることの難しさを説明してみましたがいかがでしょう?

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2011年12月25日 (日)

蔓牛(つるうし)

150年ほど前から中国地方の山間で、遺伝学の知識の無い頃より黒毛和種の固定化が行われていたそうです。

芋蔓のように元を辿ることが出来る牛を『蔓牛(つるうし)』と呼んだのだそうです。

●特定の優良形質に関与する複雑な遺伝因子が相当程度にホモ化された系統。

●特定の優良形質を完全に具備、顕現している個体を蔓牛と称する。

「世界に類例のない和牛の「サシ」の入る牛の基礎作り」がこの考えのもとに保存されていったとのことです。    『動物遺伝育種学入門』新城明久著より

長年に渡る改良は、一朝一夕で出来ることではないことを物語っていますよね。元を辿ることが出来る牛。らんちゅうはどうでしょう?もう三代も遡れば闇の中ではないですか?

ずっと遡れると言っても、“優良形質を完全に具備、顕現”している個体ですか?“ホモ化”しているのでしょうか?

“顕現”、明らかに表れること、表現型。ちゃんと意識していないと形質はホモ化しないことを経験的に中国地方の先人は知恵としてあったのでしょうね。どうやらその肉質である「サシ」に関しては、記述から類推するに副産物であったようです。

いずれにしても、「蔓」という概念は現在の「系統」と同等の意味なのですが、“蔓らんちゅう”がこの世に存在しているか、という問いには、かろうじて宇野系らんちゅうがそれにあたると断言しても良いのではないでしょうか。

種牛、蔓牛=種魚、蔓らんちゅう

育種という視点でらんちゅうを考えることが大切と思うのです。

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2011年12月 7日 (水)

種魚の考え方

こんな考え方してはどうでしょうか。

頭と胴と尾に分けてその形質度合いを数字で表わしてみましょう。
それぞれを10点満点として形質を表わして見ると。

頭 胴 尾
10 10 10  究極のらんちゅう こんなのは居ません。(^_^;)

頭 胴 尾
7  7  8  会用のらんちゅう 
可もなく不可もなく、尾が基準なので頭も胴の質もこれぐらいにしかなりません。

頭 胴 尾
10 8  3  種用のらんちゅう
尾と頭は一般に反比例しやすいと言われています。愛好家はこのような個体はハネ出してしまいます。この形質を維持していて尾が8点の個体が居れば申し分ないのですが、まずもって出ません。

らんちゅうも改良品種なので、親に似ないと系統とは言えません。同時に親以上に良い形質が仔に出るかと言えば、ほぼ無いと言っても過言ではないでしょう。だとすると、形質の維持をどうするかを考えることが重要になってきます。

さて会用のらんちゅうは、ある意味妥協の産物と言えます。例えばの話しですが、一般に頭の形質が7点以上のものを、大半の愛好家は目にすることはありません。仮に見てもそれだけでは会で評価されないので、その価値が判らないか見過ごすことが多いです。なので7点で良いと勘違いしてしまうか、その上があるとはよもや思いません。でも本当は形質が10点の個体のほうが良いに決まっているんです。ですから比較する物差しがない大半の愛好家は7点で満足してしまうのです。

“宇野系らんちゅう”と称していても、頭と胴の質を二の次にするのであれば、一般のらんちゅうと大差が無いことを肝に銘じるべきだとふんぺいは思っています。

突き詰めて考えれば、会でお目に掛からないスゴイ形質は残っているところには残っていると思うのです。

頭 胴 尾
5  5  8 なんて個体も良く会でも上位に上がってますよね。

でも
頭 胴 尾
9  9  5 なんて個体は貯め池に残っているのなんてザラです。尾が5点なだけに他の形質がいくら良くても貯め池なんです。

会で上位に上がるために、まず尾が8点以上のものを愛好家は優先します。そして貯め池の個体で(評価されない個体)敢えて仔を採ろうなんて普通は考えないですよね。だって尾が遺伝したら弱い尾しか出ないと思い込んでいるから。

こうやって頭と胴の形質は見捨てられていくのだと思います。この選抜方法を10年も続ければ、頭と胴の形質はどんどん薄められて、肉瘤が出にくい背の高い個体ばかりが残ってくるのではないでしょうか。そのかわり尾は抜群の個体は残るでしょうが。

一般のらんちゅうでも目先に大きなフンタンが付いた個体を見ることがありますが、それもそのような形質を残すように“意識して”掛け合わせを考えたから出現しているのです。決して無闇矢鱈と掛け合わせて出て来ているのではないのです。同様に餌でそのようなフンタンを作るなんて考えるのはナンセンスです。

頭と胴の形質を残しつつ、または改良しつつ、尾が良い個体で会では遊べばよいことなんだと思うんです。そのような割り切りをしながら、種魚を残す作業を意識的にしない限り、「アハ!体験」よろしく、いつの間にか形質が消失して気が付いた時には、名前だけの普通のらんちゅうばかりになってしまっている危険性をはらんでいるのだと思うのです。

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