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2014年6月

2014年6月28日 (土)

知らなかった!フィッシュマガジン休刊

恥ずかしながら今時分知りました。(汗)

昨年末にフィッシュマガジン誌、休刊になってたんですね。事実上の廃刊とな!今時分ってことはそれだけ疎遠になっていた証拠ですよね。

もう買わなくなって長かったので気が付かなかったんですね。この趣味を始めた頃は毎月欠かさず買ってました。そう思うと、話題にも登らないほど存在感が無くなっていたということなんでしょう。

淋しいですよね。

『月刊囲碁』休刊の時にも感想をアップしましたが、ついに足元まで来ているように感じました。

私がFM誌を購読するようになったのは、思うと20年ほど前で、情報源は当誌ぐらいしかなかったんですね。やっとパソコンが普及しだした頃で、今みたいに通信速度が出ない“パソコン通信”が流行しだした頃でした。当時、富士通のFMWシリーズが25万円もしてましたものね。だれそれと手軽には手が出ない代物でした。

そんな中、フィッシュマガジンは唯一の月刊の情報誌だったんですね。しかし、もうすでに内容は熱帯魚が主流で、金魚に割かれた紙面は300ページのうち10ページにも満たなかったんです。

特に胸躍らせのは、むしろ広告の「やまと錦魚園」や「石川宗家」、「まつもとペット(当時、冷やかしお断りでしたね!)」だったんです。

私がこの趣味をはじめる前は、読む場所が一杯あったんですよね。井上外喜夫氏の「京都筋シリーズ」。野木氏らの「蘭鋳訪問」、古くは宇野先生や桜井氏の著述が見れますよね。それだけ金魚に紙面を割いていたのに、入門者をフォローする、あるいはオピニオンリーダーとしての役割をFM誌はしないようになってしまっていたんですね。金魚飼育の黄金時代は既に終わっていたんでしょう。

それでも毎月フィッシュマガジンは買ってました。立ち読みではなく書店でちゃんと買ってましたよ。それがいつしか、パソコン通信→インターネットが普及するにつれ、高々10ページのつまみ食い情報では物足りなくなっていったんですね。

いつしか書店に行くことすら少なくなって、手に取ってFM誌を見ることも無くなって行きました。(今ではほとんどアマゾンで買ってます。(^^;))

観賞魚界って多様化して、バブルが弾けたあたりから迷走しだしましたよね。FM誌に爬虫類が必要だったでしょうか。そうやって手あたり次第詰め込んだために全ての情報が散漫になった。これも一つの休刊の要因なんでしょうね。

あのころは、本当に情報に飢えてました。

休刊になってしまうと、あれだけの書籍が無くなることに、喪失感を感じますよね。時代の流れだと言えばそれまでなんですが、何か方法は無かったのでしょうか。電子書籍として残る方法は無かったのでしょうか。旧態依然としたビジネスモデルを守ろうとした結果の産物ではないのでしょうか。

また一つ時代が終わったような気がします。

ピーシーズの「金魚伝承」も、マンネリ化して休刊するって話しを聞いたことがありますが、止めないほうが良いような気がしますね。(もう少し価格を下げたほうが良いような。。。)

タダでこれだけネットで情報が入手できるようになったんで、雑誌というカテゴリーも従来とは違った方向性を考えていかないといけないのかもしれませんよね。

それにしても残念ですよね。これからどんどん高齢化と人口減少で担い手というか、愛好家が減っていく時代、どうやって観賞魚界は進んでいくのでしょう。

Img_r1996年12月号

若者の減少と愛好者の減少の関係

らんちゅう(金魚)が流行らない理由

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2014年6月21日 (土)

稚魚近況

うちの稚魚はまだまだ小さいです。

Dsc_0320

この画像で1センチ強かな?尾形の良いのも居ますけど意識的に残しているわけではありません。

このタイプの稚魚は、光の角度で目が金色に光ります。何故なら目が上に付いているから。片方の目だけ光るのは目が歪んで付いているから。この違いは大きいです。

今年から稚魚池には、ある試みをしています。それは内緒。。。('◇')ゞ

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2014年6月19日 (木)

火男(ひょっとこ)君

割とキズに寛容であると、トンデモナイ個体が残ったりします。

それだけ金魚は多様性があるという裏返しなんですが、こんなのも居ますよ!

1

二歳ですが、口紅綺麗な口がひんまがってまるで“ひょっとこ”ですな。

だからどうってことないんですが、ま、後生大事に沢山残すと色々な発見があるってことです。

色眼鏡で変なバイアスを掛けて選別をするとお目に掛かれないです。水替えして稚魚の世話をしていたら出会った個体ってわけです。

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2014年6月10日 (火)

無選別の選別

種魚を残す方法として、いわゆる従来の選別方法と逆の発想で“全残し”を提唱したりしてますが、これまた誤解されている方もいらっしゃるのではないかと思い、少し補足しておきます。

宇野先生が、「近頃は選別が厳しすぎる。あなたがハネたなかに良いのが居るに決まっている。」という趣旨の発言をされていますが、品評会を意識しすぎて魚を大きくするために尾だけで選別することへの警鐘と私は捉えています。

尾だけを見てハネることは、他の部位を蔑ろ(ないがしろ)にすることになり、頭が良くなる形質や背が低く幅のある胴を持った個体を早期にハネていることになると考えます。

それを回避するために、できるだけ形質が発現するまで、魚の良否を見極めるために多くの個体を残しましょうというのが考え方の根本です。

実際は早く形質が分かれば、少しでも減らすことが良いに決まっているのです。それでは魚が残らないので、ジレンマのうちに水槽が増え、飼育個体数が増えるのです。

“多く残す=良い形質を見逃さない”という延長線上で、形質を見極めるために従来の尾だけの選別を止めましょうと言っているわけです。一切選別をするなとは言っていないのです。フナに戻る遺伝的形質を、後生大事にハネないとは言っていないのです。

実際に選別するを例に取って紹介すると、

Dsc_0304
いわゆるフナ尾。フナに戻る形質の第一で次世代に遺伝することが多いので、当然早い時期にハネます。こんなものまで残していたらバカです。

Dsc_0306
こんなのは数が少なかったら残します。尾でハネないと言っても酷いのは、ケースバイケースで残したり残さなかったりします。一概にフナに戻る形質ではないと言い切る人も居ます。それよりも胴や頭の形質を見極めてからでも、淘汰は遅くはないと思います。自分の池と相談しないと仕方がないですね。

Dsc_0307
イヤな尾ですよね。フナ尾でもなく刺したツマミですよね。そりゃハネますよ。

Dsc_0308
底でブラインが来るのを待っているヤツ。これも大きくならないのでハネます。

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煮干しみたいなのが大量に出る場合がありますよね。孵化する時の水温が関係する説もありますが、何腹か同時に採卵して同じ環境で孵化させたら、一腹だけ大量に出る場合があるんです。掛け合わせの相性で出ることが多いのかもしれませんね。いずれ死にますので早期に排除したほうが良いです。

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これなんか悩むところなんですよねえ、ホントは。差しではないんです。尾芯太です。真ん中に黒い線が入ってますよね。尾付けの半円形に黒い線が入っていたら差しなんですが違うんです。尾芯太はまだ許せる軽度なキズです。先行きの様子を見た方が良いと私は思うんです。系統によって今後どうなるか分からないと思うんですけどね。差しだと思ってたら違うこともあるはずです。この魚が尾以外で見るべき特別な個体だったらどうします?

種魚を残すつもりなら、どれだけ多く飼って(密飼いしろとは言ってませんよ!)どれだけ形質を見極められるかが勝負になってくるんです。

但し、すでに形質が消失している系統なら、いくら残しても出てこないです。何故なら確率の問題だから。砂場から砂金の一粒を探すようなものなんです。

具体的に言うと、兜巾(トキン)の消失した系統で兜巾を復活させるのは至難の業ということです。ではどうするか。

兜巾が出る系統を探したほうが良いです。1尾だけ出ても、それはたまたま残っただけで何尾も出るようにならないと遺伝形質としては意味がありません。もし消失した系統で復元しようと思ったら、そこから我慢強く少なくとも3世代は全て残して純化作業が必要なのだと思います。

ですから、一人で改良をしようと思っても無理です。深く理解できる仲間が居て、協力者が居てはじめて、改良は前に進むのだと思うのです。得てして金魚愛好家は、誰にも邪魔をされたくない、他人との人間関係を疎かにするタイプの方が多いです。それでは広がりも何もありません。この趣味、その人が亡くなったら雲散霧消するだけではあまりにも寂しいと思いませんか。

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2014年6月 4日 (水)

宇野らんちゅうの系譜

『金魚の飼い方入門』昭和54年発行(1979) 金園社 桜井良平

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何度かこの写真はご紹介していますが、1970年代に頭部肉瘤がこれほど見事ならんちゅうが居たのに、何故今は居ないのかという根本的な疑問を問題提起してきました。

現代より1970年代のほうが優れている。私は率直にそう感じるんです。

らんちゅうは、昔より今のほうが“進化”しているという、単純な進歩史観は嘘だと気が付いたのです。

端整なメリハリの効いた立体的な顔のらんちゅうは滅多にいない。

獅子頭がらんちゅうの代名詞のはずなのに、その獅子頭がどういうものかを愛好家の誰も知らないという現状はいかがなものか。

どうやら宇野仁松と一部の人たちしか、頭の重要性を説いてこなかったという事実が分かったんです。

何故その頭の重要性を説かなかったのか。
宇野仁松は別だが、ほとんどの指導的立場の愛好家は個人主義的であったのが災いしたのだと思うのです。基本、品評会を目指す競争なので、弟子といえども競争相手なのですから、大事なことや秘伝的要素は教えないものなのです(今でもそうです)。

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上の画像は故藤井四朗氏の魚です。撮影されたのは1990年。今から24年前ですね。その10年ほど前の画像が桜井氏の本の更紗魚です。似てますよね。

藤井氏の種魚なのですが、この魚を見ると、明確に氏は頭の重要性を認識されていたことが見て取れます。

他にも例を挙げることが出来ますが、この一枚の画像だけで多くのことを物語っていることは明白でしょう。

この素赤が撮影されてから24年後の今、私たちは獅子頭とはいかなるものか意識もせず、スタンダードの肉瘤すら知らずに、らんちゅうを嗜むことになっているのが現状なんです。

16歳

宇野仁松の池から出て、営々と保存し維持することの難しさ。一度形質を無くせば元に戻すことの困難さ。

宇野らんちゅうでも宇野系らんちゅうでも宇野式らんちゅうでも良いんです。“古い、新しい”もありません。形質を消失させてしまった愛好家が、自己を正当化するために「古い(からいらない、流行らない)」と言ってのけてしまうのです。

系統を維持するということは、色々なタイプ、バリエーションを池に種魚として置いてはじめて改良することができるはずです。

形質が失われそうになったら、古いタイプから補う必要があるはずです。しかし古いタイプが池に居なければ魚はどんどん“形質が劣化”していくのだと思うのです。(※便宜的に「古い」と呼んでいるだけです。)

宇野仁松→桜井氏の更紗魚→藤井氏の素赤→6歳魚。(※見れば明らかに系統って分かりますよね!)

宇野仁松の魚をやっているからには、30数年経っても面影が残る魚が居なければ嘘になると思いませんか。

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