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2016年6月

2016年6月12日 (日)

私が尾のことを言わないワケ

よく誤解されているので書いておきます。(埋もれるので定期的に)

時々、こんな声が漏れ聞こえてきます。

●「ふんぺいは、頭やら胴のことを五月蠅く(うるさく)言うが、尾のことは何も言わない。」

●「尾の重要性を言わないのはおかしい。」

等々・・・・。

ごもっとも。(^^;)

現在の宇野系も協会系も、どちらも尾中心主義が主流。それしか存在しないかのように。(^^;)

尾まくれはハネの対象。

尾が弱いのはハネの対象。

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私も品評会一辺倒で育成をしていた時、夜中まで電灯の下で選別をしたものです。針仔の時分はヘッドルーペを装着して尾が良い個体だけ残してあとは前の川に流す。

早い時期から池がスカスカになって当歳はすぐ大きくなりました。

選別ってシンドイだけで退屈な作業だな~ってずっと思っていました。初めは面白かったけど・・・・。

機械的に選り分ける作業なので誰がやっても同じ結果になるはず。

なのに結果が違うのは何故?どこで差が付いた?

技術?環境?

私が辿り着いた結論は、使う親なのでは?・・・・です。

親魚と種魚とは一緒なの?

そのような問いが頭の中でグルグル。

尾が良い仔を多く輩出する親が良い種親?

尾しか良くなくて頭も胴もそこそこならそれで良いのか?

尾がそこそこで頭や胴がピカイチならどうするか?

そして勉強していくうちに、頭と尾は相反することに気が付いたんです。

ならばとりあえず、尾はこちらに置いておいて、頭と胴を追求するべきと考えました。

尾全般は大半の愛好家がシビアに見て来たんだから、その方達にお任せしたら良いのだと考えたわけです。

ブログで書く必要がないくらい皆さん尾については詳しいので、単に割愛しているだけなんです。尾が大事だと仰るのは良く分かります。分かった上で、ひとまず他の部位を見ましょうよって言うのがこのブログの主張なんです。

だから尾に関しては、わざわざ私が声を大にして言う必要はない。

決して尾を疎かにしているわけではないんです。それよりも造形物として大事なものがあるからそれを意識しましょうって言っているんです。

色々調べてみると、私が主張していることと同じことを先達が仰っているのに現代の愛好家が忘れてしまっているのだとも気が付きました。

だから少しでも軌道修正できるようにアナウンスするのが必要ではないか、と。

ただ単に、他のサイトのように、日常の飼育を記録する備忘録的なことより、こんな考え方もあるよ、先達はこう考えてこうしてきたけど今はどうも違うよね、ってことを多くの人に気が付いてもらいたいだけなんです。

残念なことに、自説に都合の良いような資料や一部の愛好家の偏った言説だけを信じて裏も取らず知ったつもりでいる若い愛好家が多数存在します。

そもそもらんちゅうの成り立ちも勉強しないでらんちゅうを語ることのナンセンスに気が付いてほしいです。

そのような風潮を少しでも改善したい。

それだけがこのブログを続ける原動力なんです。

決して自説を押し付けたり、自己顕示欲で他人の趣味を否定しようと思っているわけではありません。

自分が有名になったりお山の大将になりたいわけでもありません。

勘違いしないでくださいね。

私がネットで情報発信するのは、多くの愛好家と繋がり、らんちゅうを深く知って私の知らないことを教えて貰う為にしているんです。そして少しでも多くの賛同者を作りたいがため。らんちゅうという趣味は一人でやるには限界があるんです。宇野仁松という人は、そのことに早くから気付いていたんです。

多くの人から集めた情報を独り占めするのがもったいないからこうやってブログで発信しているだけなんです。別にこんなブログ、いつでも閉鎖したら良いんです。

もうそろそろこのブログの使命も終わったかな?ともこの頃考えています。

情報が欲しい人だけに、良質な情報が提供できる方法を模索する時期かなと考えるようになってきました。

まさに宇野系らんちゅう、宇野らんちゅう、京都らんちゅう、京都筋らんちゅうなどと言葉が独り歩きして混沌化する時流に掉(さお)差すことの意味を問い直すことが必要なのでしょうかね。

ダラダラと思ったことを徒然に書いてしまいました。

ま、今の心境なのでこのままエントリーしておきます。(^^;)

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2016年6月 7日 (火)

らんちゅう比較論

らんちゅうと言っても色々なタイプがあるんです。

一つのタイプだけを飼っていると比較できません。

物差しがないので、自分の飼っているらんちゅうが一番だと思い込むことになります。

ところが別のタイプと比較すると愕然とすることになります。

先日エントリーした画像を使って比較すると・・・・。

何故こんなに違うんだ!?

その時はじめて気づくことになります。

疑問に思わなかったらあなたはご自分の目を疑ってください。

自分は魚が見えると思っているなら、それは井の中の蛙かも?

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この2尾のらんちゅうの違いに頭の中で?が灯ったら、このブログを丹念に読み返してみてください。

そもそもらんちゅうとは何ぞや?

らんちゅうの大事にしなければならない資質とは?

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2016年6月 1日 (水)

獅子頭らんちゅう

一回失われた形質は、取り戻そうとしてもほぼ不可能に近い。

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今の時代、仮にそれが出来たとしても優に改良に10年掛かるのに誰が我慢できるか?

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“顔が無いらんちゅう”“顔が崩れたらんちゅう”とは劣化したらんちゅうのこと。

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それで満足するかしないか。妥協の産物で良いのか。

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実物を見ないと分からない。

らんちゅうはただただ現物主義。

自分の目で確かめない愛好家は甘い。

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