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2012年8月

2012年8月29日 (水)

エラ病の昇温治療

良く風邪を引いて熱が出ることがありますよね。

何故熱が出るのか。

人は体外から侵入するウィルスや細菌の攻撃に対して生体防御反応を発動します。詳細な説明は省きますが、熱を発することでウィルスを弱体化させ、同時に免疫反応を活発にするそうです。よって無闇に解熱剤で熱を下げることは良くないのです。アレルギーはその過剰反応でもあるわけです。

要するに、人は自分で自分を治そうとしているわけですよね。

寒気がしてのち、汗をかくぐらい暖かくして寝る。すると翌朝すっきり治っていることを経験したことがあるかと思います。

もうお分かりだと思いますが、エラ病の時に水温を上げる治療方法は、実は理に適っているのではないかと思うのです。

金魚は変温動物ですから熱が出ることは無い。人の熱が出る仕組みをヒントに、金魚がエラ病に罹患したら、人為的に昇温によって促進して手助けしてあげる。

全てが哺乳動物と一緒というわけではありませんが、この場合はこの推論は当たっているのではないでしょうか。

梅雨時に酷かったエラ病が水温が上がったらすっかり治ることが多いと愛好家は知っています。

先日、北関東の友人を訪問した時、「うちはエラに罹らない。」と言って不思議がられたのですが、良く良く考えると、北関東は日中ベラボーに暑いんですよね。下手をすると水温が40度近くまで上がるそうです。

道理で・・・・

エラになってもすぐ治っちゃうんでしょう。そう思えば納得がいくんですよね。

そんな地域じゃない人は、積極的に昇温でエラを治すことが一番なんだと思うんですよね。

以上のことをフトそう思ったのは、横須賀の尾島系の故林氏が、エラになったら水温が上がるように水を半減させると仰っていたからなんです。「熱が出たら人も治るって言うじゃない。それと一緒だよ。」と。誇らしげにそんなことをつぶやかれていたのを懐かしく思い出しました。

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2012年8月25日 (土)

管理人近影

暑い日が続きますね!

水換えの戦いが続いております。

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相変わらず、とっちらかっております。

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早朝の一枚。ラーメン屋の店主風の出で立ちで、どや顔。実は顔がむくんでいるだけ。

ふんぺいはこんな感じのシトです。って面が割れているのは承知しております。ですんで逃げも隠れもいたしません。ネットの匿名性に乗じて無責任な書き込みをする輩には断固対処したいと思っております。別にトラブルがあったわけではありませんが。
なんかの機会に言っとかないと、尖閣や竹島のように領土を蹂躙されかねませんから。(^_^;)

 

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2012年8月22日 (水)

選別の考え方

この趣味をはじめた頃、飼育方法以外で魚が他人と違うようになるのが何故か理解できませんでした。

水換えと餌のやり方で魚が変わることもあまり理解出来ていなくて、遮二無二に飼育して何も顧みることもありませんでした。

あるレベルに達した時、他人と魚が違う他の理由といえば、選別以外無いことに気が付きました。

でも、稚魚の時に、尾の張り方だけで選別しているのなら、他人と差が出ることはないはずだと思ったのです。

なぜなら尾がちゃんとしているのだけを残せばよいですから極端なことを言うと、審美眼や選別眼は必要ありません。機械的に残るものしか残らないのです。誰がやっても結果は一緒のはずです。

ならば、何故優劣の差が、しかも毎年コンスタントに差が出るのか?

飼育方法には差が無い。

選別方法(尾だけを見て選別)にも差が無い。

あとは、使う親の違いしかない。

親の違い? そうですね、この趣味は血統、系統なんですね。

系統や血統が良ければ良魚を輩出することができる。セオリーとしてはそうなります。

血統・系統に差が無いのに、それでも結果に差が出ている。(宇野系は万世一系なわけですから)

ということは、血統だけではないのでは?という疑問も湧いて来るわけです。系統が良くても駄目なんだ。どこが駄目なのかは、はじめは判りませんでしたが、ある時、尾以外を見る訓練をしていると、そう、頭の瘤や胴の違いに何となく気が付くようになります。

尾だけを見ている時は、頭も胴もそこそこなら良いか。欲を言えば綺麗な更紗だったらいいな、ぐらいでしたが、頭の形質だけを見ても奥が深いことに気づき、胴の質は背の低さをどこまで追求したら良いのかまで考え出すと、魚の質とはこれほどまでに深いのかということが判って来るんです。このブログで何度も書いていることですけど・・・・。

極端な話し、血統は、そのような良質な形質を保持しているであろうという目安ぐらいに考えると、パッと色々なことが見えてくるような気がしています。たとえその個体自体に系統で残してきた形質が表現されていなくても、次の代では出る可能性が高いんですね。これはあくまでふんぺいの考えなんですが。ということは、なかなか出来ることではありませんが、同じ兄弟で二代は採卵しないと何も結論が出ないんです。

「この掛け合わせで良いのが出なかった。」なんて良く聞く話ですが、本当は同腹でもう一回掛けないと結論は出ないんです。簡単に結論を出してしたり顔で放言する愛好家はあんまりブリーディングのことを御存じないと言われても仕方がありません。

“親に似てこない系統は系統とは言えない。”と言われつつ・・・・

“大関の仔に大関なし”って真逆なことが言われるのは何故???

何故こんな格言があるのか?
大関は一品物が多く、良質な形質を持った血統から作出されたものは少なく、その仔を採ったとしても、遺伝因子としての形質が保持されているわけではないから。

F1であることが多く同じ形質の出現率は極端に低いから、恐らく同じような形質が出ていても、尾が悪ければ、早期にハネられている可能性が高いので残らないということなんだと思うのです。

一番大事なのは、種親としての圧倒的な形質を、識別出来る確かな審美眼を持つこと。だからセンスを問題にするんです。そして持って生まれたものだと思われているセンスは磨くことが出来ると思うんです。

その種親から出てきた仔に間違いなく遺伝しているかを絶えず検証すること。

結局、愛魚家の魚の違いは、“種親の選び方にある”、ということだと思うのです。系統だからと言って、とんでもない親から仔を採れば系統の持つ特徴はすっ飛びますよね。親の選び方を間違えれば宇野系でも宇野系ではなくなるとはそういう意味なんです。

宇野系であれば、宇野仁松が目指した理想のらんちゅうを知らなければ、系統として意図して残してきた形質はすぐさま無くなってしまうということだと思います。自己流では駄目なんです。土台になるものがあってはじめて、それぞれの個性は発揮されるんだと思うのです。この考え方を理解できなければ“宇野系らんちゅう”とは呼べないと言い切っても良いのかもしれません。

欠点で選別していれば、選別の早い段階で突出した形質を持ち合わせた個体は淘汰されてしまう。次第に、産まれてきた仔全体のレベルは、右肩下がりで落ちて行くことになるのだと思います。

そうなってくると、あとは残った方法は、会用魚としての尾型の良い個体を探すために、片っぱしから採卵する方法しかなくなります。大半の愛好家は、基本的に一対一の掛け合わせなどの方法を採っていないので、腹別の管理などの検証作業はしていないでしょう。当然、次の年は残った欠点の少ない個体での掛け合わせとなるので、毎年リセットしているのと同じです。

遺伝形質は薄いままなので、次代に遺伝するか判らないから卵は採るだけ採らないといけないという悪循環に陥ることになるのです。極端に見た目が悪くならないことが多いのですが、劇的に変わるのではないので、劣化していることに気が付くのは10年後となってしまうのです。

魚の形質が劣化したことに気付かないで、“魚は年々改良進化する”とする進歩史観に惑わされて、いつのまにか違う代物になっていたなんて良くある話しです。

結果、何が遺伝して何が遺伝しないのか、ということはいつまで経っても経験として蓄積されないで、自分のものにはならないということなんだと思うんですね。

それでいいんじゃないの?とお考えの方は、それでいいと思います。
ただ、今書いて来たことの中で、何か引っかかることがある方は、もう少し突っ込んで考えたほうが、より趣味として幅が広がるでしょうし、会での大関を獲る以上に、見たことの無い世界が横たわっていることに気が付くのだとふんぺいは断言したいのです。そしてこの考え方は遠回りのように見えて、実は近道なんだとこの頃特に私なんか思うようになっているんです。

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2012年8月21日 (火)

会用も居ます

まだまだ暑い日が続きます。

水換えに追われる日はまだ当分続きそうですね。

さて、うちで会に持って行けそうなのをピックアップ。但しまだまだ幼いです。欠点は無いので無難な仔達です。
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尾だけならこれぐらいの個体は普通に出ます。親は尾形がないんですよ。会で遊ぶならこれだけ別飼いして育成すれば良いと思います。

で・・・・
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同腹でこんなのも残してます。というか数合わせで残っているのですが、前者の個体よりこちらのほうがこの先可能性があるように思います。何が?考えてみてください。

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2012年8月16日 (木)

新刊のご紹介~『かわいい金魚』~

ふんぺいの古くからの畏友である杉野裕志氏から新刊が届きました。

Photo
『かわいい金魚』杉野裕志著 エムピージェー 1800円

題名は『かわいい金魚』、副題が“金魚のことがよくわかる本”、表紙の身頃に“200カットを超えるたくさんの品種紹介とていねいな飼育解説”、さらに“9人の愛好家も紹介”と全方位で金魚の愉しみ方を伝授する大変バランスの良い書物になっています。

この手の金魚の書籍としては珍しいB5版(257 mm × 182 mm)で画像も大きくペラペラめくって眺めるのも楽しい作りになっています。

画像の下にさりげなく付いているキャプションにも、杉野氏の豊富な知識と金魚に対する氏の並々ならぬ愛情が感じられて見逃せません。

ベテランさんもタイトルで侮ってはいけません。自分の知識がどれだけ狭小であったのかと、きっと反省することでしょう。惜しげもなく新しい知見を披露されていて、さらに広く深く金魚のことを氏は見ていることが判ることでしょう。

とにかく本書の知識量は膨大です。隅々まで行き届いているので是非読みこんで頂きたい一冊です。

因みに、杉野氏は若い頃、宇野先生に会いに京都まで来られているくらい宇野系らんちゅうにも造詣が深い方なんです。

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2012年8月15日 (水)

メチレンブルー(色素剤)と病気

魚病薬にメチレンブルー、マラカイトグリーン、過マンガン酸カリウムなどがありますが、これってもともと染料なんですよね。

“色素剤”を本来の用途と違う意味で使用していることを、あまり気に掛ける人はいないみたいです。というか当たり前に使用し、なんでもかんでも症状など関係なく、“使用したら治った”的な経験で語られることが多いように感じます。

あるベテランさんなどは、病気になるとメチレンブルー一本で魚が青くなるほど高濃度の液に漬け込むことをされていたりします。(^_^;) それで何でも治るわけではないんですが・・・・

この色素剤は、魚に対して何をしているか?

色素という薬剤は、かかる細菌(病原菌)に染色過程の酸化作用によって結果的に“殺菌”しているんですね。

従って殺菌だけが効用なので、根本的な治療をしているわけではありません。殺菌して細菌の増殖を抑えているだけなんです。殺菌と言っても水中なんですから“減菌”と言った方が良いかもしれませんね。

体表面の細菌をはぎ取っていると言ったらイメージが湧くでしょうか。

ですのでメチレンブルー他色素剤は、根本治療の特効薬でもなんでもないんです。色素剤を使う理由をまとめると・・・・

飼育者の怠慢で水が悪くなり、魚が弱体化して日和見(ひよりみ)感染しやすくなったのをリセットし、魚の自己治癒力を発揮させるべく、清澄な水にてストレスのない塩水浴でひたすら回復を待つ。

・・・が治療の王道なんだと思うのです。

ですから、内臓疾患やその他の特定の細胞に寄生するウィルスは色素剤ではなんの役にも立たないんです。

諸々の抗菌剤も病原菌を抑制して、病魚のまだ持っているであろう治癒力に期待しているだけなんだと思うのです。

実を言うと、ふんぺいは魚病薬で完治したという体感がありません。あらゆる薬を試しましたが本当に効果があったと思われる薬はないんです。(寄生虫病は別ですよ。白点病etc)

だから多くのベテラン愛好家が、塩以外で治らない個体は相手にしない、というのは至言だと思うのです。

魚病薬に過度の期待をしても駄目なんです。「あの薬を使ったら治った。」は、たまたまその魚に自己治癒力が残っており、それを引き出す環境を、飼育者がたまたま整えてあげられたから、と考えた方が合理的です。

あるブログに宇野先生が「治る時期が来たから治ったのでしょう。」と仰ったとか。あの頃、もうすでにそのような考え方をされていたのですね。すごいことだと思いませんか?

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2012年8月12日 (日)

水の色

宇野系は青水で飼育するのが基本、なんて言われます。

青水の色合いを見て、泡の立ち具合を見て、魚の調子を見て、池の全体的な雰囲気を見て餌やりや水換えを判断していきます。

どれ一つ見極められないと魚は出来てこないと言えます。

水換え頻度を上げて、青水にならないようにして餌を絶えず与える。
この一本調子の方法で飼育をすると、魚は大きくなりますが、どこか味の無い魚に仕上がってしまうようです。

近頃では当歳、二歳に力が入って、その時期に良く見える魚で仔を採る人が増えたので、魚が年齢を重ねるごとに良くなって行くような柔かい魚が減って、当歳も二歳も親になってもあまり形が変わらない硬い魚が増えています。

話しが逸れましたが、以下の画像をご覧ください。

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どちらの水槽の魚の調子が良いと思いますか?

左はこげ茶に近い色(幻の黒水??)、右は濃い緑色です。

実は左のほうが魚の調子はいいです。そして長期間に渡って水換えしなくても良いのは左の水槽です。右の水槽はどんどん魚の調子を見ずに餌をやり続けると、ある時ヘドロが溜まって水が腐り出します。

ここから読み取れることは、

1)環境がイコール条件であったとしても、水槽ごとに水のでき具合は変わる。

2)単に水の色を見て良い水とは言えない。魚が調子良かったら、極論すればどんな水でも魚には良い水であると言える。

3)水の具合を見る飼育者の目とは、どれだけ意識して池を見ているかという経験値の多さに比例する。

魚を健康に飼うということを基本に置いておけば、マニュアル至上主義では判らない貴重な経験を積んで行くことが出来ると思うのです。

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2012年8月 9日 (木)

奇形魚

ちょっと変わった個体が居るな~なんて思ったりします。

ほらほら、目先が無くて変な顔。

稀に見るんですよね、こんな奴。

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でもね、よ~く見ると奇形なんです。

前から見ると・・・・・

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いや~!!この顔!ムンクの絵みたいで顎が奇形なんですよぉ~

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ほらね。同じ池で飼っていてもこんなに差が出ています。

でも、そもそも品種の特徴的形質って、このような“奇形”を取捨選択して残して来たものなんですよね。

出目しかり、肉瘤しかり。

それを残すか残さないかは、ブリーダーの感覚と言ったら良いのでしょうか。ドーキンスの利己的遺伝子的に考えると、遺伝子は、種として生き延びる為に、遺伝子自体に意志があるように振る舞い、意図的に我々に選択されるように変異してきた・・・なんてね。

しかし、画像のような奇形は結果的に発育不良で、いずれ致死なんでしょう。これをもう少し言うと、“生理学的奇形”と“品種的奇形”と区分されるのかもしれません。

言い換えると、“生理学的奇形”とは、死に至らしめる奇形。いわば失敗。

“品種的奇形”とは、品種の特徴たらんとする発展的奇形。生理学的にマイナスの奇形ではない。

などなど。。。。

顎の奇形は散見します。ということは、遺伝的に起こりやすい奇形なんでしょうね。遺伝子のちょっとしたコピーミスなんでしょうが、私たちはそのコピーミスを如何に見つけて行くかということが、ブリーダーの楽しみの真髄なんだと思う今日この頃です。

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