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2014年12月

2014年12月31日 (水)

奇想の系譜~読書ノート:辻惟雄氏のこと~

今年の7月の産経新聞文化欄に『若冲ブームの立役者 辻惟雄さん自伝「奇想の発見」』という見出しで、大きくMIHOミュージアムで見たクジラと象の衝立の画像があったんです。

以前より興味のあった若冲。この記事を読み進めるとびっくり。辻さんってMIHOミュージアムの館長をされているんですね。当館で開催された『若冲ワンダーランド』は辻氏が手掛けられたそうです。そして若冲が私の目に触れるようになった張本人というか仕掛け人が辻氏だったんですね。今まで気が付きませんでした。(^^;)

20140724_152103_22014年7月24日 産経新聞朝刊

記事には、

《日本美術の真髄には「かざらない」わびさびだけでなく、きらびやかな「かざり」の要素もあると説く。例えば日光東照宮は「かざる文化」の代表格だろう》
わびさびが茶の湯や禅と結びついて日本の美の主流とされる一方、「かざる」美は低く見られてきた。この年になると、わびさびもわかってきますけど(笑)。でも茶人の小堀遠州が「綺麗さび」を掲げたように、両方を対照的に見せて引き立てる考え方もありました。それに「遊び」も日本美術の特質。

大先輩が私と同じような考え方をされているのに驚きました。

・「かざらない」わびさび⇔「かざり」綺麗さび(小堀遠州)の対比

・桂離宮(言及はされていないが)⇔日光東照宮の対比

以前私も、きらびやかな「かざり」の要素である日光東照宮について気が付いて書いたことがありますが、早くから辻氏はお気づきになって論及されていたんです。氏はその「かざり」にスポットを当てた先駆者だったんですね。

小堀遠州の提唱した「綺麗さび」について私も気が付いていつか論じたいと思っていたんですが、既に論じられていたんです。

さらに、「遊び」という括りで日本美術を語っていらっしゃる。それはおこがましくも私もロジェ・カイヨワを引き合いに出したことがありますが、思考法として間違っていなかったことを確認できたのは大変収穫でした。

Img1_r 「奇想の系譜」2004年 ちくま学芸文庫

辻氏を一躍有名にした作品がこの「奇想の系譜」です。因みに私が金魚三昧誌に寄稿した「京都らんちゅうの系譜」は辻氏の本から着想したわけではありません。奇遇です。そして表紙の愛嬌のある龍の絵。何故龍の絵がこんなに漫画チックなのか不思議でしたが、それはこの本に理由が書いてあります。龍頭を想起する時、いつも見ていた絵です。これまた奇遇です。

Img_0002_r 「奇想の発見」 2014年 新潮社

いつもながら表紙が凝っています。しりあがり寿氏が書かれているんですね。しりあがり氏、やはり奇才です。本書は辻氏の人となりをユーモアたっぷりな文章でつづる自伝となっています。

Img_0003_r 「奇想の図譜」 2005年 ちくま学芸文庫

辻氏の「奇想の系譜」を読んだら、芋づる式にこちらも読んでみたくなりました。こちらには「かざり」についての論文が収録されています。

Img_r_3 「日本美術の歴史」 2005年 東京大学出版

太古からの日本美術史を辻氏はどう捉えなおすのか見ものです。全編450ページに渡る大著ですが、カラー図版も多く楽しめます。近現代も充実していてアニメまで及んでいて、日本美術の伝統は脈々と受け継がれていることに改めて驚かされます。

金魚に辻理論を応用してみると、「かざり」としての美を如何に捉えなおすかが重要であると感じました。要するにわびさびではなく、綺麗さびをどう位置付けていくかということになるのだろうと思っています。それは今後、展開していきます。

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2014年12月29日 (月)

浜錦の肉瘤

Dsc_0724_r 浜錦二歳(自家産)

浜錦に関しては何度も取り上げていますが、上掲の個体などが典型的な浜錦と呼んでも良い個体のようです。(高頭パールとは明らかな違いがあります。)

頭部の瘤は水疱ではないんですよね。らんちゅうの肉瘤と同様のゼリー状のコラーゲンなんです。

らんちゅうと比較すると肉瘤の形状がまるで違います。実際に仔引きして飼ってみると色々と分かることも多いんです。

何故こんな形状になるのか?ほんと不思議です。

つくづく思うのですが、肉瘤は作るものではないんですね。遺伝なんです。どう転んでもこんな形状は餌では作れないのが分かるでしょ?

だったららんちゅうは?ってことです。

仔引きしたうちの一握りしかこのような形の肉瘤にはなりませんでした。あとはドーム状の盛り上がりがあるだけ。明らかに肉瘤が出にくくなっているように感じています。

多分生産者が泳ぎとか尾の形状で親を選択してきたんでしょうね。肉瘤が出過ぎると親になると頭を下げて泳がなくなるからだそうです。

じゃ、泳げる肉瘤のあまり出ていない個体から仔を取っているの??本末転倒のような気がしますけど。純化しなければならないものは何かを考えて欲しいです。

浜錦が受け継がなければいけない最も重要な形質は何かを考えれば、自ずと優先順位は決まるはずなんですが・・・・。

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2014年12月28日 (日)

科学とは~再び~

STAP細胞はほぼ存在しないと正式発表された。

IPS細胞の山中教授が奇しくもインタビューに答えていたことは、発見について第三者による再現を待って初めて公にしたとのこと。やっぱりそこでしょ、博士は科学の根本である大命題はそこだと明言されているではないか。

何故、そんな初歩的な確認をせずに発表したかが問題なのだと思う。

そもそも論から言えば、根本原因は早稲田大学にあるように思う。学生の論文作成にあたって盗用・剽窃を見抜けずに博士号を授与したからではないか。小保方氏は、指摘されるまでそのような行為に対しての罪悪感が皆無だったように感じる。学生時代にそのような倫理的な指導を受けていなかったことが丸わかりだ。

ただ、今時の学生(理系文系問わず)は、論文を書くとき盗用や剽窃は当たり前だとも聞く。潔く“引用”と書けば済む話しなのではないか。

ネット社会でも盗用や剽窃は日常茶飯事であることを考えると、やはりそれは社会的現象として受け止めなければならないのかもしれない。

早稲田をスタートとして、彼女はハーバード大に留学。そこで箔を付けて帰国。そうやって身の程以上の信用が雪だるま式に膨らみ誰も疑問を抱かなくなる。

日本でハーバード大学と聞くと、大変な権威のある大学というイメージだが、アメリカの大学はたとえ有名大学といえども、各研究室は個人商店であって、いわば場所貸しのテナントのようなもので、成果が出なければどんどん入れ替わるような厳しい世界なのだそうだ。

だから大学名よりその師事する学者の実力を精査しなければ分からないことなのだろう。

かくしてSTAP細胞ファンタジーのお膳立てはできた。あとは演出者と出演者がどれだけ欲深く劇を盛り上げるかだけだけだった。そして観衆。観衆とはメディアのこと。そしてSTAP劇場は出来上がった。

熱狂する観衆。もう誰も冷静ではいられない。

科学とは ※以前の関連エントリー

先ごろ、STAP細胞であると証明する細胞の発光現象がES細胞であったことがほぼ確定された。ES細胞が故意に混入していた疑いが発表されたが、これだけ論文のねつ造が小保方氏によってされているのだから、ES細胞の混入が彼女によってなされた疑いはぬぐいきれない。

ならば何故彼女はそれほどフィクションの成立に執心したのか。これはもう本人でなくては分からないことだが、明らかに普通ではないということだけは確かだ。それが見抜けなかった関係者も同罪であったと言っても良いのだろう。

いずれにしてもこんな恥ずかしいことは、科学の本分を知っていれば回避できたことだろう。科学の再現性を疎かにしたからこそ起こった出来事であるのは確かである。

トンデモ科学が正当科学にコンタミ(紛れこむ←小保方氏の言葉)する恐れはいつでも存在する。

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2014年12月25日 (木)

面白い柄シリーズ(4)~不定期掲載~

反応が良いのでもう一発!!

Dsc_0663

和歌山のA氏の持魚。

この柄は見かけませんよね~。ほぼ猩々なのに背から腹にかけて色がまるで鱗を剥いだように抜けている。

私には、ガチャピンが棒を持って偉そうに歩いているように見えますよ。(笑)

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『盆栽の誕生』~読書ノート~

前々から盆栽には興味があったんですが、「盆栽はいつから伝統文化になったのか」という帯のキャッチコピーが気になって購入しました。

本書は、平安時代の鉢に入れた植栽から近現代までの盆栽までを詳細な資料によって、いつどのような形で「盆栽」が成立したのかを解き明かしています。

大体、多くの今も残る文化的なものは、江戸時代に成立したように思っていましたが、盆栽に関してはそうではなかったことが本書には書かれているんです。

江戸時代においては、どちらかというと煎茶趣味である中国趣味から派生した鑑賞方法が主流だったようです。

当時の煎茶を好んだ文人達は、最先端の文化として中国趣味を取り入れていたんですね。それは我々が欧米の文化をこよなく愛するのと同じ感覚なのだと思うのです。(→英語が格好良く見えたり。)

それはさておき、ならばいつ我々が知っている「盆栽」は成立したのか?

大正から昭和初期に、小林憲雄氏が「盆栽の展覧会」を開始するんですね。小林氏の昭和5年発行の「盆栽の研究」には、「盆栽は絵画や彫刻と対等である」として、

盆栽を中国趣味から切り離し、日本文化として認知を図ろうとする戦略があった 151P

 
明治時代からの過度の西欧化に対して、大正時代から昭和初期に日本の伝統文化を見直す動きの中で生まれたのが「近代盆栽」なのだと言うのです。

そうだとすると、この時代背景は、らんちゅうにも通じるものがあることが理解できるのではないでしょうか。昭和初期にらんちゅう愛好会が各地に発会するのは、そういうことなのだと思うのです。

「盆栽」とは、江戸時代までの園芸文化を下地としながらも、近代になって新しく誕生した文化 156P

決して何もないところから生まれた文化ではないとしても、「盆栽」の成り立ちを知っておくことは、私たちらんちゅう愛好家にとっては、大変有意義に思われます。我々のらんちゅうも今のスタイルというか鑑賞方法が確立したのも、遡れば盆栽と同様、昭和初期に普及しだしたものと言っても過言ではないのではないでしょうか。

そしてもう一つ重要な指摘が、

鉢に植えた木を放置しても、自然が再現されうわけではない。人が手を加えることで、野にある花の再現を目指す、これは茶の湯における花の理念である。 158P

らんちゅうは自然を再現するわけではありませんが、人が手を加えて“美”というものに近づこうとする行為と考えれば、茶の湯の花の理念を思わせると考えられないでしょうか。

近代の「盆栽」は、より自由度の高いものとなった。「鉢木」から高度な培養、細姿の技術を引き継ぎつつも、「自然」を規範とするという美意識が、可能性を広げたのである。盆栽には無理に型にはめる必要も、高度な技術で整形しきる必要もなく、樹木それぞれの個性を伸ばせばいいのである。それは文学では、和歌から俳句を経て、近代の自由詩にいたる流れに似ている。誰でも手を出せるという気軽さが、大衆化を可能としたのである。 159P

「大衆化」というキーワード。趣味としての担い手がどれだけ裾野広く存在するかが存立の基盤なんでしょうね。

盆栽には無理に型にはめる必要も、高度な技術で整形しきる必要もなく、樹木それぞれの個性を伸ばせばいいのである。」この言葉、そっくりそのままらんちゅうに当てはめたらどうでしょう?何か宇野系らんちゅうの方向性に似ていませんか?

Img_r『盆栽の誕生』 依田徹著 大修館書店 2014年

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2014年12月22日 (月)

面白い柄シリーズ(3)~不定期掲載~

この前、京都のF氏を訪問した際、面白い柄のらんちゅうが。

20141213_160221

数字の「5」ですか?それともらんちゅうの「ら」??!

思わず吹き出しました!

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2014年12月13日 (土)

宇野第一世代

京都金鱗会が日本らんちゅう協会を脱退する前後に、宇野先生の周りの若手愛好家を中心に「全日本らんちゅう愛好会」が結成されました。何故協会を脱退して、協会に対抗するような愛好会を立ち上げたかは、ここでは深入りしません。

第一回は別所春男氏の地元の鳥取で盛大に開催されたのですが、その時撮影された若手有力愛好家の集合写真が以下になります。

昭和54年(1979年) 鳥取県米子市 宇野先生78歳

3右から一番目 藤井四朗氏、四番目 寺崎吉彦氏、六番目 宇野仁松先生、八番目 宇田川英雄氏。(写真には総勢11名写っています)

鬼籍に入られた方のみ表示いたしました。ご健在の方は加工させていただいています。

この写真から読み取れることは、あまり仲が良いように聞かない方達も当時は宇野先生を中心に一堂に会しておられたということです。それだけ知識や情報は共有されていたのだと思うのです。要するに、魚の違いは今ほど分かれていなかったと推測されます。

宇野系でも指導的立場の愛好家の趣味嗜好が、次第に強く反映されるようになり、今日のように多くの宇野系らんちゅう愛好会が、林立することになったのだと解釈できるのではないでしょうか。

さて、宇野先生に肉薄していたのはどなただったのか。この写真が如実に物語っていると思うのです。

私はこの写真に登場される方達を中心に、宇野先生の薫陶を直接受けた愛好家を『第一世代』と呼んでいます。(それ以外にもここに登場されない方で重要な方達はいらっしゃいます。)

『第二世代』は、上記にご紹介した愛好家達が立ち上げた愛好会に入会して活躍された方達としています。(私はかろうじて第二世代に含まれます。)

そのように分類していくと、宇野先生との距離が見えてきます。先生の教えにしても直接聞いたことと、第三者を介すことによる温度差や、聞いたものの理解度によって教えも変質する可能性がどんどん増えていくのです。(→伝言ゲーム)

それを回避するためには、絶えず客観的な事実の確認を繰り返すことが必要になってきます。そうして多角的に物事を見定めていくことが大切になるのです。

宇野先生に対する『大変な誤解』は、そのような検証抜きの無責任な思い込みによる風説の流布が横行していることにあることを理解して欲しいのです。

【お知らせ】
留吉様の登録されたメアドにメールをさせていただきましたが、今現在返信はありません。公平を期すための措置を無視されたものと受け止めます。考え方の相違に基づく議論は大変有意義だと思っています。ただ納得のいかないコメントに関しましては、理解していただけるよう最善の努力を惜しみません。 今後ともご愛顧よろしくお願いいたします。

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2014年12月11日 (木)

寺崎氏の真意~宇野先生の教え~

 

久しぶりに日本らんちゅう愛好会の会報を見ていたら、寺崎氏が書かれた文章に、宇野先生とのエピソードが記されていたのでご紹介します。

 

宇野系にとって象徴的なエピソードなので何度かこのブログでも触れさせて頂きましたが、こちらに書かれていたんですね。

 

当時、日本らんちゅう愛好会は、他の会に比較して“尾が弱い魚”が上がっていることに疑問の声も聞こえたものです。私も当会に出陳するときは、少し尾が弱い魚でも魅力がある魚は積極的に持って行ったものでした。寺崎氏がモットーとされた審査の方針が垣間見えるので引用させていただきます。

 

「本年度を顧みて」 平成17年度

 会も長く続けていると口コミであの会は少々のキズがあっても良いところがあれば上げてくれるということで、多少のキズがあっても出陳してくれますので他の会では見られない良魚に出会えてありがたいです。

 

やはり確信犯だったんですね。日本らんちゅう協会で遊んでられた、バリバリの会魚志向だった方がどうしてそのような考えをされるようになったのか?

 

その後に続く文章に答えが載っていました。

 

昔、宇野先生のお供をして和歌山の会に行った時(私がまだ若く生意気な頃)のことですが、親の大関に誰が見ても判る外マクレの素赤の魚が上がっていました。生意気にも先生に「あの魚が大関でいいんですか」とお聞きしました。(当時私はまだ日本らんちゅう協会で遊んでいました)すると先生は「寺崎さん、今日のこの会の魚の中からあの魚より良いのがあれば持ってきなさい」と言われて初めてらんちゅうはキズで見ることではなく、その魚の良さを見るものだと解り、それ以降機会があることごとに先生の後をついてまわって先生を怒らすようなばかな質問をしたりして勉強させてもらいました。

 

なるほど。含蓄のあるお言葉ですよね。外マクレの魚が優等に上がる意味が分かりますか?宇野先生は、尾だけを見ていたんではないことがこのエピソードで明らかです。

 

尾マクレを出陳された方は、意図的に持って行かれたのかどうかは定かではありませんが、いずれにしても、普通品評会ではそれだけで審査の対象とされません。ですから、会を目標にされている愛好家は、他の部分が良くても早期にハネます。

 

宇野先生は、言下に「この尾が悪い魚より、他の魚は良くない。」と言っていることだと理解できますよ。まさに「悪い魚は悪い。」って言ってますよね。

 

かくして尾が良い個体は残りますが、他の部分の形質が一段落ちた個体が多く残ることになります。仔引きは、要は良形質を如何に大量に残していくかが課題であるとはそういうことだと思うんです。

 

このエピソード一つをとっても、寺崎氏は宇野先生の教えを実践されていたのが理解できると思います。

 

尾や泳ぎを優先されていたら、このお話しは理解できないのかもしれませんね。(^^;)

 

Img_r

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2014年12月 9日 (火)

コメントに対する返答~当ブログの表現に関して~

留吉様の言は捨て置くわけにはいかない問題を孕(はら)んでいますので、長文ではありますが私の考えを書かせていただきます。最後までお付き合いください。

もし、権威付けされないなら宇野任松先生の名前を出さずに自分は~と思います。程度に留めないと大変な誤解を生みかねません。 

申し上げ難いのですが大勢の愛好家様は自分の信念、理想を持って飼育されています。中にはふんぺい様の言われる頭や胴より尾や泳ぎに趣を持たれ改良や飼育されている方はいらっしゃいます。ですがそれも立派ならんちゅう飼育です。なので頭や胴を疎かにしてはいませんが尾や泳ぎを主体にされている方達の批判的はブログの書き方は止めて頂けませんか?宇野任松先生は相手の魚が悪くても決して人前や批判はしなかったと聞いています。 

我々が改良、保存等まだまだ大それた事です。初心に回帰し楽しむ事を思い出して下さい。 

失礼を重ね重ね申し訳御座いません。投稿: 留吉| 2014年12月 4日 (木) 12時23分

 

宇野仁松先生に関しては、私は活字として残されたもの、先生と直接お話しされた方の言を実際にお会いして聞き取り調査して、全て裏を取って検証したことを書かせてもらっています。

独自に調査したことを客観的な事実として書かせてもらっていることがほとんどです。一部自分の意見に関しては、読めば理解できるようにしています。

宇野先生が言ったことと、自分の意見とは分かるように書いていると思います。それは中学生程度の読解力のある人なら理解できると思います。

要するに、それを私が総合的に考察したうえでブログにおいて、情報と考え方を発信しているのです。ですので、留吉様の仰る「大変な誤解」には当たりません。むしろ伝聞などで宇野先生を「誤解」して理解されていることが多いことに行き当たっているのが現実です。

 

良く読んで頂ければ分かるように、私は宇野仁松氏に関して誰よりも調査していると自負しております。(周辺調査はご親戚にまで及んでいます。)調べれば調べるほどブログに書けないことが沢山出てきます。宇野氏に関して、まだまだ調査しきれていないのが現状ではありますが、それでも分かってきたことをできるだけご披露するよう努めています。もし留吉様がご存知のことがあればぜひ教えていただきたいと思っています。

【宇野先生のことを書くことはタブーなのか?】 

留吉様が苦言を呈されていることを拡大すると、時々他のブログで見かける、「宇野先生がご存命ならきっと~するだろう&思うだろう。」という文章はブログに表現してはいけないということになります。

また、仮に宇野先生に会ったこと(お目にかかったことがあるという人ではなく、頻繁に出入りされていた方であっても。)がある方だとしても、宇野先生のことを書くのは、それは「権威付け」にあたるから誤解を生むということになります。そうであれば宇野仁松を語ることはタブーになり、一部の愛好家だけしか知らない“過去の人”となってしまいます。よって教えや伝統は継承されなくなります。そして宇野系らんちゅうはこの世から消滅します。

 

留吉様の論理で行きますと、巷の宇野系らんちゅうを標ぼうする愛好家や愛好会は、全て宇野仁松の名前を出すなということになります。それこそ、宇野系らんちゅう愛好家全てを敵に回す暴言だと思います。

 

私たち宇野系らんちゅう愛好家が『宇野』という名前を使うのは、何よりも尊敬してやまない『宇野仁松先生』を慕う気持ちからの物言いだと理解できませんでしょうか。

 

【表現の自由を侵す脅迫?】

ネットにはいろいろな情報が錯綜しています。もし自分にそぐわない、または意見が違うのであればそのブログを無視するべきです。留吉様が「大変な誤解」を生みかねないとご判断される根拠は以上の理由で希薄です。逆に赤虎毛様が奇しくも書かれたように、表現の自由を侵犯する脅迫と受け止められてもおかしくありません。

 

再度、留吉様が仰る言を私の理解で書かせていただきますと

 

1. 先生に会っていないものが、先生の言に対して勝手な言動をしてはいけない。

2. 宇野仁松の名前を出すことは、宇野先生の権威を借りて自論を正当化するだけなのでやってはいけない。

3. 尾や泳ぎを批判するのは、それを理想と信念を持ってやっている人に対して目障りなのでやめてほしい。

こういう風に仰っているように受け止められます。

 

なぜそのような形になるのでしょうか。

私はあくまで自分の考えを書いているだけです。らんちゅう界には表現の自由はないのでしょうか。良く読んでください。尾や泳ぎを批判しているわけではありません。宇野系らんちゅうの素晴らしい泳ぎの魚をサンプルとしてあげているではありませんか。

但し書きとして書いていますように、『宇野系らんちゅうの泳ぎの素晴らしさ』を書かせてもらっているだけです。

 

ただ、尾や泳ぎを優先させる愛好家に関しても、私のスタンスを申し上げているだけでしょう。仮に優先させる愛好家がこのブログを間違って見てしまったなら、一瞥(いちべつ)するだけで、巷に販売されている「らんちゅうノウハウ本」を読めば事足りることです。従って、何も拙ブログで書いてはいけない理由は見当たりません。

 

【宇野系らんちゅう愛好家の中では自明の理

留吉様のご指摘により、私の意見として但し書きを書いた一番最後の三つの要素は、宇野系の真骨頂で、宇野先生の教えを書いたまでです。その三つの要素を実現してなおかつ泳ぎと小さな尾が付いているものが理想としているのは、ちょっと宇野系をされている愛好家なら自明の理です。留吉様においてはコメントを書く以上、それぐらいは勉強しておいて欲しいものです。

 

百歩譲って、留吉様がもし宇野系以外のらんちゅうをされているのでしたら、以上のことは無視されても差し支えないでしょう。他のらんちゅうと宇野系らんちゅうを同じに考えないでください。だからこそ私たち宇野系らんちゅう愛好家は、ことあるごとに「宇野先生」の名前を出すのです。決して仰るような下心のある失礼な“虎の威を借る狐”ではございません。

 

【愛好家は信念と理想を持っているのが当たり前】

>大勢の愛好家様は自分の信念、理想を持って飼育されています。

 

はい、私もその一人です。自分の信念と理想でやっていけばよいことです。私は私の言っていることに共感してくださる方が居る以上このブログを続ける所存です。これまで私は多くの愛好家と触れ合い、触発され勉強させていだきました。そんな中、個人で競争していた品評会至上主義から、もっと違う楽しみ方があることに気が付いたのです。ならば、それを多くの人に理解していただきたいと思うのは自然な流れだと思えないでしょうか。

 

今では会で遊べる魚は仲間にあげています。何故だかわかりますか?飼い込む余裕がないから、その方に託しているのです。それでいいじゃないですか。

 

【矛盾】

>我々が改良、保存等まだまだ大それた事です。

 

この件に関しましても同意できません。らんちゅうは放置しておけば次第に良形質が失われると思っています。それを宇野先生は、「フナに戻る」と仰っていますね。

志を持った愛好家は一人ででも改良をしようとして、この趣味をやっているのではないのでしょうか? 尾や泳ぎを主体とする方たちも、改良保存を考えているはずです。そうでなければやっている意味がありませんね。

 

上記のように、留吉様、ご自分で多くの愛好家が信念と理想を持って取り組んでいると仰っているのに、改良は大それたこととは到底思えません。矛盾しています。何のためにらんちゅうを飼われているのでしょう。それすら疑いたくなります。

去年より今年、今年より来年、少しでも良いらんちゅうを得たいがために日々精進しているのではありませんか?どうか初心に戻って既存の考え方から自由になってみてください。

 

ある時、ある有名な愛好家の方が、「この頃、カシラが出なくなってしまったんや。」とボソっと仰っていたのが印象的でした。何故そうなるのか私が分析して主張していることでは納得いかないのでしょうか。

 

私は、らんちゅうはそう簡単には進化はしないと思っています。改良と形質の保存というスタンスで臨まない限り「フナに戻る(宇野先生の言)」のだと思うのです。

 

【宇野先生に会っていない人は論じてはいけないのか?】

なぜ偉大な先達の言に学ぼうとしないのですか?私は“幸い”にも宇野先生と対面も適いませんでした。しかしそのために、個人的な思い入れ以上に、客観的に宇野先生のお言葉を検証することが可能になったんだと思うのです。ですので、「会ってもいないのに」という言説は通用しません。

 

>中にはふんぺい様の言われる頭や胴より尾や泳ぎに趣を持たれ改良や飼育されている方はいらっしゃいます。ですがそれも立派ならんちゅう飼育です。

 

はい、それで良いです。今回のエントリーで書きましたように、尾や泳ぎに関しての私の考え方として書いています。どう読んでも私の考えとしか読めません。らんちゅう飼育は信念と理想を持ってやるべきです。ただ会に勝つことだけを念頭に置いていては形質はなくなりませんか?と申し上げているまでです。

 

信念を持ってやればよいではありませんか。そしてそれを留吉様のブログで情報を発信すればよいだけの問題です。私は留吉様のブログにわざわざ出向いて、さもわかったように上から目線でコメントを書くことはしないでしょう。恥ずかしい行いです。

 

>宇野任松先生は相手の魚が悪くても決して人前や批判はしなかったと聞いています。

 

誰からお聞きになったのでしょう? 又聞きでしかないですよね。留吉様が宇野先生のお名前を出してこのように仰るのは筋が通っていないのがお分かりになりませんか?留吉様は宇野先生のお名前を出して自論に説得力を出そうとされていますよ。

 

宇野先生は悪い魚は悪いと言っています。(証拠をお見せしましょうね。)

 

このブログを読んで頂いても魚の批判をしていると受け止められるとしたら心外です。何も批判しているのではなく、こういう考え方もあるのではないですか?と、既存の何も科学的根拠も検証もされていないことを、もっと掘り下げて考えてみましょうよ。というのが拙ブログのそもそもの始まりでありポリシーです。

【宇野先生と第一世代】

残念ながら宇野先生時代を知っている第一世代(※私が命名しました)の方はもうわずかしか残っていません。

今、宇野系らんちゅうをやっている愛好家は、ほとんどが宇野先生を直接知りません。

しかも第一世代の方たちでも宇野先生に肉薄されたのはわずか5人ほどです。あとの方は、直接話しても二三言葉を交わした程度の方が大半です。

 

そうであるのですから、会ってもいない人間が宇野先生を云々するのはおかしい、黙っていろという論理は成り立たないですね。恫喝と受け取られても仕方がないですね。

 

自分がやっているらんちゅうがどんなルーツで、どのような思いで改良保存されてきたのか知ることがそんなに悪いことなのでしょうか。そのキーパーソン(宇野仁松他当時の愛好家のこと等)のことを知ろうとすることがそんなに誤解を招くことなのでしょうか。

 

ほとんどの愛好家が宇野仁松を知らない状況の中、「宇野仁松とはどんな愛好家だったのか?」をブログで書くなと言われてもできないことです。客観的事実を提示して私の意見を書かせてもらうことがそんなに悪いことなのでしょうか。誰が言ったか分からない風説や伝説はここでは扱っていません。そんな伝言ゲームで作られた宇野仁松像を、正しく多くの愛好家が共通認識として持てるようにすることが必要なのだと思うのです。

【「誤解」を生むと困る人】

「大変な誤解を生む」とはいったいなんでしょう?

上に書かせてもらったように、逆に真実を伝えること、本当のことを書かれると具合の悪い方がいるのではないかと勘繰られてもおかしくないですね。

 

多分留吉様は、どちらかの会か愛好家の中でも指導的立場の方なのだと推測しております。そして私の発信していることが、ご自分のお考えや信念と違うので立場上目に余るとお考えになったのではないでしょうか。

 

そうならば、留吉様はこのブログを無視するべきです。ご自分の考えで行動され信念は曲げないでください。留吉様の言に説得力があるのであれば、こんな些末(さまつ)なブログで何を書いても動じないはずではありませんか?むしろ曲げる必要はありません。

もしこのブログを読んでご自分の信念が揺らぐのであれば、ぜひこのブログを読み込んでください。きっと参考になることやヒントになることが沢山記されていると思います。是非「初心に回帰」してください!(^J^)

 

私は何も否定していません。ただらんちゅうのクオリティが次第に落ちているのではないかと危機感を抱いています。それを少しでも科学的根拠の元に、そして歴史的事実をもとにレベルアップするのはどうしたらよいかを常に考えているだけです。

そして偉大な先達としての宇野仁松が目指したらんちゅうとはどのようなものだったかを常に考えているだけです。

 

【無視すれば良いだけ】

留吉様はこのような一介の弱小ブログなど放っておけばよいのです。私のブログに共感されて読み込んでくださる方だけを私は対象にしたいと思っています。

 

実際のところ、尾を優先にされる愛好家のほうが主流なんです。何度も書くようですが、私はそれはそれで否定していません。違う選択肢を提示しているだけです。それに納得が行けばもっともっとファンになっていただければ良いだけ。

 

>頭や胴を疎かにしてはいませんが尾や泳ぎを主体にされている方達の批判的はブログの書き方は止めて頂けませんか?

 

何度も言いますが、仮に批判だとしても、それを他人が“書くな”とは言えないんです。考え方が違うだけなのですから。それを言っちゃいけません。

 

深読みすると、尾や泳ぎを主体にしている愛好家や仲間が動揺するからやめてほしいと言っているようなものです。自分の権威を脅かすのを止めてほしいと聞こえてきます。

 

単に、尾や泳ぎを最優先させると魚全体の質が落ちませんか?という私の疑問と問いかけです。それを何百というエントリーで説明しているのです。意見が相容れないのであれば、それに対する私を納得させる科学的根拠と歴史的事実を提示してくだされば再考いたします。ですので、決して批判しているわけではありません。勘違いしないでいただきたい。

 

以上長くなりましたが、あまりにも同じ宇野系らんちゅう愛好家としたら勉強不足とお見受けし、さらに思い込みからか上から目線で書かれていることが失礼の域に達していましたので書かせてもらいました。

 

留吉様には、このブログは目に毒なので今後書き込みはなさらないようお願い申し上げます。

もう一度申し上げます。

私はそれぞれの愛好家一人一人を否定することはしません。趣味として金魚とともに生きて来られたことなのですから絶対的に尊重いたします。それを否定することはその方の人生を否定することになります。そんな大それたことをすることはこれからも無いでしょう。

初心に戻って、凝り固まった既成概念を取り払って全体を見渡したときに見える風景をこのブログで提案しているだけです。 

 

なお、この文章に関しての留吉様のご意見は受け付けませんのでご了承お願いいたします。その代わりと言ったらなんですが、留吉様のお書きくださったメールアドレスにメールを差し上げます。ご本名をお名乗りいただければ、もっともっと深いお話をしたいと存じます。(匿名は卑怯なので受け付けません、あしからず)

 

貴重なご意見ありがとうございました。(これだけ自分の意見をまとめることが出来たので感謝しております。)

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2014年12月 4日 (木)

論外的“泳ぎ”論

愛好家の中には、頭や胴の質より、尾ありきで“泳ぎ”が何よりも優先されると仰る方達が居ます。果たしてそうなのか?というお話しはこのブログで折に触れて書いてきました。

ふんぺいは、らんちゅうの泳ぐ姿に美を見出していない訳でもなく、何も否定している訳でもありません。会用魚至上主義では、らんちゅうの改良ということに限界があることを分かって欲しいと言っているだけなんです。

“泳ぎ”とは、大変抽象的な鑑賞部位です。文章として表現することが大変困難で、愛好家によって受け止め方もかなりの違いがあります。

飛行機の翼のように固定された尾型で、わずかに尾先を振り込んでスッと前に進むのを良しとしたり、宇野系らんちゅうの場合においては、しなやかに尾全体で泳ぐ所作を良しとしたり、それこそ最終的には個人の好みに帰着することになります。

このブログは、会用魚に関してはほとんど論じていませんし、“泳ぎ”ということにはあまり触れてきませんでした。しかし、ふんぺいが従来の“泳ぎ”に関して、どのようなスタンスで見ているか?あるいはふんぺいは、らんちゅうの何を理解した上で“泳ぎ”を論じているのか、いないのかということを書いた方が分かりやすいのではと思いついたんです。ですので少し私の論外的“泳ぎ”論にお付き合いください。

“泳ぎ”に関しては、画像では分からないので動画で見ていただくことが良いと常々思っていたのですが、動画を貼り付ける手順が中々分からなくて、やっと先日成功したのでエントリーすることにしました。(シーズンオフでしか出来ないですね。^^;)

宇野系以外のらんちゅうの泳ぎに関しては、他のサイトをご覧になってください。専らこちらのサイトでは、宇野系らんちゅうの会魚の泳ぎを見ていくことにします。

宇野系らんちゅうの泳ぎは、尾のしなやかさに重点が置かれていると思っています。元来、尾の鑑賞は『泳ぐときは尾全体でしなやかに振込み、静止した時に花が咲いたようにパッと開くことを良し。』としたんです。これはオランダ獅子頭や南京等々金魚全体で言えばこの鑑賞方法が主流だったんですね。

宇野系の泳ぎに関しては、伝統的な尾の見方に準拠していると私は思っています。ある意味、舞妓さんが振袖をしゃなりしゃなりと振りながら歩く仕草を思い浮かべるとわかり易いと良く言われます。

さて、そんな泳ぎとはどんなものかを以下の動画を見ながら解説してみます。文章でいくら表現しても一見すれば全てを物語りますよね。

2012年日本愛らん会当歳魚優等1席。

宇野系らんちゅうの典型的な泳ぎを表現していると私は思っています。当歳魚ならではの若々しいきびきびとした動きの中に、しなやかに尾を使って泳ぐ“所作”は見事です。

もう一点、サンプルをご紹介します。

2014年日本愛らん会二歳魚優等1席。

当歳に比較してゆったりとしながら、まだまだ若々しさに溢れたフォルム。動きも風格が感じられますね。尾は固くもなく柔らかすぎることもなく、尾を目一杯使って泳いでいるのが見て取れますね。これを一部の愛好家は「尾が弱い」と言うかもしれませんが、それは主観でしかないと思います。尾の味わい深さは、これぐらいの柔らかさがないと醸し出されないと思います。

要するに、尾のしなやかさを優先するか、尾先での振り込みを優先するかで見方が変わってくるのだと思うのです。何が良くて何が悪いかという問題ではなく、“泳ぎ”をどう捉えるかということが問題なのだと思うんですね。

ただ、らんちゅうにとって、泳ぎが最優先事項ではないんです。頭そして胴の形質があって、それに見合う尾とその泳ぎが続くはずです。仮に泳ぎを優先するとすれば、尾を大きくして泳ぎを安定させれば良いことになります。しかしそれは邪道ではないでしょうか。

形(フォルム)を泳ぎに従属させることは、本末転倒ではないかと思うのです。

極論すれば泳ぎやすい形とは、フナに戻ることを意味し、らんちゅうらしさが消失することなのだと思うのです。段々とスペースシャトルみたいならんちゅうが増えているのは、泳ぎを優先するからだと私は考えています。つまりスペースシャトルのような形は、美よりも機能性を優先しているからです。形には必然性はないと言えます。

1.水の抵抗を受けやすい投影面積の大きい肉瘤。

2.背が低く、底物観賞魚のような背幅。(底物=オトシンクルスなど水底を泳ぐ魚は総じて平べったい)

3.チビ尾

以上を実現してなおかつ泳げる魚が理想のらんちゅうなのではないでしょうか。

宇野先生は上記の条件をらんちゅうに見ていたはずです。(※というか「見ていたに違いない。」という個人的見解と訂正いたします!m(__)m)

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