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2013年5月

2013年5月31日 (金)

尾のいいや~つ

時々こんな陰口が聞こえてきます。

「ふんぺいの池には尾がいいやつがおらへん。」

今は会向けの個体は、早い時点で欲しい人にあげてしまうので居ないんです。

「うそつけー!」

「ヘンテコリンな尾が付いてないもんばっかり残してどうすんねん。」って。

だから~、そのような個体は残してないんだってば!

でもね、そうは言ってもみんな納得してもらえないので、たまに見せる用にこんなのも残しておきます。

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とか

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ま、そうは言ってもあげつらえばこのような個体でもキズはあるんですね。

尾が曲がった親からでも、このような尾が張った個体は出てきます。ということは、それ以外の部分のレベルアップをしておけば、会で遊ぶ個体も残るってことなんだと思うんです。

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因みに、素赤の親からでも綺麗なプラチナ鱗の個体も宇野系なら出てきます。

要は、出てきたものをどう残すかってことなんだと思うんですよね。

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2013年5月25日 (土)

大潮と産卵の関係

折しも本日は大潮。

うちの産卵はというと・・・。

二腹産卵しました。大潮の時ってスルッと産卵するんですよね。全然セットしていない浜錦も競ってます。

愛好家の一部の間では、大潮の時に産卵しやすいと昔から言われていました。そう意識すると確かにそうだと実感することができますよ。

月齢の満月と新月が大潮。月の潮汐作用によって大潮も月に二回来ます。それが産卵のチャンスと言われているんです。

大潮とは月の引力が強い時で、その力で海水が引っ張られて潮位が上がる時にあたるわけです。私たちは引力の作用で体に違いを感じることはありませんが。

なのに、統計的に大潮の時に交通事故が多いとか、人間でも出産数が多いとか聞くことがありますね。

古来、満月を見ると狼男は狼に変身するんですよね。このようなことが言われるのには何か根拠があったのかもしれません。

生物は大部分が水分です。引力によって血液中のイオン濃度が変化して産卵を促すとか。それがキッカケでホルモンバランスが変化して産卵が促されるのかもしれません。

金魚にはいろいろな習性がありますよね。それは太古の昔からDNAに刷り込まれたものなんでしょう。

雨の次の日は産卵しやすいとか(水かさが増えたほうが産卵場所が確保される?)。水質の変化を察知して産卵行動につながるとか。

今までうんともすんとも言わなかったのが、水草を入れるとすぐさま産卵のスイッチが雌雄とも入って産卵が始まるとか。

潮汐力ってすごいですよね。湖ですら水位の変化が微弱ながらあると聞いたこともあります。

大潮のお蔭か朝起きて産卵していると、小躍りしたくなりますよね。この時期、ホントわくわくします。

満月を見ると我々愛好家も魚と一緒でいつになく興奮することになるんですね、これが。

産卵は苦労のはじまり。大変ですが頑張りましょう!

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2013年5月23日 (木)

エンゼル色揚げ

ペットショップで前々から見ていたエサなんですけど。

私がこの趣味を始めた頃からこのエサ、存在していた記憶があります。

一回も使ったこともなく、いつもスルーしていたんですけど。

よくよく見ると。

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この袋、らんちゅうの画像があるんですよね。しかももっと注意深く見てみると、異彩を放っている理由が、どうやらその肉瘤にあることが分かるんです。

そこでそのらんちゅうの画像を拡大すると。

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あら?普通じゃないですよね、これって。

はち切れんばかりの肉瘤ですぞ!気になってたのはそういうことなんですね。

さて、ここで因みに。

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こちらランチュウのエサの定番、ランチュウベビーゴールド。

実はこのランチュウ、宇野系の大御所寺崎氏の魚なんです。おやおやでも魚筋が違うんじゃ?って見る人が見れば分かるんですよね。

寺崎氏?更紗だけどどうも肉瘤が・・・。お目が高い!

この魚、寺崎氏が日本らんちゅう協会に所属していたころの大関魚だそうで。

ということは、何年前の魚!!?ってことです。寺崎氏がまだ宇野系ではなかった頃の魚なんです。

さあ、そうなってくると話しがややこしい。

エンゼル色揚げとランチュウベビーゴールド、比較すると面白いですね。

エンゼル色揚げの魚は、宇野系?

ランチュウベビーゴールドは更紗だけど協会系?

そんなふうに対比できますよね。

そうやって見てくるとエンゼル色揚げの魚はどうしても尋常ではないことが分かると思うのです。

2尾とも恐らく兄弟魚なんでしょうね。どこから持ってきたんでしょうね、この写真。

気になるところですが、謎ですね。

ま、どなたか知ってたら教えてください。

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2013年5月22日 (水)

ゲテモノとカワイイの境界

こんなんどうですか?

端整な顔立ちなら“気持ち悪い”とはならないのでは?

むしろカワイイ。

ゲテモノとの境界線はあなたの感性。

フンタンだけでは肉瘤のボリューム感は出ませんよね。

造形美は立体的でないとダメだと思うんです。

蛇や昆虫をイメージするものは“気持ち悪い”になっちゃうんですよね。

そこからどれだけ離れるか?

哺乳類に近い造形に近づけることが大切かと。

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ちょい後ろから見ると

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伏し目がちに見えてこの角度、なんか可愛らしいですよね。

肉瘤ってこうあるべきでは?

あくまでスタンダードの獅子頭です、これが。

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2013年5月20日 (月)

瓜二つ

先日ご紹介した全日本らんちゅう愛好会第24回大会入賞楯ですが、この個体が想像の産物ではない証拠は・・・・というと。

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下の個体と顔を見比べてください。

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瓜二つですよね。らんちゅうとして存在していないわけではないのです。

そして消滅しているわけでもないのです。

らんちゅうは、先人によって顔が最も大事であると認識されていたのですが、いつしか忘れられてしまった。このような個体は、慎重に遺伝形質を残す作業を怠ると、消えてしまうものだからです。

顔が無くなったらんちゅうは、なぜ無くなったか当の愛好家は分からない。肉瘤はエサで作るものだと思い込んでいたら、二度とこのようならんちゅうは、その愛好家の池には出現しなくなるのだと思うのです。

普通の市販の安いエサで、このらんちゅうの肉瘤は出来上がっています。何も変わったことはしていません。そしてただただ健康に飼育することだけを追究していただけです。

3_2上から見るとこんな感じ

肉瘤増強のエサは、この個体には必要ありません。エサにこだわるナンセンスが分かってもらえるのではないでしょうか。

アカムシを与えたから肉瘤が発達したと考えるより、アカムシを与えて水が長持ちすることによって健康に魚が飼えたからその個体が本来持っている能力が発揮されただけ。それも程度の問題なので、幾分かマシに見えるだけ。そう考えたほうが理に適っています。

遺伝的形質が内包されていなかったら、上記の個体のようにはならないのです。そのことに気が付かないと、肉瘤はどんどん劣化していくのだと思うのです。

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この時期の管理

この時期、無暗に発情して競り合うと肝心な時に仕事してくれないので、大事な池はこのようにしています。(ザルで雌雄分離)

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基本、一池一腹で管理していますので性別で集めるようなことはしません。池の中で分離しているんです。プラスチックのザルに入っているのがメス。メス池を作るともう何がなんだか分からなくなって系統の管理は格段に難しくなりますよね。

こうすればオスだけ発情を促したかったら別々にエサをやるのも可能です。

ただ気を付けないといけないのは、ザルの目がコケで詰まって水が循環しなくなることです。そうなったら小さい水槽で沢山魚を飼っているようなもので、酸欠で魚を殺すことになります。事実、以前油断して大事なメスを殺したことがあるんです。

養魚場で“カンコ”でしたっけ?それと同じ要領ですね。

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2013年5月18日 (土)

本格始動

やあ、やっと気温が安定してきましたな。

仔引きはこれからが本番。

今年は低温で発情が遅いので皆さん苦労されているとか。暖かい地方では早くから採卵されているので、産んだ話しを聞くと変に焦って失敗するんですよね。

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基本は一対一。

どの部分が遺伝して、どの部分が劣性になって隠れるか。これを見極めるのに優に四年を要するんです。早いうちからせっせとハネていれば、そんなことは分かりません。

みなさん我慢できないから手っ取り早い当歳で遊んでいるだけ。気に入った親同志で掛け合わせても雑種第一代はハネるものなんて分からないはず。それを無理やり尾が開いている個体だけを抜いてもナンセンスだと思うんです。

出来る限り数を飼って素質を見抜く訓練が必要だと思うのですが・・・。

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2013年5月16日 (木)

入賞楯を見て思う

井上氏のお葬式の時、飾ってあった楯を見て「!?」。

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全日本らんちゅう愛好会の入賞楯ですね。

第24回大会とか。

ということは2003年?かな。たった10年前。

このらんちゅう・・・・獅子頭のトキンタイプですやん。見事な肉瘤!

はて?当時こんなタイプの魚っていたっけ?どこの品評会でも見た記憶ないんです。

おそらくこのらんちゅうの型は古いものなんでしょう。それを使用して楯を作成していた。

この楯の個体はすごいですよ。これだけメリハリの効いた肉瘤の魚なんて、当時見た覚えはないですけど。

何を見てサンプルにしたんでしょう?思うに、これを作成された御仁は、らんちゅうの何たるかをよ~くご存じだったんでしょうね。想像の産物なんて言わないでくださいよ!

このような魚が、ある時点で存在していたのでしょう。だからこそ、それを理想の型とした。

ところが、その後このタイプのらんちゅうは居なくなった。

そうしてもうこのような個体すら忘却の彼方になってしまったのか。かろうじて楯としてその記憶だけ残ったのか。

何故でしょう?これが理想形のはずが・・・・。

多分宇野先生ご存命の時に作成されたんでしょうな、この楯の型。もうこんな魚、どこにも見られなくなってしまった。だから入賞楯のほうも変更することにした。そして平凡な頭(カシラ)の魚の楯になっていった。誰も頭のことは気にも留めなくなった。

この楯を見りゃ、私がトキン、トキンと言っているのもあながちウソではないでしょ?

この楯のらんちゅうが理想だとしたら、今のらんちゅうはらんちゅうではない、、、ということになるんでしょうか。

トキンの出るらんちゅう自体が居なくなってしまったんです。昔のこと知っている人は少なくなっているんで、今のらんちゅうのように、そこそこ肉瘤が出ていることで満足する以外仕方ないんですよね。皆さん実物を知らないんですから。

つまり!らんちゅうは進化なんかしてないんです!!そして改良が進捗しているわけではないのです。

むしろ退化(この言葉使いたくないけど)してるんです。そして鮒に戻っているんです。

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2013年5月15日 (水)

【訃報】琵琶湖金鱗会 副会長 井上晴男氏死去

5月10日昼過ぎ。

琵琶湖金鱗会 副会長井上晴男氏(68)が死去。

滋賀県内の名神高速下り線で、軽トラの積荷確認のため路側帯に止めて車外に出ていたところ、後ろから来たトラックにはねられお亡くなりになりました。

琵琶湖金鱗会の中心的存在の方であっただけに非常に悔やまれます。会長以下会員諸氏は信じられないという感じで茫然自失の状態です。

「春さん」とみんなから呼ばれ親しまれてきた人だけに、尚更悔やまれてなりません。

私も始めたばかりの時、ハネを頂き親まで育てて、天王寺の日本らんちゅう愛好会で入賞したのを覚えています。「そんな良いのが居たか。」と飄々と答えてられたのを覚えています。

突然の訃報にも関わらず、お葬式には沢山の方がお参りに来られ、生前の氏のお人柄が偲ばれました。

油絵、陶芸、そしてらんちゅうと多趣味な氏の面影を偲ぶため画像の遺品が飾られていました。

20130513_115351_2きっとお気に入りだったのでしょうね。

20130513_115401多趣味だったのですね。

琵琶湖金鱗会の重鎮がこんな形でお亡くなりになるとは・・・・。

謹んでご冥福をお祈りします。


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2013年5月 9日 (木)

京都金鱗会優等魚のこと

昭和56年(1981年)はある意味、エポックメーキングな年だったのかもしれません。

故井上外喜夫氏が、京都金鱗会において賞を独占された年。

会報を見ると、見事に白い魚ばかりの年だったのです。

先日、『きんととの夢』 のきんとと氏が、大変貴重な当時のカラー写真を、サイトにアップされました。今では会報に掲載された下の一枚の写真でしか、当時を窺い知ることができないのですが、別角度でしかもカラー。
その希少な資料に触発されて、今記事を書いています。どうぞきんとと氏のブログをご覧になってください。※私もコメントを寄稿しておりますので合わせてご覧になってみてください。

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京都金鱗会の会報の優等魚画像は、横見が通例になっていました。私たちからしたら何故上見ではないのか?疑問に思う方もいるかと思います。古い日本らんちゅう協会の資料を見ると、同様に横見が多いのですが、何か意味があるのかと思うでしょう。

実は、上見は会場で愛好家の皆さんは、見て覚えている。しかしその優等魚は、手に取って横にして見るわけにはいかない。だから会報には普段見ることのできない横見を掲載するのが通例となったようです。と同時に、背なりと背の高さを意識してもらうために、という説もあるようです。

さてこの画像から上見を想像できますか?その逆は簡単なんですが・・・・。私たちにとっては、その当時の別角度の画像が見たいと思うのは、かなわぬ夢であったわけです。この一枚で何もかも類推することの無謀さ。

それが今回新しい発見によって、沢山分かったことがあるのです。小躍りせずにはいられないわけです。

この画像、実はやや斜め下から見上げるように撮影されています。当然頭部の詳細は体に隠れて不明ですし、背も割と高めに見えます。尾付けの欠点も隠されています。この画像では見落としがちな尾張りはどうだったかも、きんとと氏の画像では良く分かるんです。図らずも私たちは、意図しないものがデフォルメされて、当時を誤って認識してしまっているように思えます。

人は少しずつ変化することには無自覚で苦手です。いつの間にやら、全く違うものになっていても、気が付くことが出来ません。絶えず基本になる物差しと参照しなければならないのです。(アハ!ムービーを体験すれば一目瞭然です。)

いわば“らんちゅうの原器”をしっかりと持たないと、根なし草のように、流行に振り回されてしまうだけなんです。それではあまりにも趣味とはいえ、心もとない。

「今年は更紗が人気だ。」とか「私は龍頭が好きだ。」では、らんちゅうはどこへ行くのでしょう?30年前も今も、基本は変わってないと私は思っています。魚はその基本に沿って理想の型に、改良されつつあるのだと思っています。と言いますか、本来のらんちゅうを知らないで改良などはできないのだと思うのです。

先輩の航跡(功績)を振り返って精査してはじめて、らんちゅうの未来は切り開かれるのだと確信しています。

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2013年5月 7日 (火)

らんちゅうの絵

うちのらんちゅうを分けてあげたお爺ちゃんがらんちゅうを見せてくださいました。

写真かと思ったら、お孫さんが書いた油絵の写真でした。

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高校生で美術部とか。

しっかり描けてますねえ~。間違いなく宇野系であるのが分かる作品です。飼いこんでいるのもうかがえますよね。

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2013年5月 4日 (土)

頭と背なりの変遷

魚は成長するに従ってどのように変わるか?

または変わらないのか?

事故もなく殺さずに親になるところまで見届けてはじめてブリーダーと言えるのだと思います。諸兄はいかがですかな?

そして系統を重視している以上、子が親に似てこないのなら種親とは言えないことになります。無暗矢鱈と仔引きするのはナンセンスなんです。

良い親が居たからと言ってすぐ導入するのは愚の骨頂。一代雑種を延々と作っているだけであって、毎年の仔引きはパンドラの箱を開けるようなもの。なおかつ尾だけで選別を繰り返せば、肉瘤の遺伝などは望めないのも当たり前の話しです。

以前にご紹介した三歳の個体の画像をご覧ください。上見と横見を比較できるように提示しました。背の巾と背だしの低さがよく分かる画像になっています。上見で背の高さがイメージできるように訓練を是非してください。

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さて、その個体が六歳になるとどうなるか?それが下の画像です。

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背なりはあまり変化ありません。色は年相応の鈍い輝きになっています。

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それを上から見るとこんな感じに見えるんですね。背が抑えた感じには変化ありません。ということは、背や胴の形質は三歳で判断できるといえるでしょう。

もう一つのポイントは頭部肉瘤です。この個体は健康に飼育しましたので肉瘤が親になってもこの程度であるのなら、この個体を使用して仔引きすると、肉瘤が消失する可能性が大きくなると言えます。このような顔が崩れている親で仔を取るのは一種の賭けです。

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この角度から見ると、さほど背巾が無いのが分かりますよね。かろうじて二段背になっていないです。背が低いことは間違いありません。ならば上見で太く見えるのはなぜか??

腹の巾で太く見せている魚なのだということです。それが腹巾です。

ですので決して骨格から太い魚ではなく、エサで太らせて、横巾を出して太く見せているということが分かってもらえると思います。

大半の魚がテクニカルな胴作りです。そのような個体は、種親として不適格なので、それをしっかりと自覚していないと、魚はもっともっと“下る”ことになるんだと思うのです。

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2013年5月 2日 (木)

味覚と魚の“味”を考察する~『コクと旨味の秘密』読書ノート~

何度か食べもしないのに“味のある魚=味魚”という表現について考察してきました。

古くから「味」という言葉を、わざわざ使用して、魚に対して抽象化する必要性に、疑問を抱いていたのですが、これをもっと噛み砕いて説明できないものかと思っていました。今回、一冊の書籍を読み終えて、「味」についてらんちゅうの表現に応用してみようと思います。

『コクと旨味の秘密』 伏木亨著 新潮新書

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この書籍は、科学的に味覚で『コク』が重要な指標であることに注目して、その仕組みを分かりやすく解説したものです。

人間を含めて動物がコクのある食べ物を求めるのは、豊富な栄養素を確保するための本能的な感覚である。(26P)

食品のおいしさを追求してゆくと必ずこの三つの要素に突き当たります。(99P)

生命維持のためのタンパク質、カロリー補給、血糖維持などは、生き物として我々は上手くできているということですね。その三要素とは、ダシの旨味なのです。

本書では、その三つの要素を分かりやすく詳説した上で、コクがさらに三つの重層的な構造から成り立っていると分析しています。

【コクの構造】

第一層のコク:コアーなコク=生命維持のための本能的な味わい
→学習していない新生児でもわかる好ましい味:甘味・脂肪・うま味
 

第二層のコク:コアーなコクを連想、想起させるもの「学習するコク」:風味とか食感 

第三層のコク:物質的な実態の有無にこだわらない比喩・抽象のコク、味わう側の修練を要求するコク

第一層から第三層へと次第に味覚が変わっていくことを、子供の味覚から大人の味覚へと分析し、微かな手がかりや痕跡を通じて、余分なものが削ぎ落とされたものの中にコクの純粋な形が感じられるとしています。

極限まで要素を削り取って味わいの中に精神性を重視したコク:実体にこだわらない精神性

それこそが究極のコクだとしているんです。

筆者は、同様の構造を他分野である絵画にも見ています。

多くの有名な画家は若い時代の写実的な画風から、最後にはどうにも実態が捉えにくい抽象的な世界に行き着きます。その中にこそ求めている本質があるのだという、画家や鑑賞家たちの心の目には、まさに、上品なコクを楽しむ美食家のそれと同じなのではないでしょうか。(144P)

同感です。良く理解できます。まさにその通りだと思います。物事を突き詰めていくとどうなるか?を具体的に説明してくださっていると思うのです。

同様に、我々らんちゅう愛好家のらんちゅうに対する審美性も同じ構造なのではないかと私は思いました。

らんちゅうの美しさの構造をコクの構造に当てはめると。

第一層:本能的に分かる美しさ=「可愛らしさ」や「色がきれい」など。

第二層:学習して分かる美しさ=経験によって見出される美。尾味など。

第三層:修練が必要な美しさ=全体的に醸し出される美や品格。らんちゅうの本質が何かということを探究する精神性。

私たち愛好家は知らず知らずのうちに、このような「味覚」に例えて「魚の美を味わう」ということとして表現していたわけです。

私たちが、「味魚」と表現しても、個人によってレベルが違っていたりして混乱するのは、この構造を理解していないからだったのではないでしょうか。

ある時期、宇野先生が「女子供のほうが美しさを知っている。」と仰ったのは、愛好家が第二層の美しさを、さもらんちゅうの美しさを知ったような気でいることへの戒めとしてと解釈できると思うのです。

宇野先生は、造形作家であったのですから、第三層の美というものを熟知されていて、愛好家が第二層の美というものに安住することへの警句としての発言と受け止めれば良いと思うわけです。その行動が日本らんちゅう協会脱退と見ると納得がいきますね。

我々愛好家が遊ぶ境地とは、まさに第三層にあると言えるのではないでしょうか。宇野先生は当然、第三層に居られたわけですから、私たちはそこに踏み出さない限り魚が『見えてこない』のだと思うのです。

コクを楽しむ感覚もこれまでの食体験から生まれた記憶に照らし合わせて行われています。食体験を積んだ大人が複雑な構造のコクを愛でるのは当然です。(153P)

「コクを愛でる」=「味魚を愛でる」と解釈できます。高いレベルでの数多くの鑑賞体験によってのみ、味魚を知ることが出来ると言えるでしょう。

作る側と味わう側が満足できる意識の共有があって成り立つ文化です。このような意識を共有できるとき、人間は大きな喜びを感じる(160P)

同様のことが、らんちゅう愛好にも言えるのではないでしょうか。宇野先生が晩年、第三層の美を語りだして、多くの一般愛好家が付いていけなくなっていたのではないかと推測しています。

その第三層の美とは何か?

それをこのブログで探究していると言っても良いのではないでしょうか。

宇野先生の晩年、小指ほどの当歳が数限りなく池に居たと聞きます。年齢のためと言われることが多いのですが、そうではないのです。

それを頂いた愛好家たちは、体が曲がっていたり尾が出鱈目であったため、ハネ魚を貰ったと勘違いしたそうです。聞くと、その魚たちがのちの宇野系の礎になったと言います。

なんのことはない、宇野先生から種魚をいただいたのに気が付かなかっただけなんですね。色彩やシンメトリーやキズが無いことは分かりやすいんです。それを超越したところに“らんちゅうの本質”があることに気が付いた人は、私の知る限り、当時三人ほどしか居ないと思います。

先日、ふとテレビを見ていると、『日本料理を世界遺産に』というテーマで活動する京都の料亭の主人や有志の会合が報道されていました。そこに本著者、伏木氏が映っていました。伏木氏の語り口に何か親近感を感じたのは、同じ関西人であるからと、共通の文化基盤からの発想だからなのかなと思うのでした。

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2013年5月 1日 (水)

NAVERまとめは著作権侵害がひどい

“NAVERまとめ”って知ってますか?

なんかネットに分散する情報を、自分の興味に合わせてテキトーにまとめて投稿して公開するサイトだとか。だから主観が入って情報としてはバイアスが掛かった、やっぱり役に立たない情報の羅列となってしまうように感じます。

こんな時短サイトって本当に有益なんだろうか?

ネットの記事を引用するに際して引用元を記載するというルールがあるんだけど、私には、その引用の拡大解釈が目に余るように思うんです。

普通、無断で画像を貼ることは著作権法では禁じられているはず。

書籍などの文章を引用するのには、厳格なルールがあります。ネットでもルールというか暗黙の了解があるものと思いますが、良識の範囲という都合のよい言葉も存在するには存在しますが、ことのほか曖昧です。ネットは新しいメディアなので、法解釈もまだまだ定まっていませんが、あまりにも酷い場合は申し入れは必要かと。

NAVERまとめが我慢ならないのは、情報をまとめた投稿人に、アクセスに応じてインセンティブ(代金)が報酬として提供されることです。内容はともかく、それって人の褌で相撲を取っているようなものだと思いませんか? ですから、ここではどんな記事を私が問題にしているかは、その記事に誘導するようなものなんでURLは書きません。

ヒントは『肉瘤』についてです。こんなに借用するんなら一言あってもしかるべきでしょう。

NAVERの規約には、問題の投稿人には著作権者に借用の許諾を受けることを促し、仮に著作権者から訴えがあれば投稿人に削除することを通告する、となっているようです。

「文句言われたら消したら良い。」ってスタンスですね。これって公の企業の態度だと思えます?もうほとんど倫理観欠如してますね。日本の会社ではないのでしょう。

著作権侵害は、基本的に著作者による申告罪なんですね。要するに「これは酷い!」と著作者が自ら発見して判断して訴えることによって初めて争われる法律。

ですから、もし意に沿わない無断借用を発見したら、申告して即座に停止する権利を著作者は持っているということです。

借用元の意図とあまりにもかけ離れていたりする場合は、本当に何とかしてほしいです。都合のよいように解釈して、さらに、さも分かったふうに浅い知識で解説していたりします。即刻やめてほしい、本当に。

うちのサイトは全体を読んで初めて理解できるようになっているのに、おかずのように摘まんでも意味がないのに・・・。

画像をまるまるサイトからコピペして貼っているのはあまりにも見苦しいし、以前もあるサイトで酷かったのでクレームを出したことがあります。サイトの画像に借用されないように、全て透かしで『ふんぺい』って入れるぞ!って話ですよね。

ま、そこまで厳密には言わないとしてもやっぱり節度ってものを持ってやってほしいです。

一言ありゃアドバイスぐらいするにやぶさかではないし、そのほうが本人にも勉強になって有益だと思うんですけどね。

残念なお方が沢山いらっしゃいます。それを助長するような企業もいずれ淘汰されないといけませんわな。

いずれにしても私なりにアクションを起こすことになるんだろうなあ。めんどくせー。

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