« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »

2013年1月

2013年1月31日 (木)

京の冬の旅~知恩院三門~

オフシーズンは、頭の中にらんちゅうを飼って泳がせています。

ま、絶えずらんちゅうのことを考えているという意味ですが、中にはシーズン中もリアルならんちゅうを飼わないで、頭の中で飼いっぱなしの人が居て、それはそれで厄介です。(^_^;)

そんならんちゅうを、“バーチャル(仮想)らんちゅう”と名付けよう!意味ないけど。(笑)

さて、いたって暇なんで、また今年も“京の冬の旅”の非公開寺院を見学に行って参りました。大津から京都は山越えてすぐなんです。

日本の美は、『侘び・寂び』など枯淡をイメージする潮流がメインである印象を受けがちです。実は平安時代以降、違う潮流があることを知って、その伏流水の如く綿々と続く流れに、ふんぺいは興味を持っています。

そのキッカケは、平等院の創建当初の塗装色です。今現在は朱塗りの単一色のように見えますが、当時は極楽浄土を表わす極彩色に彩られていたと研究で判っているんですね。

我々が現在見ているものと、当時の人達は違う眼差しで平等院を見ていた。自ずと当時の人達と、私たちの心象も考え方も違うということなんだと思うのです。我々の思い込みとイメージで、当時を類推することの危うさに、身もだえしてしまうほど衝撃を受けたんですね。

すこぶる評判の悪かった大河ドラマ「平清盛」も、平安時代を意欲的に描いてましたよね。平安時代のステレオタイプ化した私たちのイメージを、見事に打ち砕いてくれて、リアル平安時代が小気味よかったんですが、視聴者が付いてこれなかったんでしょう。どこぞの知事さんは、それを『画面が汚い』とナンセンスな難癖を付けておられましたね。

そんなことは置いといて、話しを戻すと、京都には、その流れを組む壁や天井に描かれている仏画が、ひっそりと残っている。残っているならこの目で見たい。そう思って去年は妙心寺三門を見学しました。

聞くと、京都の建築物は、多くは江戸時代などの近世に再建されたものが多いとか。それでも江戸時代まで延々と、そんな配色のセンスが受け継がれてきた。そこに興味があったんです。平等院から江戸時代まで続く仏画の世界。

今回見学した“知恩院三門”も江戸時代の建築物。

Photo

極楽浄土を再現して施されたと言われる、壁や柱の仏画の色使いは、侘び寂びの対極にあるものと思うのですが、何故このようなセンスが、江戸時代まで生き延びてきたのか?外見からは、中にそんな彩色が施されているとは、誰も想像もできないでしょう。

この色彩感覚は、現代人の感覚からは異質ですが当時は最先端であったはず。

知恩院三門は、横手より急な階段を使って楼上へ登ります。欄干越しに、冬の寒空の下、西の愛宕山まで京都市内が一望できます。ここまで登ると、市内の喧騒が嘘のように、静寂と微かな風の音だけが周りを包みます。

楼上の大きな屋根の下にぶち抜きの部屋があり、内部の壁画の保存の為の遮蔽幕を分け入ると、薄暗い照明だけで、そこには厳かで幻想的な世界が現出していました。目が慣れないうちは、暗闇に得体の知れない妖怪が描かれているような感覚に囚われ、時間が経つに従って、色が目に浮かびあがってきます。 

気分が悪くなるほどの色の横溢。
緑・朱・黄・青という原色で描かれているのは、非日常として描かれたに違いない乱舞する龍、天女、麒麟達。
まさに当時の人達は、極楽とはこのようなものと捉えられていたのでしょうね。

この三門の無彩色の外見と、あまりにもギャップがあるので、見る人はきっと驚かされるのではないでしょうか。何か曼荼羅にも通じる配色は、はじめは居心地が悪いですが、次第に感覚が慣れてくると、その包まれ感はむしろ気持ちが良くなってくるように感じました。

なんで気持ち悪いと表現したくなるかというと、どうも反対色を惜しげもなく使用しているからじゃないかと思うんですね。つまり配色。同系色だと目に優しいのですが、反対色は目がチカチカしたりしますよね。脳を妙に刺激するんでしょうね。だから脳が気持ち悪いのでしょう。

Photo_2 国宝:知恩院三門

京都は冬が一番好きです。人も少ないし、なんか自分と向き合えるような気がします。昔、テレビで“怪奇大作戦”ってありましたよね。実相寺昭雄がメガホンを取った『京都売ります』と『呪いの壺』の二本が、全編京都市内ロケで、今でも印象に残っています。あれも冬の京都が題材でした。確か知恩院の三門も出てたんじゃなかったっけ?

そんなこんなで、考えに耽りつつ三門の階段を降りながらふと振り返ると、楼上の軒下に額が掲げられているのが目に付きました。

Photo_3

華頂山ってどこかで聞いたような・・・・・

そう!観魚会の古い番付の大関にそんな名前があったような。。。

あれは「花頂山」だったっけか。相撲の力士にも居たそうな。この知恩院の「華頂山」とは、知恩院さんの後ろに控える山の名前とか。おそらく「花頂山」も知恩院さんから取ったものとふんぺいは想像しますが!

あらら、やっぱりらんちゅうのことばかり・・・・(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こんなことは論外なんです~“論外”の使用上の注意~

自分は安全な場所から手下に指図するだけ。

弾が当たらないように部下を盾にして射撃しているような卑怯なお方がおられるようで。

初心者の方は、以下の記事を良く読んでくださいね!

何度も言うようですが

【!WARNING!】ここ以外で質問しないで下さい

いらぬトラブルを引き起こす前に、そのサイトを一通り読みこんだ上で質問するのがマナーです。

親切にも、ちゃんとこのブログの使用上の注意を何度も書いてます。

そりゃベテランさんにしてみれば・・・・

初心者A:??ネットにこんなこと書いてある。わかんないし・・・。Bさんこれな~に?

ベテランB氏:ん?どこでそんなこと言ってるの?

(内心、そんなこと知らないし・・・でも初心者の手前そんなこと言えない。)

初心者A:え?知らないんですか?(他意はない、単純に)

ベテランB氏:え?ネットで?(内心、オレの聞いて来たことと違うし・・・・。第一説明もできないし。)

ベテランB氏:(口では)だからネットって嫌いなんだよ!あ~うぜ~。そんなネットなんてオレは認めねえ!そんなのデタラメだよ。(言っていることに根拠はない)

     ※(内心、気にいらないし、なんかあったら足元すくったれ!と思っている。)

みたいなことになるんでしょうね。

そんなことにならないように初心者の方は十分注意してくださいね。

メールで話して良いことと、ネットでコメントすることの区別が付かない方は書き込みする前に良く考えてくださいね。

それでも誹謗中傷と判断出来るものは、容赦なく削除いたしますのでご了解お願いたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月20日 (日)

浜錦の憂鬱

なぜこれほどまでに浜錦についての情報が錯綜して誤解が多いのかを、ふんぺいなりに考察してみました。

【何故浜錦に関してこれほどまでに憶測や推測の情報が流布することになったのか?】

●浜錦の頭部は水泡でできている→間違い

●浜錦と高頭パールの区別がつかない→個体を数多く見ていくと判別可能

浜錦に対する疑問点は、この二つに集約されるのではないでしょうか。

一つ目の疑問というか誤謬の原因を分析してみると。

A)その肉瘤の形状があまりにも水泡に酷似しているという不幸。

→水泡と見紛うばかりに異様に肥大した肉瘤が、ある意味災いしたと言ってもよいのではないでしょうか。それほどまでに浜錦の肉瘤は特異なのだと思うのです。だからこそふんぺいも食指が動いたとも言えますが・・・。そうでなかったら無視していたかも。(^_^;)

B)我々は“水泡眼”という目下に水泡を擁する品種になじみが深い。

→私も誤解していたように、その形状から水泡眼の水泡が頭部に付着した個体を累代繁殖したと、普通の人なら連想してしまいます。かの桜井良平氏も誤解していた節があります。ということは命名当初から誤解が生じていたことになりますね。

C)その類推は、中国の顎の下に二つの水泡が付着した、合わせて四つの袋を擁する“四泡”なる品種が実在する関係から、頭部に二つの水泡が付着するのも“さもありなん”と思える。

→このような個体は、紛らわしくも水泡説を補強する材料になりますよね。

D)らんちゅうなどの頭部に肉瘤を擁する品種と比較すると、浜錦・高頭パールの頭部肉瘤は異質で、その膨張具合は尋常ではないため、どうしてもらんちゅうを見慣れた一般人は肉瘤とは認知できない。

→既成観念に囚われると人は目が見えなくなる典型ですね。

E)オランダシシガシラやらんちゅうなどの一部個体に見られる表面が平滑で袋状(ツルンとした)に成長する肉瘤以外、肉瘤を擁する個体の大半は、粒状(カリフラワー状)で、普段見慣れた肉瘤とあまりにもギャップがありすぎるため、実物を見ないと理解できない。

→実物を飼育しないとこればっかりは実感できないのではないでしょうか。ふんぺいは、自分で飼育してみて感じました。ショップが、水泡説やもっともらしい説明を付けて販売するのは、安易な誤認の拡大再生産していることになりますね。

1トキン型:ふくよかな袋状肉瘤

Photo龍頭タイプ:肉瘤が細かく(粒状)隆起していてかろうじて形を保っている。トキンも残存しているが、このまま代を重ねると形が崩壊するか消失する。 

Rimg0250 浜錦二つ瘤タイプ:水泡状肉瘤の典型

F)浜錦は今でも高級品種となるので、誰もが手軽に飼育することはできないし、そのために実物をおいそれとは飼えないのが誤認や誤解がはびこる一因かもしれない。

→希少価値があるがゆえに、ショップも何かともっともらしい売り口上をつけたくなるので行き過ぎた説明で売り抜けようとなってしまうのかもしれませんね。

よくホームセンターの金魚売場に、金魚本から写真を拝借してサンプルとして貼られているのを見かけますが、そこに売っている個体は決してそんな優良個体にはなりませんから。それと良く似ていますね。

以上を簡単にまとめると、浜錦に対する認識の誤謬は、水泡眼との形状の酷似からの連想、あるいは安易な短絡的な思い込みと検証不足が招いた不幸だと思うのです。

それは致命的な間違いであるのですから、正確な情報を発信する立場にあるメディア(主に月刊誌や金魚紹介本などの出版社)は啓蒙の意味を込めて、浜錦に関する認識を改め、誤解を解き、復権を計る努力をしてほしいと強く思います。

それにしてもらんちゅうと比較して、肉瘤の上がりかたが、到底考えられないほど上がるのは、明らかに遺伝形質であるので、大事にその形質の保存維持を行う仕組みを構築する必要があるのではないかと思います。

らんちゅう界においては、かつては浜錦のような平滑な袋状の肉瘤のらんちゅうが多く存在していたのにも関わらず、今では皆無です。肉瘤がどんどん萎縮して顔が崩れてしまっていることに誰が気付いているでしょう。

そんな浜錦は、さらに一見して高頭パールとの違いの判りにくさ故に、安価な中国製高頭パールに名称を利用され、浜錦そのものの存在意義すら脅かされつつあるのだと思います。

さらに少し考察を進めてみますと。

1)そもそも浜錦のプロトタイプはオールド高頭パールであるということ。高頭パールからの派生品種であることは事実。

2)輸入当時の“高頭パール”は中国金魚特有の雑多な遺伝因子を含み、今のような形質を表現しているものは稀であった。

3)高頭パールの“高頭”とは、らんちゅうで言うところの“兜巾頭”とは異質であるように感じる。むしろ“キノコ頭”と表現したくなるほど、ボリュームも質感も違って見える。高頭パールは別名“クラウンパール”とも言われる。まさに“王冠または皇冠”のような形状と言えまいか。

4)二つ瘤形質は、高頭パール特有の一形質と言えるのだろうが、高頭パールに内包された遺伝形質であったのは確実。それを抽出して固定化作業をされた先達の功績は大きい。この形質も累代繁殖によって品種として名乗るほど出現率を高めたがためである。

5)高頭パールと浜錦の胴の形質は明らかに違う。具体的に言うと、高頭パールは丸みを帯び、より珍珠鱗に近い。パール鱗の質感も違う。浜錦のほうがパールの沈着が控え目。などなど。

6)そうそう、浜錦の一つ瘤タイプの名称を考えてみました。
『大黒帽頭(だいこくぼうがしら)』
大黒様が被っている帽子って判りますよね。判らない人はネットで検索してみてください。そんな形状なんですよね。こんな表現のほうが浜錦には相応しいと思いませんか。

と色々と知ったかぶりをしても、実は多くのネタ元は以下のサイトでごわす。(^^ゞ
http://hamanisiki.exblog.jp/: 『G-kingyo』

不思議なものでこちらのブログを読み進めていくと、浜錦と高頭パールの違いが分かってくるんですよ。さて皆さんはどう感じられるのかな?

思うに、らんちゅうをやるにあたって浜錦を知っておいたほうが、違った角度かららんちゅうを見なおせると思いますよ。

いつの日か、浜錦の二重苦が解消される日が必ず来ますように!!

浜錦ふたたび

浜錦に想ふ~水泡的肉瘤~

※浜錦関連は、時系列で読んでください。思索の経緯が判ります。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2013年1月17日 (木)

肉瘤についての誤解

何か間違った認識のお方が沢山いらっしゃるみたいなので少し書いておきます。

宇野系らんちゅうは、他のらんちゅうよりは比較的肉瘤を大事にしているように見えますが、大半の宇野系らんちゅう愛好家は、肉瘤が遺伝であることにあまり関心があるように思えません。

肉瘤を意識して仔を残している訳ではなく、先達が注意深く残して来てくださった遺伝形質という遺産を、愛好家個人の趣味嗜好で消費しているだけなので、いずれ消失する可能性が大であると思われます。

宇野系やら協会系やらというカテゴリー分けは無意味です。全てのらんちゅうは整った肉瘤でなければ“らんちゅう”とは言えません。

ふんぺいは、兜巾(トキン)が大事だと主張していますが、このことは全ての宇野系愛好家の間で旧知の事実ではありません。ふんぺいが指摘するまでは、宇野系らんちゅう愛好家の中でも肉瘤の分類すらあやふやだったんです。ですので『宇野系らんちゅう愛好家はトキンを大事にする』ということにはなりません。そもそも明確にトキンが膨隆した個体は皆無です。

というか、龍頭も獅子頭も未だに区別出来ない愛好家が大半です。そう、あなたのことですよ!(^_^;)

以下まとめ(=NEVERまとも) ←少し毒いれときました

宇野系らんちゅう愛好家の全てが肉瘤を意識しているわけではない。

しかし、

協会系も宇野系も関係なく、全てのらんちゅうで頭部肉瘤は大切な部分で、しかも系統関係なく、トキンを大事にすることが肝要である。

ですので、いくら尾形が良くて泳ぎが良くても、頭部の貧弱な個体を評価したら駄目だと思います。だって頭部が貧弱なら水流の抵抗が少ないから泳げないとおかしいですもん。

と思うんですけど・・・・。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2013年1月 3日 (木)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

20130101_071511 琵琶湖岸の初日の出

また一年が始まりました。早いですよね、一年経つのって。

昨年も色々ありましたが、今年も色々ありそうです。

このブログもいつかネタが無くなって更新をしなくなるのかな?って思っていましたが、どうしてどうして、飽きることなく、尽きることなく続けることが出来たのも、読んでくださっている皆さんのお陰かと思っています。

唐突ですが、社会科学的な分析手法を応用して、『社会現象としてのらんちゅう趣味』を位置付けるということも“あり”かなと思っております。こんなこと、先達も思いもつかなかったことなので手探りですが、それが“らんちゅうとは何か”を多角的に検証することになるんじゃないかと思っている次第です。

寒い時期ですので、皆さん体調を崩さないようにどうかお体をご自愛くださいませ。

それでは本年もブログともども、ふんぺいをどうぞよろしくお願いいたします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2012年12月 | トップページ | 2013年2月 »