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2013年3月

2013年3月30日 (土)

らんちゅう愛好家は男ばかり~男の根性らんちゅう~

ご存知のように、らんちゅう愛好家はほとんどが男性です。

なぜか?先日ネットにヒントになるような説明があったので引用しながら脳科学的に説明してみます。

その前に、金魚全体を見てもやっぱり愛好家は男性がほとんどですね。女性がいないわけではないのですが、どうも様子が違います。男性と比較すると、女性の金魚に接するスタンスが違うようです。

ネットなどで金魚好きの女性のサイトは、一様に金魚に対する距離感が近く、“可愛らしさ”や金魚を“擬人的”に扱っていることが多く見受けられます。金魚に名前を付けている女性が多いので分かりますね。全員がそうだとは言いませんが、そのような傾向があるようです。

かたや男性のサイトは、ふんぺいのサイトもそうですが、客観的で、ある意味醒めている、あくまでモノとして扱うことが多く、より探究的であることが多いように思われます。

Photo
国立科学博物館「金魚系統図中のらんちゅう模型」※本文とは関係ありません

サイトを見ていて性別が何となく分かるのはそういうことなんだと思うのです。なぜ性差がそのように存在するのか?ただ環境によって性差が発生しているのでしょうか。いえ、そうではないんですね。

やはりもって産まれたもの、つまり男性と女性と見た目が違うように、脳の仕組みも違うようなんですね。

女の子が総じて人形遊びが好きで、男の子が虫取りや物を集めるのが好きだったり。これは親がそのように仕向けているのではなく、そのような性向を本来持っているということなんですね。そうなってくるとジェンダーフリーは成立しないことになりはしませんか?

さて、らんちゅう愛好家を見ても女性はほんの一握りです。なぜか?結論から言えば、らんちゅう趣味は、男性の趣味の要素が明らかに多いということなんでしょう。

男性がらんちゅうを見定める視線は、女性に向ける視線とよく似ています。品定めと言っても良いのではないでしょうか。

私は男性がらんちゅうに熱を上げるのは、ある意味、恋愛の代替行為ではないかと思っています。そう考えると腑に落ちることが沢山あるのに気が付きます。これが決定的に女性のらんちゅうに対するスタンスと違っているポイントなんだと思うんです。

さてさて、男性脳と女性脳の違いを、脳科学的に解説したネットの文章をここで引用します。(元々のURLが削除されて見れなくなっているので、ここでは引用とだけ言っておきます。)

「恋愛をするとき、男性の場合は脳の島皮質(とうひしつ)と呼ばれる部分の、特に視覚にかかわる場所が活発に活動しています。」

らんちゅう趣味の本質は、ただただ目を楽しませる「観賞魚」ですよね。ほら、男性が視覚優位で女性を品定めするのと酷似していませんか。同様に我々男性がらんちゅうを眺めている時、脳の島皮質の視覚にかかわる部位が活発に活動しているに違いありません。

「なぜ男性が視覚に関する領域を活発化させているのかというと、健康で優秀な赤ちゃんを産める女性を見極めるためだと考えられています。」

元々は、女性を見極めるために使用された視覚が、次第に当初の目的とは違うことに流用されるようになったんですね。それがいつしか暴走してしまった・・・・。

「現代生きている私たちは、“健康で優秀な赤ちゃんを産める女性”と、“その女性を選んだ男性”の子孫」

まさに視覚優位な、女性を見た目で見極める能力に長けた男性の末裔が我々現代男性なのでしょう。

「男性が女性を見た目で選んでしまうのは、何億年もかけて脳に組み込まれたどうしようもないシステム」

何億年もかけてそれは遺伝子として定着しているのです。その性向はおいそれとは変えられないのだと思います。

「男性のパートナー選びで見ているポイントは 

(1)ウエスト/ヒップの比(お尻が大きくウエストがくびれている) 

(2)目の潤み・輝き、肌・髪のつや(涙や皮脂などの分泌が盛んということで、若さの指標となる)」

あれ?これってらんちゅうの見方と酷似していませんか?肉瘤の大きさやメリハリ。体のボリューム感、鱗の輝き、健康的な色や艶。そんなところを評価の対象にしていますよね。このように見てくると、男性はらんちゅうを女性に見立てているように感じませんか?

以前、『肉瘤考』でらんちゅうとエロチシズムについて論述したことがあります。ここにおいてそのつながりが、何となくその主張が根源的なものであることが、理解できるのではないでしょうか。

「食べる」ことは、生きるために絶対不可欠なことですよね。その次元を超越したところに美食があるんですよね。今や「美味しさ」という、生存とは無関係な次元で人は生きているのです。

象徴的なものとして、例えばSEXも、いまや生殖行動とは別次元で営まれているんですよね。

同様に、見た目だけを重視した“遊び”としてのらんちゅう鑑賞は、もはや当初の視覚の機能すらをも超越した世界にあるにも関わらず、実は何億年も前からのシステム(脳の仕組み)に束縛されているというパラドックス。これが結論なんです。これをらんちゅう趣味における“メタ鑑賞(鑑賞を超越していること)”と名付けることにしましょう。

このようにして、ここに表出している、らんちゅうが男の趣味という意味も、あまりにも脳科学的に根源的であることが分かっていただけたのではないかと思います。

もう一つ重要な視点があるんです。それは、ならば全く生存するためには不必要に見える“遊ぶ・戯れ=趣味”という行為は、人間にとってどういう意味をなすのか?という問いです。

「人はパンのみに生きるに非ず(人は物質的満足だけに生きるのではない)」聖書の有名な文言ですよね。

つまり裏を返せば、人間にとって生きる上では、精神的な満足感が必要であり、それが我々を人間足らしめているということです。衣食住が足りた上で、初めて我々は生きる喜びを感じることができ、精神的な満足を得ることによって、生きる糧を享受することができるということですね。その中には趣味を楽しむこと、スポーツを楽しむことがあるということなんです。

人はホモ・ルーデンス(遊ぶ人)であると規定したのはホイジンガでした。俄然この説は趣味ということを考えると納得できるのではないでしょうか。

長々と書いてきましたが、整理すると、

1.らんちゅうは男の趣味?なぜ女性が極端に少ないのか。

2.男性脳と女性脳の違いから、らんちゅう趣味は恋愛の代替物と規定できるのでは。

3.男は元来、女性を視覚で見極める。(=男性脳)

4.男性にとって女性を見る目はらんちゅうを見る目と一緒。

5.だかららんちゅう趣味は主に男性が熱狂する要素を多く含んでいる。

5.視覚優位の男性脳はらんちゅうをメタ鑑賞している。

人間らしい生き方の意味の一つが『趣味』であると結論付けるとすれば、男性・女性という性差が、趣味にも依然表出しているという事実を認識していても損はないのでは、と思うのです。

以上のようなことを無意識であるより、自覚的であることのほうが、全く見える世界が違うのです。少しは参考になったでしょうか。

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2013年3月16日 (土)

らんちゅう(金魚)が流行らない理由

ファストファッション(ユニクロを筆頭にH&M等々)が流行る今日。

着るものに興味が無くなって「ま、こんなもんでいいや」的な発想で済ましてしまうようになってどれぐらい経つのでしょう?バブルが弾けてデフレの世の中になって早や20年。

バブルを実感として知らない世代が30代以下なんですよね。質素倹約が当たり前の世代が30代以下の世代なのだと思うのです。自動車免許を持たない若者が増加しているそうです。彼らは消費することの喜びや浪費を知らない世代と言っても良いかもしれません。

言い換えると、欲望というものがいくらでも膨張するものであることを、実感として知らない世代なのかもしれません。

年収400万円時代とか、労働者の3分の一が非正規雇用となっている時代。

趣味なんかにお金を浪費する時代ではいつの間にか無くなっているのです。小さくまとまることが是とされる時代。縮小均衡。

こんな世の中なら、『らんちゅう』なんぞに興味を示す若者なんていませんよね。場所は取るは金は掛かるわ。誰が好き好んでそんな苦役のような趣味に手を出します?ネットで育成ゲームをやっているほうがマシと考えても何ら不思議はないですよね。ユニクロなどファストファッションに通じる考え方でしょ?

そういう意味において、40代以上と下の世代には、明らかな文化的なジェネレーションギャップが存在しているのです。

多様な趣味を担っている年齢を調べてみてください。60代以上であることに愕然とします。そして年齢構成は40代を境に激減しているはずです。下の世代に行くほど極端に少なくなっている逆ピラミッド型になっているはずです。

それは伝統芸能や農業などの衰退している産業も同じ年齢構成になっていると思います。若者はどこへいったのか?

昨日のテレビで囲碁の報道があったのですが、この世界も中国・韓国に押されているそうです。囲碁人口が減って層が薄くなっているのが原因だとか。囲碁に興味を持つ若者はどこへ行ったのか?

少子高齢化社会が原因でしょうか?相対的に若者の人口が減っているのは事実ですが、あまりにも各方面の若い担い手が激減していると思いませんか?

おそらく教育が大きな要因なのだと思うのですが、明らかに経済的理由で趣味の多様性を知らずに生活を送ってきた世代が増加しているに違いないのです。

今更彼らに「らんちゅうを好きになってください」なんて言えませんし、きっと興味を示さないでしょう。お金のかからないネットから、不法にアップロードされた漫画や動画を、ただで堪能するのが当たり前の時代。誰もが創作者に正当な代価を払わなくなった心寂しい時代。それが現代の一面なのではないでしょうか。

前々から言っているように、こんな面白い趣味があっても知る必要はないし、たとえ知っても興味として長続きしない世代が確実に増えていることに、我々は危機感を感じずにはいられないのです。

いずれ廃れてしまうのではないか。日本人の営々と築いてきた文化的な厚みは無くなってしまうのではないかという不安。

この不安は、やっと政権が代わって良い方向に動いていくような予感がしていますが、果たして、またぞろA新聞などの偏向報道が増えれば、気まぐれな国民は騙されるとも限りません。反なんたら運動の多くは、日本のことを「この国は」という枕詞で、当事者意識を放棄している輩なのですから。

決して30代以下の方を卑下したり非難したりしているわけではないんです。ただ生きている時代が悪かっただけ。不可抗力なのか?そう言ったら元も子もないか・・・・。つまりオジサンからの提言はただ一つ、自分の国の歴史や文化に少しでも興味を持ってみてってことです。そこから始めましょうということ。サッカー日本代表を熱狂的に応援するのと同様に。

これ以上、日本の文化や歴史に誇りが持てない根なし草の若者を増産しないで欲しい。そして少しでも後継者と呼べる若者たちで、それぞれの分野が活気づくことが、「日本を取り戻す」ことなのだと思うのです。

20130313_091756国立科学博物館 金魚系統図

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