« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月

2013年12月29日 (日)

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第七回

最初から項目に沿って見てきたが、今回は巻末の『用語解説』に目を転じよう。

ここに作者の“宇野系”に関する含蓄のある端的な文章が掲載されている。何度でも噛み締めて読んで欲しい。

宇野系:

宇野仁松翁が後人のために説いた、種用・会用の質について、それぞれの必要条件、見極め方、残し方、改良、育て方、楽しみの考え方です。①

 

これが宇野系というらんちうの形を示すものではありませんが、特に種親とその頭と胴形質の重要性に焦点を置くべきという内容から、ひとつの特別の系統と言われるようになったのでしょう。

 

本来はらんちうの多様性を理解して、それぞれの目的に応じて楽しんで欲しいけれど、らんちうらしさを極めたいのなら、そのポイントは頭と胴の質に着目した種親を残すことが重要です。という考え方に他なりません。(P.104)

著者の宇野系に対する定義に賛同する。私も誰よりも宇野仁松の人となりを追ってきたが、着地点はこの文章に表現されていると思う。

この文章の意味を十分理解すれば、宇野系こそらんちゅうの豊かな可能性を開く“考え方”を表しているのが分かるのではないか。

それぞれのセンテンスを見ていこう。

①宇野系とは、ふんぺいがブログで延々と説いていることとイコールで同義である。ここにもあるように、種用と会用と別々に考えることを明解に定義していることが重要だ。

ともすると、種用の残し方と会用の残し方などを混同してしまいがちだ。厳密に違うものだという意識が愛好家の中に無いので、このブログでもそのことが理解できずに的外れな指摘をする方が以外と多い。頭の中でこの線引きが出来ないと、このブログをいくら読んでも分からない。

実は、宇野仁松は種用・会用のらんちゅうについての考え方にいち早く気が付いた愛好家であったと考えられる。

そのことが分かっていてはじめて“自由に遊ぶ”ことが出来るのだ。

②この文章の意味をどれだけの人が素直に受け入れられるだろう?
宇野系らんちゅうを単に『色が綺麗・鱗が細かい・頭が出ている系統』のように思っている人が多い中、血統以上に頭と胴の形質の残し方に重点を置いた考え方であることを言っている。

系統は単に血を繫ぐだけでは残らない。意識して形質を維持していこうという意思においてはじめて系統は系統としての形質が残っていくのである。

③らんちゅうの多様性は、まず基礎になる考え方があってその上に構築されるもの。ただ一個人の根拠のない思いだけでは一過性のものであって系統とは言えない。宇野系の場合、会用・種用という考え方を受け入れてはじめて、遊び方のバリエーションが出てくるものと言える。

仁松翁が、それぞれの個人の技量に応じて話す内容を変えていったのは、会用のみをする人には限定的な、種用まで志向する人にはより深くという考えがあったから。

④宇野系を色々な角度から見て考察していけば、最終削ぎ落とされた末に残るものは、頭と胴の圧倒的なクォリティであるべきということを意味している。

種はあくまで会用にフィードバックできるだけのポテンシャルを持っていなければ種ではないのは明らか。種のための種では自家中毒の何物でもない。ここにもはっきりと書いてあるが、宇野系とは“考え方”であるということ。その“考え方”とは何かというと、仁松翁の考え方であるということ

金魚という生き物は、人間が居なければ存在しない。その人間に寄り添いながら変化してきたもの。その人間の考えた形に変化してきたのであるから、また放っておけば幻のように消滅してしまうもの。その中でも仁松翁の理想とするものが“宇野系らんちゅう”なのだから、もうお亡くなりになった人の理想を、正しく理解して消滅させないように保存維持するのが愛好家の務め。

その理想は流行に左右されることはなく、我々の目標であり続けるはず。その目標が具体的にどのようなものであったかを我々は歴史を紐解き、宇野仁松という人となりを追求しなければ、宇野系らんちゅうは名前だけのものと化する。

俄か宇野系らんちゅう愛好家が、「らんちゅうには浅い深いはない。」とか「今の宇野系はネームバリューに胡坐をかいている。」とか「魚の基礎知識は必要だが、魚を泳がせ、観賞して綺麗と思えるかが本質。」などと見当はずれの、勉強不足から来る主観的な戯言をのたまう御仁もいる。

会用と種用の考え方の相違を区別できていないと、根本的に議論が噛み合わなくなってしまう。

会魚とはなにか?

種魚とはなにか?

を今一度整理して順序立てて考えて欲しい。

圧倒的ならんちゅうとしての形質の追究があってはじめて、会で遊べるハイクォリティの魚は維持できると言える。

観賞魚としての泳ぎや色の美しさは二次的産物であり、まず造形物としての形の追究の上に成立するものであるはずではないか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年12月26日 (木)

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第六回

【各部の解説】14ページ~17ページ

らんちゅうの各部について解説されているが、特に前半の頭部と胴部の解説は、書名の『らんちうのすべて』に相応しく明解で秀逸だ。業者やセミプロなどは、ここまで書かれると都合が悪いので無視しようとする部分でもある。

後半の下半身である尾部の解説は、どの書物にも書いてあることと大同小異なので割愛させていただく。

1.目幅

狭いほど頭の真横へと目が移行し、肉瘤が発達すると当歳ですら上から見えなくなる。広い個体は、肉瘤が発達しても上からはっきり見えます。(P.15)※今更ですが、引用部は字の色をこの緑で識別しています。

さらっと書いてあるが、このポイントを意識している愛好家はほぼゼロ。意識して個体を見ていると、なるほどと分かる部分。

4.鰓(えら)

背出しの開始位置との関係が頭や胴の形状を判断する目安にもなります。(P.15)

この部分で魚を判断されると困る人が沢山いるので、ほぼこの見方のポイントは抹殺されている。「作り」やエサで誤魔化せない部分。この部分が何故見方のポイントか?痩せさせなくてもこの部分には肉が付かないので見れば判断できる、裸も同然。

5.鰓下(えらした)

鰓ぶたの尾寄り開口先端部、ここが背出し開始線の位置とずれないことで本来の太さを確認でき、痩せても本来の太さがあることがわかるはずです。(P.15)

4.鰓とこの項は最も重要。この判断基準をマスターすると、見せかけの太さに惑わされないようになる。

こんなことはないだろうか。良いと思って持ち帰ったら、しばらくするとみすぼらしくなる。エサや環境が変わってその個体の本来の質が見えて馬脚を露す。化けの皮が剥がれる。この見方をマスターしていれば、衝動買いしなくて済む。

7.背幅(せはば)

真上から見て鰓下の後退がなく頭がしっかり発達する資質が、「つくり」だけでは補えない、コップが乗るような、扁平でらんちう本来の太い背幅をつくります。(P.15)

宇野系も協会系も関係なく共通の重要な見方である。ところが、この頃は、上から見るのだからと言って少々背が高くても目をつむったり、会用を優先する余り、エサで誤魔化すことで太く見せる技術ばかりに目を奪われていることはないだろうか。

背出しの部分が低く平らになっていることと、鰓下の後退がないこととは連関している。この見方が理解できないと魚の太さを見誤ることになる。

背幅こそがその個体の本来の太さの源。腹幅はエサで太さを演出することはできるが、これは後天的な要素なので、遺伝はしないことを肝に銘じないといけない。(どんならんちゅうでも共通の認識のはず。)

以上の部分に関して、他の書物にここまで分析した文があっただろうか?誰も言わないことが本書には書いてある。らんちゅうの基礎(スタンダード)であったことが誰も知らない状態が今なのだ。

ここに書かれたことを忠実に守ったらんちゅうが普通に見られないのが現状なのだ。入門者や一般の愛好家が分からないのも無理はない。

だがテクニックの指南書などより、このようにらんちゅうと真正面から対峙し、見極めようとする態度が重要なのだ。それが宇野イズムに違いない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月23日 (月)

らんちゅうを振り返る~リクエストにお応えして~

にしきさんのリクエストにお応えして少し。

3『金魚』松井佳一 昭和38年P20

それこそ下駄のようならんちゅう。松井氏の書籍に出てくるらんちゅうは、金鱗会を主体にしていましたから関西の魚であったのは間違いないでしょうね。今とタイプが全く違いますよね。

Photo『金魚と錦鯉 鑑賞と飼い方』松井佳一 昭和43年P8

協会系も宇野系も無かった時代のらんちゅうですね。決して長手ではなく幅があって下駄や小判と形容したくなる形態であったことが分かります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年12月21日 (土)

論外的オランダ獅子頭考~歴史的資料を交えて~

オランダ獅子頭は、弥冨型(短手)が市場を席巻した時代があったのですが、今は多種多様な個体が見られるようになりました。

ただ、頭の質はどうかというと、むしろ昔のほうが好ましい型が多かったのではないかと推察されます。

書籍に掲載された画像を見ていくことにしましょう。

1『金魚』保育社カラーブックス 昭和38年 松井佳一著 キャプションには兜巾型(ときんがた)とある。

2金魚』より キャプションには『アズキサラサとシシガシラが良く発達したもの』とある。

オランダ獅子頭は、松井氏の書籍に登場する画像の多くに断り書きはないが、宇野先生か金鱗会副会長の桜井氏の持魚だそうです。キャプションでは、上掲の素赤が「兜巾型」、下掲の素赤の個体を「獅子頭」と規定しています。

私が思うに、上掲の個体も大きくは獅子頭と判断します。

1_2『金魚と錦鯉 鑑賞と飼い方』昭和43年松井佳一著

こちらにも良く肉瘤のあがった個体が掲載されています。このページの上下の個体は同じものと思われ、下を左右反転させると以下のように同一個体と推察されます。

1orannda
1orannda2

まさに獅子頭。優美な房尾にも関わらず、尾芯が垂れることもなく維持し、ベールのような華やかさも演出していますね。
どうですか、この頭部。兜巾がくっきりと存在感を主張し、目下から前方に張り出した側(がわ)は、いかにも神楽の獅子頭を思い起こしますね。そして上から見て兜巾が正方形に出ているということは、目幅もあることを意味し、同時に背幅があるのが分かるかと思います。

上から見て良し、横から見て良しの超優良個体です。

こうやって見ると、らんちゅう同様、魚が進化などしていないことが分かりますよね。今では見ることのない個体が昭和40年代に居たんですから。形質を維持することの難しさを痛感させられませんか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月20日 (金)

下駄のようならんちゅうのお話(改訂版)

「宇野先生のお宅に下駄のようならんちゅうがおった。」というお話は誰が広めたか。

実はふんぺいです。(『宇野系らんちゅうの魅力』を読んでネ!)

誰から聞いたか?

私の近くの先輩からです。後にも先にも“下駄のようならんちゅう”のことは私以外に誰も言ってません。

その話しをもって宇野先生の池の魚が全て大きかったと勘違いしてくださると困るんです。

Img
京都金鱗会の品評会における“下駄のようならんちゅう群”と見られる写真、因みに右下は「ときんがたのらんちゅう」とある。『金魚』松井佳一著 保育社カラーブックス(昭和38年)

周辺資料だけ漁っても真実は見えてこないんです。二次資料をいくら当たっても見聞以上の資料は出てこないでしょう。

自分の都合の良いように情報をパッチワークするだけでは真実は見えません。自己満足の何物でもないです。聞きかじっただけで一方的な見方では本当のことは見えてきません。

好みとか嗜好とかそういう問題ではないんです。浅い深いはらんちゅうの世界に関しては厳然としてあります。上澄みだけでは、らんちゅうの改良はできません。突き詰めて考えれば分かることなんですが・・・・。

らんちゅうが流行で形態を大きく変えるようなことはあってはならないと思うのです。仁松翁は、「好きなように遊んだらよい。」などとは一言も言ってません。草葉の陰で泣いてますよ。

相対的で二次的要素としての“泳ぎ”云々より、絶対的要素としての“形”が前提条件のはず。(ちゃんと泳ぐに越したことはありませんけど。)

泳ぎを優先すれば泳ぎやすい形状であれば良いわけで、それはとりもなおさずフナ的要素を優先することになるんだと思います。

泳ぎやすい形→泳ぎやすくするために巾のない魚を選択→頭が小さく肉瘤のない魚→フナに戻る

色柄が綺麗でしなやかな尾が付き、巾がある太い魚。そして堂々たる獅子頭であれば究極の魚ですね。このような魚が出来ないか夢を見ます。

でもね、今の崩れた肉瘤ではいくら良く泳いでも私は欲しいとは思いません。ましてバランスと言っても、“それなり(妥協した)”の頭で満足して、下駄のように大きならんちゅうが果たして宇野先生が望んでいた魚かと言えば違うと思うんですけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第五回

【基本的な頭の形質】11ページ

少なくとも↑肉瘤のタイプぐらいは覚えておこう!基本ですから。

兜巾(ときん)タイプ:高さのある円形~正方形がポイント

兜巾の出現は遅く、本来の形質を開花させるのは三歳以上・・・それを待たないで淘汰されてしまいがち(P.11)
Photo
※画像は手持ちのものを添付

龍頭(たつがしら):目先が発達するタイプ
4

獅子頭(ししがしら):兜巾と龍頭が統合された、らんちうの信条と言える形状
豊かな兜巾と目先の発達する龍頭を併せ持つ「これぞらんちう」という頭で、すべてのらんちうの目標です。

優れた兜巾、太みを失っていない龍頭の種親を残していないと維持、改良できません。(P.11)
2

※本書では以上の3タイプを肉瘤の基本としている。このいずれにも当てはまらない形状はあるがそれは何か?

いずれかのタイプが崩れたもの、あるいは形質が消失したものと位置づけられる。現状のほとんどのらんちゅうは、宇野系も協会系も関係なく“崩れたもの”に分類される。

3タイプのバリエーションならともかく、基本を知らないで、現状の崩れた頭部を肯定して、上記のタイプ分けを『古いもの』とか『現状にそぐわない』とか『基本と言われても困惑する』とかの個人的感想は、見当違いも甚だしい。

逆に言うと、現状は、肉瘤の個性が無くなっている状態←らんちゅうの楽しみ方が狭くなっている

宇野仁松は、「せめて頭の形だけでも知ってほしい。純化しなければならない。」と言っている。「好きなように遊べ。」などとは言っていない。宇野仁松を尊敬するのなら、それぐらい分かって欲しい。

端整な肉瘤→崩れた肉瘤→ただ付着しただけの肉瘤=フナに近づく流れ

《我々らんちゅう愛好家が意識しないといけないこと》

崩れた肉瘤を端整な肉瘤に純化・改良・保存していくこと。

《獅子頭すら実際に見たことがない愛好家が大半》

獅子頭らんちゅうなのに獅子頭がどういうものかを知らないという本末転倒。

肉瘤のタイプは三タイプに分けられるが、そのバリエーションは無限。

“顔”と表現するに相応しい肉瘤こそ、人の顔がそれぞれのように、らんちゅうにも豊かな表現と個性を持たせるもの。

規格品のように型から逸脱するものを排除する考え方では、らんちゅうの奥深さは計ることはできないと言える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月18日 (水)

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第四回

【胴の形質による分類】9ページ~10ページ

特にここから先は、どの書籍、ネットにも書かれて来なかった部分。胴の形質などは大多数の愛好家が理解できていたらもう少し改良されていたはず。

《胴の種類》

胴を輪切りにした断面を想像すれば、その個体の改良度合が分かる。

改良目標は、背が低く、背幅があり、平たみがあるような形態。エサで作るのではない。
痩せさせると本来のその個体の骨格が分かる。

角胴:理想とするべき胴の型。

丸胴:これも注意深く残す作業が必要。普通なら残らない。

小判胴:品評会用に仕立てるには良い胴だが、種には向いていない。

茄子胴:ほとんどはこの胴しか残らない。側線から上の部分の段差のような窪みはエサで消えるのでこの胴が“太い”と勘違いすることが多い。従って、これを親にすれば仔はほとんどが茄子胴になる。

以下のエントリーを読むとより理解できる。
[胴を考える~太さを演出するということ~]
http://ranchurongai.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-39e3.html

宇野系も協会系も関係ない、この胴の見方に違いはない。これがらんちゅうを見る上での基本になる。

このように明確に啓蒙している書は見たことないし、ここを共通認識としていれば、もっと高度な改良の議論ができるはず。

入門者は、これを意識しながら実物を見て理解していくべき。ネットや書物を読んだだけで分かったと思ってはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月17日 (火)

論外的オランダ獅子頭考

一時、私もオランダ獅子頭を繁殖していたことがあります。

もうらんちゅうで手いっぱいになったので、ある時仔引きをやめて今に至ります。

オランダと言っても短手ではなく、当時長手と呼ばれていたタイプの弥冨で改良される前の従来のオランダを飼育していたんです。

当時(98年)ネットで単品種の情報サイトの先駆けとして『オランダ通信』を開始したんです。結構話題になりました。『金魚伝承』でも明らかに影響を受けてましたね。(^^;)

で、仔引きすると、まあ同じような形の魚ばっかりで選別の基準からすると、全て残さざるを得なかったですね。その当時の基準は尾でハネてました。すると尾まくれ以外全部残っちゃう。

さらに、驚いたことにオランダは差しまで残すんです。尾でハネてたら全て残すことになるんです。

何故差しを残すのか?

尾が大きくて垂れてしまうので差しで釣って尾形を残すという考えだったように記憶しています。かくして何も選別基準が分からずただ飼育するだけでした。

さて、そんな話しは別にして、オランダ獅子頭の品種的特徴から、今後残していくべき形質を“論外的に”考察してみます。

筋道立てて考えてみましょう。

【オランダ獅子頭の品種的特徴とは】

1:頭部は、獅子頭でなければならない。

2:胴は、頭部と連動して幅がなければならない。長手は特に背幅がなければならない。

3:尾は、房尾で尾形を残しつつも、静止したらパッと花が開いたような華やかさがなければならない。

この三点に集約されるのではないでしょうか。

ならば、この三点は現状のオランダ獅子頭には表現されているでしょうか?

「オランダ獅子頭」という品種名である限りにおいて、獅子頭を表現していない個体は「オランダ獅子頭」を標榜することは果たして良いのか、ということにならないでしょうか。

らんちゅうに「獅子頭らんちゅう」という別名があるように、論外的には頭部が獅子頭状に表現されていなければ「らんちゅう」とは言えないというのと同様であると考えたいですね。

そう考えてくると、残念ながら今のオランダ獅子頭群は、どれだけ端整な獅子頭を表現している個体がいるか疑問が湧いてきます。愛好家の皆さんには申し訳ないのですが、おそらく大部分のオランダは“オランダ獅子頭”とは呼べなくなっているのではないかと思われます。

なぜか?

「肉瘤は遺伝である」という事実を意識してこなかった、または気が付かなかったため獅子頭の遺伝因子が無くなってしまったのだと推測されるわけです。私の出会った愛好家の方達からは、肉瘤に関しての考え方は聞こえてきませんでしたし。(らんちゅうと全く同じ構図ですね。)

らんちゅうでも獅子頭が基本であると言っているにも関わらず、獅子頭が居ない現状を重く見ないといけないのに、それを言う愛好家が居なくなってしまったことは、らんちゅうもオランダ獅子頭を他山の石とすべきでしょう。

頭部の肉瘤が遺伝であり、注意深く仔に継承されているかを検証してこなかったら、頭部と関連している胴の幅も無くなり、品種名の意味が分からなくなってしまうと思うのです。

何度も言うようですが、オランダ獅子頭にも、らんちゅうと同じ現象が起きていると考えられます。品種的特徴を今一度再考して、改良方向を見定めないと、ただ流行に流されたり、好みだけで品種を弄べば、次世代に受け継ぐものは何もなくなってしまうのではないでしょうか。

オランダにもらんちゅうと同様、素晴らしいトキン頭もまだまだ散見されるはずです。そんなトキン頭を残しつつ、足りない部分を足しながら、獅子頭を再構築する必要があるのだと思うのです。

どなたか、品種名である「オランダ獅子頭」の名に恥じない、獅子頭のオランダを見せていただきたいと思います。尾がまくれてても出鱈目でもいいです。まず頭を何とかしてください。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2013年12月15日 (日)

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第三回

【形質の固定と維持、改良について.】8ページ~9ページ 

《この項のポイント》 
誰もが目指すのは、頭・胴・尾の三拍子揃ったバランスの良い卓越した魚であるということの確認。

しかし、上記の魚がコンスタントに輩出できるなら誰も苦労しないが、滅多に出ないということは従来の方法を見直す必要があるのでは?

頭と胴の質は単に「つくり」で補うことに長けても、遺伝しないので長くは続かない。フナに戻ることを認識するべき。

“自分の好みの部位ばかりを優先して交配を続けると、他の部位の形質がフナに近くなり、全体的なバランスは良くても、らんちう本来の形質は失われていくのです。(P.8)

バランスを重視するあまり、頭や胴は飼育方法やエサで何とかなるという風説が流布されているが、見る人が見れば分かること。遺伝しない形質を作り込んでいるだけだから、次世代はまた一からとなる。→「大関の仔に大関なし」とはそういうこと。

例:大きくして肉を付ければ埋まるキズがある。

↑は本当の意味でキズは修正されているわけではない。後天的要素で隠しているだけ。

《形質の改良の重要性を軽視しすぎではないか?》

“背びれのないらんちうが上手に泳ぐためには、水の抵抗をいかに逃がせるかが重要です。頭が発達すれば、尾は水の抵抗を緩和するため柔らかく張りを抑える方向に、尾形が良ければ、頭が固くなる方にという具合に、上半身と下半身の形質は、優等魚の条件と相反する関係にあるわけです。(P.8)

この理屈を理解しなければ先に進まない。

宇野系を例にしてみれば、総じて柔らかい尾(尾が弱い)の個体が、頭や胴の形質が良いことに気が付くはず。

“上・下半身のどちらかの質を必然的に欠くので、次回の仔引きに使うなら、質を欠いた部分を補える種魚を残しながら形質の維持・改良を続けねばならないのです。(P.9)

これが「らんちうの摂理」。会用魚だけの仔引きを続けていると、次第に質がどんどん落ちていくという意味を理解しなければいけない。

本来の種魚の意味とは何か?をそれぞれ愛好家が真摯に考える必要がある。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月11日 (水)

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第二回

【らんちうの体形・形質の特徴を理解しよう】本書6ページ~7ページ

《この項のポイント》

“らんちゅうらしさ”とは何か?

らんちゅうは絶えずフナに戻ろうとしているということを知る。

フナの形質とはどんなもの?→フナ(和金型)とらんちゅうとの比較をするとらんちゅうの特徴が浮き上がってくる。

《和金型との違い》

背びれがない。

背幅がある。

頭骨と頭幅がある。→肉瘤がある

鰓が後退していると和金型

体を輪切りにすると丸か四角になるのがらんちゅう、和金型は紡錘形。

《和金がなぜこのような体形なのか?》

水の抵抗を受けずに泳ぐには和金の体形が理想的なので、らんちゅうはその原型に少しでも近づこうとすると考えられる。(らんちゅうゴムひも論)

単に泳ぐことを重視すると・・・・

背幅がない、鰓が後退した、頭骨が小さい、肉瘤があまり付いていない、紡錘形で背が高いらんちゅうが理想的ということになります。→自由交配に任せればそのような形になってしまう

《そうならないためにはどうするか?》

絶えず“らんちうらしさ”という形質を考え、意識しながら交配を行うべき。

和金に近づく形質を取り除く選別が必要になってくる。

→この項には書いてないが、尾形だけの選別では理想とする形質は残らないことになる。

《ふんぺいの経験》

青仔の段階で尾形が良いものと、スーッと泳ぐものだけ残す作業を延々と夜中までしていた。上の考え方から品評会には向いているが、らんちゅうの形質は見ずにハネていたことになる

まさに「この頃、ハネるのが早いの違いますか。あなたがハネたものに良いのが居たに決まっている。」と仁松翁が仰った意味は、そのような機械的に選別を続けることの無意味さに対する皮肉であることを、つくづく実感する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月 6日 (金)

哀悼 寺崎吉彦氏

先日、寺崎氏の奥様から一通のはがきを頂きました。

10月8日 76歳 永眠

また一人、宇野仁松を知る方が居なくなりました。

私が山登りをするようになったきっかけも寺崎氏でした。ネットでの私の活動に注目していただいて、早くからお墨付きをいただいたのも寺崎氏が一番早かったと思います。

昨年の品評会時、昼食を共にさせていただいたのが最期となりました。その時、奇しくも私が「これから先、会を存続するにあたって後継者とかどうされるんですか。」と質問したのを覚えています。

寺崎氏は、弁当に目線を落としたまま「そんなもん、なるようにしかならへん。」と仰ったんです。その時には体の異変は無かったんですが、何か未来を暗示していたかのように今にして思えば感じます。

毎年の品評会の期日を待たずに逝かれたんですね。

去年まであんなにお元気だったのに・・・・。多くの会員を擁した会を運営し、宇野系の一時代を画した愛好家がまた一人この世を去ったのです。まだまだお若いのに。。。。

Sinsa

12

15

Photo

見た目より甲高い声で豪快な笑い声が、昨日のように耳に残っています。寺崎氏はしっかりと宇野系に足跡と遺言を残されました。

氏の願いであり遺言である、いつの日か高い志のある会が登場するのを待つことにしましょう。それが寺崎氏率いる日本らんちゅう愛好会のように、多くの愛好家が集う仁松翁の教えを実践する会にならんことを願って。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月 3日 (火)

『らんちうのすべて』を読む~テキストとして~ 第一回

『らんちうのすべて』マリン企画を下敷きにしていると公言しているにも関わらず、その内容を精読できていない方が続出しているようなので、この際、本書を教科書として“読み合わせ”をしてみます。オフシーズンの勉強会です。

『らんちうのすべて』を理解できているなら、「先輩から聞いたことと一緒で真新しさを感じない。」だとか「獅子頭云々よりも泳ぎとバランスが命。」とは言えないと思うんですけど。(^^;)

らんちゅうの本質を理解しようとしないで、狭い範囲で安住する孫悟空になってはいけないと思うんです。らんちゅうの遊び方は色々あるんです。品評会一辺倒の画一的な遊びでらんちゅうを浅くて狭いものと捉えるのはいかがなものかと思います。

キーワードは・・・

仏の掌(たなごころ)から出でよ!  

さて、まず本書の内容はどうなっているか。

目次を見ていきましょう。

はじめに

らんちうの体形・形質の特徴を理解しよう★

形質の固定と維持、改良について★

胴の形質による分類★

基本的な頭の分類★

代表的な色柄・模様

各部の解説

参考魚で形質を検証

らんちう飼育の基本

付属設備・器具について

楽しみ方とスタイル★

らんちうの入手

導入にあたって

いざ導入

餌について考える

成魚の餌

四季の管理

いざ、品評会へ

第49回 全国らんちう品評大会

選別の考え方★

冬越しから目覚め(床直し)

繁殖について★

産卵の環境づくり

稚魚の育成・管理

病気の予防と対策

らんちう用語解説

お役立ちホームページ

愛好会一覧

あとがき

★印は特に読み込んで欲しい部分です。この部分には、私たちが常識だと思っていたことが間違いであることが書かれています。らんちゅうの本質を真っ向から論じた初めての好著なのを理解してほしいです。

有名愛好家やベテラン愛好家(協会系も宇野系も関係なく)が教えて来なかったことです。ここの部分を読んで何も感じないとしたら、私はその方の感受性を疑ってしまいます。

大半の既存のらんちゅう飼育の経験のある人たちは、ここを読み飛ばしているので、この『らんちうのすべて』の凄さが分からないのではないでしょうか。

次回より少しづつ解説していくことにします。特に★印の項目を予習しておいてください。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »