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2012年11月

2012年11月30日 (金)

何度も言うようですが

何度も言うようですが、論外に私が書いていることを先輩愛好家にぶつけることは止めてください。

質問された先輩愛好家は困惑するだけです。

中には、有名な愛好家の方でも情報収集のため、または知見を広げるためにこのブログを覗く方もいらっしゃいます。

でもほとんどの愛好家は(残念ながら年齢が行けば行くほど)、このブログをご覧になっていないでしょうし、ここで論じていることに興味を示さないことでしょう。

趣味として長年、自分のスタイルで遊ばれている方に、わざわざ「あなたのやってきたことは間違っていますよ。」なんて、まるでその方の歩まれた人生を否定するような言は、厳に慎むべきでしょう。私は面と向かってそんなことを言うような野暮ではありません。

ただ、愛好家の中でもまだまだ旺盛な探究心をお持ちになっていて、「らんちゅうの真実を知りたい。」という自分探しをされている方には、このブログはきっと良い薬になるのではないでしょうか。そういう人に対して書いているつもりです。

トキンという用語などは、最近愛好家の口から簡単に飛び出すようになりました。この前までは誰も意識していなかったはずです。だってネットには誰も言及していなかったんだから。ということは一般のネットを見ていない愛好家は、今でも知らないってことなんです。

それをわざわざ「トキンがなんたら」って品評会で知ったふうに声高に言う愛好家は、何も知らないに等しい。本当のトキンを見たことないはずですから。恥ずかしい行動です。

私は既存の愛好会や愛好家を否定しているわけではありません。むしろ良好な関係を保ちながら、それぞれの立場や人生を尊重しながら趣味をやっていく、というスタンスなんです。

自分の主張が通らないからどうのってことは何も考えていません。もっと大きな視点で物事を考えているつもりなんです。

ちょっとネットの知識をひけらかそうなんて“論外!!!”です!

どうか困らせないでください。質問があれば何でもお受けしますから。メールくださいね。(^-^)

※この記事は、何もトラブルがあったわけじゃありませんよ。定期的に書き込みしとかないと忘れる人がいるもんだから。(^_^;)

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2012年11月29日 (木)

ちょっと京都まで

放っておいた歯が痛みだしたのは1カ月ほど前。

京都の北、宇多野まで歯の治療に行っています。そこの先生がらんちゅう愛好家で知り合いなんです。行けば集中的に治療して下さるので遠いですけど行っています。

帰りにH氏宅訪問。

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屋上に据え付けられた水槽は、日当たりと風通し抜群の飼育環境。そして京都の町並みが一望できます。

さらに

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方角を北東に取ると、比叡山が綺麗に見えます。滋賀県の我が家は山並みの向こう側。

昼ごはんは、北大路の『蕎麦鶴』。

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京都のお店でんな。風情がある佇まい。

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かき揚げ丼を頂きました。関東風の醤油の香りも香ばしい逸品でした。

大津と京都は目と鼻の先です。気軽に京都に出向いているんですよ。

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2012年11月28日 (水)

浜錦に想ふ~水泡的肉瘤~

ふんぺいは、自分で検証しないと満足しない性分なので、何でも一応やってしまいます。実地検分してはじめて納得するのは、今始まった事ではありません。宇野系らんちゅうというもののルーツ探しや、重要愛好家訪問によって、宇野系らんちゅうについて恐らく誰よりも詳しい域にまで達してしまうほどまでエスカレートしてしまうのもこの性格から来ているようです。

最近では、“浜錦の肉瘤の成分及び組成とは?”との疑問も同様です。

今回、またまた訳あって浜錦の優良個体を入手し、不幸にも殺してしまいました。浜錦は結構繊細な品種のようですね。そこで絶好のサンプルとして、皆さんにその上記の疑問に応えるべくリポートとしたいと思います。

早速画像をご覧ください。

Rimg0199

なんとも立派な丸い肉瘤?本当にこれが二歳なのでしょうか?死亡して少し経っているのですが、生存時は、この水泡状の物体はもっと張りがあって透明感がありました。

触った感じはブヨブヨしていて袋状で中身が液状ではないかと想像されます。

しかし、袋の中身は液ではありませんでした。

Rimg0200

キリで突き刺してみると・・・・液は流れ出ません。

つまり、水泡眼のようなリンパ液ではないのです。穴が空いて中の液が漏れだし萎むということはないのです。

前の記事で検証したように、これも中身は同様のゼリー状、もしくはゼラチン状の物質が封入されているということなんです。

物質の成分までは私には検証する術はありませんが、水分を十分含んだコラーゲンではないかと推測されます。コラーゲンは組成上、水分を物質内に多く含むようになっています。よって体調によって肉瘤の消長もあるのではないかと考えられます。

肉瘤の成分が脂肪(油)だとすると水との親和性がないので簡単には消長はないはずです。水分を含んだコラーゲン物質だとすると、体内環境の不調から水分が失われて萎むとする推測も間違いではないように思うのです。

らんちゅうの肉瘤も体調が悪いと一夜にして萎んだりするのは、同様の作用かと思われます。

これで結論が出ました。

プリンプリン、ぷるんぷるんした浜錦の頭部の水泡状の発達した物体は肉瘤であるという結論に達したんです。

浜錦愛好家の方に言わせれば、そんなの当たり前だよって言われそうですが、一般愛好家にしてみれば疑問だったんですよねえ。

らんちゅうはあんな肉瘤、死んでも出来ませんから、ある意味あの肉瘤は貴重だと思うんです。

ただその貴重な意味を浜錦愛好家は認識されているのかは窺い知れません。これは明らかに遺伝的形質なのですから、特徴をより顕著に発現している個体を種親にして保存しなければいずれ消失してしまうものではないかと思われます。

泳げなくなるほど肉瘤が大きくなったら駄目なんて、泳ぎ重視の種親を選定していたら、いずれ形質が無くなるのは、らんちゅうを見ていれば判るようなものです。

未だに浜錦の特徴はネット上でも混乱して収拾がつかないのが現状のようですが、やはり肉瘤考的に考察すれば、

何よりも二つのボール状の瘤を有した個体を優品とし、それを種親として繋ぐべきかと思うのです。

※ふんぺいは、らんちゅうの肉瘤を多角的に考察するために浜錦を検討しているのであって、浜錦を素材として何かをしようとしているわけではありません。

何か聞くところによると、らんちゅうに浜錦を掛けて、浜錦の肉瘤の遺伝的形質を付けようとする輩が居るようです。血を入れた時点で、先達が営々と築いてきたものを無にするのが判らないのでしょうか。東錦に浜錦を掛け合わせて鈴木東が出来たと聞いたことがありますが、それとは訳が違うはずです。(少なくとも背びれあり同士である)
F1で幸運にも背びれなし個体を得ても、次代は大変なことになるはずです。繋げば繋ぐほど混沌とするのは遺伝の基礎を知っていたら出来る所業ではありません。そこまでして会用を作っても意味はないでしょう。らんちゅう文化を根底から覆すことになる禁じ手であることを肝に銘ずるべきです。

浜錦に想う

浜錦に想う(訂正他)

浜錦に想ふ~肉瘤考的検証~

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2012年11月25日 (日)

蛇谷が峰へ

すっかり手持無沙汰になってきたふんぺいは、山登りに興じております。

1 “蛇谷が峰山頂”より琵琶湖を望む

滋賀県朽木村の里山、“蛇谷が峰”へ。

2山頂・901.7m

いや~、なかなかのパノラマ。で先日替えたiphon5のパノラマ機能を使うと。

3

面白いですね~

20121124_134019

この画像は、手前から比良山脈、そして琵琶湖。遠くうっすらと鈴鹿山脈。その後ろは名古屋方向なんですよ。見通しが効く日はどこまで見えるんでしょうねえ。

朽木の里はすっかり紅葉。山頂はもう冬の寒さとなっておりました。長い冬がもうそこまで来ているんですね。

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2012年11月21日 (水)

庭木を伐採!

この夏から初秋に掛けて、いつになく庭のケヤキに毛虫が発生しました。

1 二本のケヤキ(男性のふとももぐらいの幹)

毎年同じ種類の毛虫が発生するので仕方ないと思っていましたが、今年は酷かった!毛虫が葉を食い散らかして、フンをするんですが、下の池と水槽に入って、フンのアクで水が茶色くなってしまい、魚の調子が崩れるんです。

当歳は、フンが入ってエラになり、他の池に伝染して毎年苦労していたんです。

2 毛虫が蚕食した葉

今年はアメリカ旅行で一週間家を空けましたけど、帰ってきたらほんと酷かったんです。フンが池の底に積もっている状態で、魚も瀕死の状態。

3 茶色い粒状のものが毛虫のフン

さすがに堪忍袋の緒が切れました。

植木屋さんに切り倒してもろたらぁ!

で、本日植木屋さんに切っていただきました。

4 池にシートをして倒木作業中

別に木が悪いわけじゃないんですが、魚の調子を考えると仕方ないんです。この木も家人が植樹したわけではなく、家を建てる時、私がチョイスしたものなんで、誰に文句を言われることもないんです。

たかが金魚の為に庭木を切ってしまった男、ふんぺい!!

どうかバカだと言ってやってください。

でもね、意気込みだけは買ってくださいね。(^_^;)

5ああスッキリした・・・・

このように叩き池のすぐ横に根元だけ残っています。薬品で根を枯らしてしまうような処理がされているんです。

なんかすっごく見通しが良くなって満足しております。

昔から池のそばに木があるのは良くないって言われてましたが、まさにうちがそうだったんです。

これで魚を病気にするようじゃ腕が悪いって証明しているようなものでんな!

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2012年11月20日 (火)

らんちゅう=生ジュース論

そろそろ朝から忙しくすることもなく、頭の中でらんちゅうを飼育するようになっていますね!

ふとこんなふうに考えてみました。

らんちゅうは、生ジュースじゃないかと。

出来たての生ジュースをイメージしてみてください。オレンジジュースでも野菜ジュースでも何でもいいです。

普通に美味しいでしょうね。搾りたての果実や野菜の細かい粒子も食感としてあるかもしれません。そんなジュースを1時間ほど静置してみると、次第に比重の違うものが何層にも分かれてグラデーションになって沈殿しますよね。

コップの上端は上澄みみたいになって、中間部分はまた違う成分。そして底には比重の重いものが溜まっています。

それを以下のように分類します。

1)上澄み=会用魚

2)中間部分=その他大勢

3)澱(おり)=種魚

16 2004年日本らんちゅう愛好会親西大関

1は、軽くて最も薄い層です。味は淡泊。ビールで言えば泡みたいなもの。口に入れたら消えてなくなる。
2は、普通に美味しかったりするんですが、何か足らない。
3は、重いんですよ。沈む以外にない。味わいとかの核心部分。ここが無かったら果汁10パーセントぐらいのジュースになっちゃうんでしょうね。

3が種魚と考えるとなんだかしっくり来ませんか?この三層をグリングリンかき混ぜたものがらんちゅうとする、、、なんてね。

一腹でこんだけのものが出ているはずなんですが、多くの愛好家は上澄みだけ掬っているってことになります。でもそこだけ掬っていると、らんちゅうの本当の美味しさは判らないのでは?となるわけです。

で、静置する行為が三歳まで無選別(※最低限の選別はします)なんだと思うんです。つまり澱として沈殿するのを待つ。それが“種魚を見極める”ということなんだと思うんですよね。

但し、宇野系といえども果汁100パーセントのジュースはもうほとんど無いんだと思うんです。上澄みを種魚と勘違いして、上澄み同士で仔を採っていたら、そう、澱はあくまで比重があるんで、もう二度とお目にかかれないことになってしまうのではないかと。

さてさて、あなたは上澄みだけで満足するか?それともらんちゅうの澱を探す宛ての無い旅に出るか?

私はその旅の途中。。。。

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2012年11月 5日 (月)

魚を訪ねて〇×千里?

11月3日泊まり明け。
F氏が新たに日本獅子頭愛好会を立ち上げる旨の丁寧な挨拶状を頂いていたので展覧会を見に行くことにしました。

20121103_124549 姫路・松原八幡神社

見学者参加の人気投票で順位を付けるという新機軸の、というか前代未聞?というか、賛否両論というか“展覧会”を見せて頂きました。私は色々な試みがあって良いものと思いますが、従来の品評会に一石を投じているのは確かだと思います。

20121103_115006

そのあと移動して、知り合いの池を拝見。本日はこれで打ち止め。姫路駅から滋賀までJR新快速で約2時間揺られ帰還。

そして11月4日。
本日はI氏に同行して九州愛らん会の見学と取材。

Dsc_3493

会場の隣のB氏の池を覗くのが慣例。

Dsc_3506B氏三歳、面更紗

これだけの一級品の更紗魚を一洗面器で見る贅沢はありえません。恐らく日本一では?

そのあと、大分県中津から今夏水害のあった耶馬渓を通り、九州を横断して八女に移動。

先日の日本らんちゅう愛好会の当歳優等1席を獲得されたH氏の池を拝見。

20121104_175538

今夏の水害で被害を受けられたそうですが、幸いにも魚の大半は無事とのこと。

画像のような飼育環境で、水は幻の黒水?です。名魚作出の秘密はこのハウス飼育と水作りにあるのかも。

20121104_192825 筑後船小屋:“つばめ”入線

九州新幹線が開通して帰るのも便利になりました。筑後船小屋まで送って頂いて博多からのぞみに乗り換え。

結局、朝6時半に家を出て、帰ったのは日付が変わる少し前です。この二日間でどれだけ移動したのでしょう?

楽しい二日間でした。皆さんありがとうございました。

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2012年11月 1日 (木)

“古臭い”や“時代遅れ”のらんちゅう

思うに、“古臭い”や“時代遅れ”というらんちゅうなどは存在しないのでは?

一方向にしか進化しないという考えでいると、大切なものが抜け落ちた場合、もう二度と後戻りができないことになります。

それは言いかえると、間違って、あるいはうっかり大事な形質を消失させたら、もう後の祭りということになるということです。

Rimg0191 形質が消失してしまった宇野系と残っている宇野系のF1

そして、すっかり形質が無くなったらんちゅうを見慣れてしまうと、大事な形質が残っているらんちゅうを見ても、“古臭い”やら“時代遅れ”と思ってしまう愛好家が多いようです。

龍頭にしても獅子頭にしても、しっかりとトキンが残っていなければ、そのように呼べないことぐらい知識として持っていて欲しいものです。(この事実は、もう誰も言いません。知っているベテラン愛好家も、もう残っていないので言わないようにしているんです。自分に都合が悪いから。(^_^;))

逆に“古い”タイプと“新しい”タイプというものはあります。これは型の位置づけなので考え方が全く違います。要するに古いからと言って捨象するのではなく、改良のために残しておかなければならないのだと思うのです。古いタイプを残しつつ、改良のために新しいタイプにフィードバックしていく。これがらんちゅう改良のセオリーなのだと思うのです。

Rimg0192上掲の個体の横見

だかららんちゅうに対して“古臭い”や“時代遅れ”などという考え方は視野が狭すぎますし、一つのタイプしか池に居なくなったら赤信号と考えなければならないと思います。絶えず揺れ動いているスタンダードの型を見失ってはいけないのだと思うのです。

愛好家の池を見れば、その愛好家のセンスもさることながら、考え方が判るというものなんです。

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