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2015年1月

2015年1月30日 (金)

『らんちゅう飼方の手引』~初版の考察(2)~

フィッシュマガジン誌に掲載された井上外喜夫氏の『京都筋らんちゅう飼育考』には、宇野先生の経歴についての誤りがあります。

井上氏が活躍されていた当時、宇野先生は品評会には一切魚を持って行っていないので、先生のらんちゅう入賞歴を丹念に調査されていなかったようです。井上氏によると、宇野先生は品評会では目立った成績は残していないと断言されています。

宇野氏は観魚会にも所属しておられ、品評会では高く評価された魚は創出していません。
私の知る記録によると、戦前の昭和16年、観魚会の品評大会で、京錦三才が西脇行司に、同年第1回全国蘭鋳連盟の品評会で、当才魚石山が東脇行司に入賞したのが最高で、京錦の短評に「頭良き長型魚にして発育適度なり、背腰より筒にかけて聊か味わいに欠けたる箇所あるも、魚体総ての釣り合いに大難なく色艶良き魚なり」とあります。
戦後は昭和31年に日本らんちゅう協会が設立され、第2回全国大会が大阪で催されその時、親魚で日之出が前頭東一枚目に二才魚寿山が、同じく前頭西四枚目に入賞しています。
翌年、名古星の第3回大会では親魚で東山が同じく前頭東四枚目に入賞しており、その後は実績が見当たらず、品評会には魚を出していないようでした。(井上外喜夫氏 フィッシュマガジン誌「京都筋らんちゅう飼育考」より)

実は、今回引き続き取り上げる『らんちゅう飼育の手引(初版)』には、宇野先生の入賞魚の写真が掲載されていたんです。

さらに言うと、戦前、宇野先生は、東京の観魚会に出陳されている記録が多数残っていますし、昭和初期には何度も金鱗会に魚を出陳されている記録も残っているんです。このエントリーの下の写真がその証拠の一つです。

このような事実に照らしてまとめると、こうです。

(1)宇野先生は、戦前まで品評会に出陳して遊ばれ、そして実績を十分積んでいた。

(2)戦後は、会魚で遊ぶことは卒業されていた。

(3)戦後は、もっぱら改良に集中し種魚の作成に専念されていた。

すなわち、宇野仁松氏は品評会でしっかりと経験と実績を積み、その後、会で遊ぶことを止め、誰よりも早くから理想のらんちゅうを求めて改良に着手していたと言えます。

それは何を意味するか?私が思うには、やはりらんちゅうを突き詰めた結果なのだと思うのです。突き詰めると、どうなるか?このブログを丹念に読んで頂くと意味が理解できると確信しています。

さて宇野氏は、言わずと知れた筋金入りのらんちゅう愛好家であり、確かな審美眼と飼育経験とを持ち合わせた大先達であったことがこれで証明されたわけです。

宇野氏のらんちゅうに対するスタンスの変化は、自然な成り行きであったでしょうし、早い時点で気が付いて、品評会至上主義から脱せられたのだと思うのです。
昭和50年代、総合優勝されたY氏に「そろそろ卒業されてはどうですか。」と仰った意味は、後継者指名とも受け止められると考えられます。つまり、勝敗に拘泥するより、私が携わっているステージに上がって来なさいと勧奨しているのだと推察できないでしょうか。

次に初版に掲載されていたらんちゅうの画像をご覧ください。

Photo
上 近代の名魚「名月」の雄姿 金鱗会の権威 京都 宇野仁平氏所有 
下 薫風雌二歳 昭和八年度京都金鱗会大会 当歳魚優等第一席 京都宇野仁平氏所有 とある。

これが昭和初期の優等魚の写真なんです。この写真を見て誰が現在の宇野系を想像できるでしょうか。まだ宇野系も協会系もないのどかな時代。

まずもって貴重なのは、当時の実際の優等魚の画像が残っていること。昭和初期のらんちゅうの画像は本当に見る機会は少ないのです。そして私たちは、この画像を見てどう感じるかが問題です。

A氏「今の魚と大して変わらないじゃないか。」

B氏「古い魚ってこんなのを言うのか。」

C氏「こんなのが優等魚?うっそ~!!」

D氏「どちらも背が高いよね。尾もハの字だし。随分と改良されたきたんじゃないの。」

考え方は人それぞれです。どのように感じましたか?

それでは現代のらんちゅうの評価基準と比較してどうなのかを分析してみましょう。

【上の個体「名月」】

1:更紗魚。頭頂部と背出しの部分だけ赤い。

2:頭部は獅子頭に出ている。兜巾と目下の部分も膨隆して十分。

3:背は高い。腰も深く釣腹。(腹が下がって見える)

4:尾筒と尾芯の角度が急。尾肩は下がっているので上からみると下の個体と同様にハ型になっていたと想像できる。

【下の個体「薫風」】

1:写真は当歳で優等一の個体の二歳時に撮影されたことを踏まえると、頭部は兜巾が少し出てきつつあるように推測できる。目下はないので、ある意味“とんがり”に見えている。現代なら頭が四角く出ていないので淘汰されるかも。目幅もそれほどないことに注目。

2:背は上の魚と同様に高い。峰が見えていて背巾もそれほどない。背の後半部分が鱗が乱れているのも注目に値する。背折れもかなり深く見え背が高いと推察できる。

3:尾肩がない。こちらもハの字。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
横見の「名月」は確かに昭和40・50年代にも見られるタイプですが、尾は明らかに現代より劣っていると思います。こうやって見てくると、私たちがどこを重点的に改良してきたか分かりますよね。

また、宇野氏が執筆された『良否鑑別』の基準に沿ってこの2尾は良魚と判断していると考えられるわけですが、当時の鑑別のイメージと程度が、現代の私たちの基準とどれだけかい離しているか、または一致しているのかが理解できるのではないでしょうか。

私たちのイメージと字面だけで歴史的資料を見ていくことは、大きな間違いを犯すことがこれで分かるでしょう。

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2015年1月26日 (月)

クロマグロ大量死

葛西臨海水族園で、クロマグロが謎の大量死と報道されてますよね。

これってなんかどこかで見たような光景ですね。らんちゅうやっている人はピンと来るんです。

そう!金魚ヘルペスウィルス。

同じマグロ類なら感受性一緒だから多分全部逝っちゃうでしょうね。

突然狂ったように泳ぎだすって、それはもうウィルスに侵されてそうなっているだけ。

原因不明で死に出した時点で原因究明せなあきません。

ウィルスのキャリアが居たはずなんですが。

で、これからどうするか?

水槽の何から何まで消毒して入れ替えなければ解決しないですよね。

あとウィルスを特定しないとダメですね。

多分、狭い環境のストレスも発症に関係していると思うので、養殖や天然の個体もキャリアが居るか調べた方が良いでしょうね。いずれ養殖に蔓延したらクロマグロの畜養なんて大打撃受けるはずだから。

一刻も早く特定しないとヤバイんじゃないですか?

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2015年1月23日 (金)

読書ノート~『オオカミが日本を救う!』~

子供の頃、ツチノコやヒバゴンがブームになったのを覚えているでしょうか。いわゆるUMA。未確認生物って言うんでしょうか。夢中になったものです。その延長線上に“幻のニホンオオカミ”ってのがあって、現在でも紀伊山地に生息しているって話しで、その手の本をむさぼり読んだのを覚えています。

でもそんな話し、それこそ幻想なんですよね。で、すっかり忘れていたんです。

全く別に、登山をしている関係で、年々山が荒れていくのに気が付いていたんですね。今まであった笹原が無くなっていて、裸地になって土砂が流れ出した箇所を良く見るようになったり、貴重な植物の群落が無くなっていたり・・・・。

鹿なんです。昔は鹿を見て自然に触れたように思っていたんですが、やたらに鹿を見るようになっているんです。明らかに異常だと気が付いたんです。

林業の衰退、山間に住む人の減少、狩猟人口の減少。なるほどそういうことか。

新聞でも狩猟者の高齢化による減少を食い止めようと施策を考えていると書いていました。今までは狩猟圧によってシカの増殖が抑えられていた部分も大きいんですね。

明治時代にオオカミを駆除して、生態系の頂点捕食者が居なくなってしまったのが日本の自然だったわけです。狩猟圧で食い止められていたシカの増殖も、狩猟者少なくなるこれから先はあてにならないのだと思うんですね。

ならばどうするか。→→オオカミの導入!!

荒唐無稽に思えた結論も、この本を読めば理解できます。アメリカのイエローストーン国立公園でオオカミの再導入が行われ、科学的に検証されていたとは知りませんでした。

人食いオオカミという偏見は、刷り込み以外にないことも良く分かりました。「赤ずきんちゃん症候群」と言うそうです。オオカミは怖い動物という根拠のない思い込みは取り除くべきなんでしょう。

Sc 『オオカミが日本を救う!』 白水社 丸山直樹編著2014年

丹念に疑問や反論に答えている姿勢には、誠実でしかも科学的で客観的で十分に納得が行くと思いました。ネットを見ると、割と反オオカミ派のサイトがあるんですが、一面的な見解が多く勉強不足が否めないと感じました。

よって、今の山林の現状を見れば、オオカミの再導入しか方法はないように思うんですが。(^^;) 応援したいです。

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2015年1月22日 (木)

『らんちゅう飼方の手引』~初版の考察~

宇野仁松氏が著わしたという京都金鱗会発行の『らんちゅう飼育の手引き』について若干の考察をしておきたいと思います。

本書の初版は、昭和9年(1934年)となっています。当時はまだ宇野仁松ではなく本名である仁平を名乗っている頃に発行されたものです。今から80年以上前ということです。(初版の存在は、I氏より情報を頂きました。)

その後、先生ご存命時に橋本泰雄氏によって改訂され、先生の校閲を受けたと聞きます。

また、この『らんちゅう飼育の手引き』は宇野先生唯一の著作と言われていますが、厳密には初版も改訂版も監修に留まっていると判断できる箇所が多数あり、【良否鑑別】という図解による解説のみが、宇野先生が書き下ろしたものであると確認できます。

初版の序にあたる箇所に以下のような文言があります。

本書は京都に於ける吾人の大先輩である宇野仁平氏がランチュウ飼育の実際に付き日頃吾人に話された事を骨子とし主として初心者の指導と参考として綴られたもので同氏の校閲を経たものであります。~ランチュウ良否鑑別の図解は今回本書発行の為特に同氏が大多忙中を筆執り更に詳細なる説明を伏せられたもので・・・・。(初版冒頭 編者識による)

Photo 初版の表紙(京都金鱗会編纂とある)


すなわち、当時の文筆に長けた方が、宇野先生からの教えや発言を、京都金鱗会の責任のもとにまとめたというのが当初の実態なのでしょう。だからと言って、この冊子の歴史的な重要性は変わるものではありません。

Img 宇野先生直筆による図解説明


さて、初版と改訂版を比較すると違う点や削除された所などが散見されます。時代にそぐわない部分などが変更されているのですが、大部分は受け継がれています。

飼育器具や飼育技術の発展から到底現在では考えられない記述もあるので、そのあたりを十分踏まえた上で参考にするべきでしょう。

本書の「良否鑑別」の図解説明も、今からすれば極々基礎的なものが多く、私たちが実際にイメージしているものと相違があるので十分注意が必要です。(当時の実際の魚の写真と比較すれば良く理解できます。これは別機会に。)

当時から周知されていて論じられていた部分で、削除された項目を今回ご紹介して考察したいと思います。以下長いですが引用いたします。

【種親の選択】
(※歴史的仮名づかい、旧字に関しては任意修正しています。読みやすいように適宜句読点と改行をしました。)
 

次に如何にして良魚を得べきかと云いますと、第一は親の選択などは第二義とし、数多く産ませさえすれば其の内に良魚が生まれるとする人、第二は鑑賞上申し分ない所謂良魚を選んで交配させるがいいとする人、第三は系統を貴び錯雑した交配を避ける人とあります。

第一は下手な鉄砲も数打ちゃ当る式で僥倖的であるをまぬがれません。

第二の方法は、現在大抵の人の試みて居る所ですが、中々親通りの良い魚が生まれて参りません。若しこちらの注文通り良魚が良魚を生むに定まったものなら、良魚の手に入らない人は、永久にいい魚を産ます事は出来ない訳ですが、決して事実はそうではありません。

第三の系統説ですが、これは理屈なしに良魚が生まれてきますので、この事は東京の老大家奈良翁も声を大にして叫ばれて居る所です。

現に、京都宇野氏の池に年々必ず相当な良魚の生まれ居るに徴しても明らかな事実であります。奈良翁の申されて居ます良系統は、東京鈴木徳治氏が先代石川亀翁より受け継がれた型で、これは京都宇野氏へも伝わって居ます。

宇野氏はこれを基調とし現代の名魚型を交配したり種々研究を積まれて居る次第です。

なぜこの【種親の選択】が削除されたのか理解できないのですが、この項目を読んだだけでも“宇野氏”という書き方から、宇野先生以外の人物が執筆していることが分かるでしょう。

ここで注目したいのは、

1.昭和の初期より、系統の重要性が理解されていたこと。

2.東京の老大家である「奈良翁」とは?

3.石川亀翁と鈴木徳治氏の名前が明記されていること。

こうやって見てくると、宇野仁松氏の系統は由緒正しい系統であったことが証明されているように感じざるを得ません。

また、“種魚”という概念が昭和初期に既に存在していたことが良く理解できます。鑑賞上申し分のない個体での仔引きより、系統を重視することの重要性を説いているにも関わらず改訂版では削除されていることは大いに疑問です。

上記の第二の方法を未だに多くの愛好家が採用していることが、当時既に認識されていたことが良く理解できます。ある意味、80年間進歩がないこともこれで露呈したようなものです。

宇野系らんちゅうの飼育方法が、最も伝統に即していると言えますが、反対に旧態依然としていることも初版との比較から読み取ることができます。

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2015年1月15日 (木)

エントリーを振り返る

この時期は、色々と書いているように来季を思い浮かべながらあーでもないこーでもないってするのが楽しいんですが、シーズン中できないことを腰を据えてやる期間だと思うんですよね。

例えば、

*インフラ整備

*時々の池の管理

*来季の仔引きの組み合わせ

*読書(全く違う分野の書物を紐解くのもヒントになるものです。)

*美術鑑賞(神社仏閣、美術館などの見学は美的センスを磨くのには良いかと。)

*ネット逍遥(まだ見たことないサイトが出てきたり・・・・。)

*以前のエントリーを読み返す。

そう!これだけブログを続けていると昔のエントリーなんかはもう埋もれてしまって忘れ去られていたり、時系列で並んでいるので探し出すのも苦労したりするんですよね。

読み返してみると、同じことを何度も言っていたりするんですが、それはそれ、強調したいことなんでまあ良いかと思うんですが、なんか良くまとまっていたりすると、再度読んで頂きたく思ったりもするわけです。

そんな中、以下のエントリー、冬場にじっくりと考えをまとめたものなんで、言いたいことが上手く言葉に出来ているかな?って思うのでご紹介します。

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第八回

一度読み返してみてください。

そうそう、『らんちうのすべて』が廃刊になったということは以前お知らせしましたが、どうやら電子書籍で復刊の企画があるみたいです。楽しみですね。

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2015年1月14日 (水)

冬の装い2015

寒い日が続きます。

先日アップしたように、冬だからと言ってうちでは人間も冬眠しているわけではありません。ご覧のように冬の出で立ちで作業していたりなんかするんですね。

Csc_0743_r_r_r 
ロトスコープ風に加工してみました(ロトスコープは検索してみてね)

ダウンを着込んで、軍手の上に肘まであるゴム手袋、裏地フリースのボトムウェア、そして長靴。完全装備でございます。

水を触るとなると、軍手をしていないとゴム手袋だけだと手が冷たくなって、すぐやる気が失せます。

これぐらいしないとインフラの整備、池の水の管理はできません。春を思い浮かべて作業をするのもよろしいんじゃないかと。

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2015年1月13日 (火)

冬期の水替えの是非

冬場はエアーを止めて動かさないのが鉄則と言われています。

しかしエアーを入れっぱなしで、冬場も植物プランクトンが枯れないように水を動かす愛好家も居ます。

私はエアーは入れっぱなし派です。しかもここ何年か冬場でも水替えします。私の地方で私の環境を鑑みてやっています。無暗にマネをすればよいというものではありませんので、あくまでご参考までに。

私の考えはこうです。

*従来の考えは、冬眠なので水が傷まないのでそっとしておく。

果たしてそうか?

思うに

→青水である植物プランクトンも低水温時に繁殖する種は違う。

→緩やかながらプランクトンの盛衰が発生していると同時に、金魚も新陳代謝をしている。証拠に緑色の糞が水底に堆積している。

→入れ替わって枯死したプランクトンは水底に沈殿する。

→次第に緩やかながら水質は悪化する、と考えられる。

→水底は、特に沈殿した糞と死んだプランクトンは暫時腐敗し有害物質が発生しやすい環境となる。(冬といえども)

→水温低下によって金魚はほぼ動きを止めて水底にじっとしているが、上記のような最も悪い環境に晒されている考えられないだろうか。すなわち汚濁まみれの悪環境で寝ていると言えるのではないか。

Dsc_0729_r 水底には糸を引く藻が沈殿している

*ならば、どうするか?水替えを敢行する以外方法はないのでは?

→比較的安定して暖かい日に底水と苔を取り、水を半分ぐらい入れ替えるのが適当では?

///考察///

「床直し」、この言葉の意味は、三月頃の少し暖かくなってはじめて水替えをして池を綺麗にすることと言われています。

逆に、就寝中寝返りを打ったりして布団がずれたりしたのを、ちゃんと布団を掛け直してあげる作業を「床直し」と考えればどうでしょう。まさに字面通り床を直す=床は正しくするぐらいの意味と捉えることはできないでしょうか。

水替えが遅れて春先魚が死んだり(冬眠中の水環境が悪化していたのが原因と考えられる)、治療に時間を費やすと、仔引きもままならなくなるんですよね。

なお、冬場の水替えは住環境でやらないほうが良い場合もありますし、ケースバイケースだと思うので熟考の上で行ってくださいね。

Dsc_0728_r このような藻はエラに入ると窒息する

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2015年1月 7日 (水)

閑話休題~鉄ヲタ話~

興味ないかもしれませんが、何を隠そう大学生の頃まで鉄道ヲタクをしておりました。どちらかというといわゆる撮り鉄ですね。(模型もやってましたけど)

丁度蒸気機関車が無くなる頃で、北海道から九州まで撮り歩いたものです。中学校では写真部に所属していたので(※剣道部と掛け持ち)、一応カメラも達者になりました。いつの間にか、高校時代には自宅に暗室を作って、フイルムの現像から写真の引き伸ばしまで全てやっていたんです。そんな経験が今も役立っているんですね。

就職と同時に鉄ヲタは卒業してしまってすっかり忘れていたんですが、金魚繋がりのツネゴンさんが筋金入りの鉄ヲタで、そんなもんだから若干昔取った杵柄じゃありませんが、思い出してこんな書籍を購入したんです。

Img_r 「日本鉄道美景」新潮社 田中和義

週刊新潮の巻頭グラビアを時々飾っていて気になっていたんです。

ほとんどのページが俯瞰(ふかん)で撮影され、鉄道車両は探さないと見つからないぐらい小さくしか写っていません。鉄道車両よりも日本の風景の中を走る鉄道を撮影しているのが特徴です。

私の鉄ヲタ時代も、車両を主体にした撮影方法よりも、日本の綺麗な風景の中を走る蒸気機関車を中心に、何かと言ったら五万分の一の地図を片手に撮影できそうな山を見つけて登る作業に明け暮れてました。

ですので、この写真集のように四季の風景の中を走る鉄道は懐かしくも心が癒されます。

私の撮ったネガフィルムもどこかに締まったっきりですが、探して機会があったらエントリーしますね。

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2015年1月 6日 (火)

獅子頭らんちゅう~動画~

以前もご紹介したんですが、あまりにも衝撃的だったんで動画も撮っておいたんです。それをお見せします。

体長20センチぐらいあったでしょうか。

協会系をされている愛好家が育成されたんですが、とにかく形を崩さずにここまで大きくできる技術はさすがです。


※エラーが出て見れない場合は、PCではカーソルで右下のYouTube.comをクリックすると見れる場合があります

ところで、この肉瘤、ハンパじゃないですよね。でもこれ、兜巾頭(トキンガシラ)ではないんですよ。トキンがしっかり出てますが、これなんかは獅子頭の部類に入るんです。トキンガシラはもっと上にトキンがあがって、なおかつ目下がないんですよ。

程度の問題なんですが、そこそこ肉瘤が出ているだけで満足しているのが愛好家の現状です。こんなのが品評会に出てきたらどうします?既存の審査基準では判断できないですよね。減点主義ではこれはもうはみ出してしまいます。

これほど衝撃的な肉瘤の個体が存在し、なおかつ小さくないとなるとそのフォルムが既存のらんちゅうと違い過ぎることに困惑される方が大半なのではないでしょうか。オランダ獅子頭でもこれほど整った肉瘤の個体は滅多にお目にかかれません。(※オランダとらんちゅうの“獅子頭”は同じです。)

このサイズでこの肉瘤だと気持ち悪いと仰る方がいるとしたら、それは多分、らんちゅう(獅子頭らんちゅう)が好きではないのでは?と疑問符が付きます。

形質の保存維持の観点から考えないとこのような個体は出てきません。たとえ全残しを敢行しても中々残らないです。

動画で見ると立体感がよく分かりますね。静止画では分からない凄さをとくとご覧ください。そしてこの個体を素直に受け入れるのか、はたまた拒絶するかはそれぞれの愛好家次第になってくるのだと思うのです。

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2015年1月 2日 (金)

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

元日の雪で滋賀県地方は稀にみる積雪です。

Dsc_0730_r

毎年、雪対策をしていませんので網の上に積雪が。

Dsc_0733_r

優に20センチくらいあるでしょうか。

Dsc_0734_r

これが溶けて池に入るわけですが、シャーベット状になると具合が悪いんですよね。まだ寒波が居座っているようなんで、様子見た方が良いんでしょうか、悩むところです。

今年はちょっと心配ですね、これだけ降ると。。。

年末年始は仕事なもんで、あまり手が入れられないんです。

いきなりな一年の始まりですが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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