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2012年6月

2012年6月28日 (木)

浜錦に想う(訂正他)

星の王子さんの書き込みから『金魚伝承 創刊号』を紐解いてみました。

情報ありがとうございます。

だいぶ私としても誤解していたようです。その記事を元に訂正と検証をしていきます。
これを読むとこの記事は、作出者の渡辺氏に直接取材しているんです。

私が読んで理解した“浜錦”とは、、

★“水泡状瘤は、水泡状の肉瘤である”と断定されている。

★頭部に二つの水泡状肉瘤が出来る個体を優品とする。

★パール鱗であること。

浜錦の規定はそれ以上でもなく、それ以下でもないようです。訂正してお詫びします。

Hama
『金魚伝承 創刊号』2002年ピーシーズ P60
これだけ瘤を接写した画像は見当たらない。詳細に観察すると、瘤は袋というよりも粒状瘤の総体と見受けられる。よって肉瘤(中身はコラーゲン物質)と推定される。

なんとまあ!結論はそういうことのようです。ん~なのになんでそんなに判りずらいことになっているのでしょう??(^_^;)

さらに周辺情報として、

1)浜錦作出者の渡辺氏は、もう作出をされていないものとばかり思っていましたが、2002年当時にも御健在で作出を続けられていたようです。今現在はどうされているのか?多分渡辺氏が育成された個体は流通しているのでは?

2)渡辺氏自身に取材しての記事なので、色々言われている話しよりここに書かれていることが真実であることは明白である。

3)上記の渡辺氏が浜錦と規定しているもの以外は、“高頭パール”として市場に出しているそう。

4)繁殖方法は、二歳!でハーレム状態で採卵。一対一で採卵しているわけではなく、さらに言うと二歳なので、親としてまだ未熟な個体で採卵されているのでは?

5)そのためか、“高頭パール”として出荷した個体から大成して浜錦と認められる形状に変化することがザラだとか。

6)パール鱗以外の普通鱗も出現するのでそれは淘汰の対象とか。

7)中国にも出荷されているようなので、浜錦形態の個体が逆輸入されているかもしれないということ。

8)きっとある一定の確率で浜錦形状は起こっているのではないか。中国は累代繁殖とか形態の固定あるいは維持という考え方が無かったのか。そこから渡辺氏がこの形態に注目してピックアップされたのは何にもまして功績でしょう。

しかし、記事から思うに、渡辺氏自体が随分ざっくりとされているようですね~。浜錦の混乱の直接の原因は氏にもあるように思われます。どちらかというと“浜錦”というブランドが独り歩きした感が否めません。

そして結果として、二つ瘤個体を純化しているわけではないようですね。

二つ瘤形状は不思議な形状ですねえ。なぜこのような形状になるのでしょう??水泡ではないとしたらこのような形状になるのは不可解としか言いようがありません。らんちゅうではこのような形状の個体は見当たりません。

中国では、肉瘤の形状を累代繁殖するようなことはしていないのでしょう。浜錦が登場してから僅か数十年で肉瘤が異常に発達する個体が出現するようになっているようですね。それだけこの形状は遺伝しやすいとも言えるのではないでしょうか。

いずれにしても、浜錦はこの記事前半にも書きましたように、他の品種には無い“二つ瘤であること”を浜錦の特徴とするべきではないでしょうか。それ以外は渡辺氏が高頭パールとして淘汰されているのですから、それ以上の詮索はいらないように感じます。

それにしても、はっきりと特徴が確認出来た親同士で採卵して欲しいです。そうすれば“二つ瘤”は保存維持され、さらに出現数も増大するのではないでしょうか。

結論として・・・・

浜錦は水泡状の二つの毬のような肉瘤であることが全てに先んじるとしたら判りやすいと思います。それ以外は極端ですが、高頭パールとしても良いかもしれません。それは部外者がとやかく言う問題ではないので私見とさせてください。

【補足】
発表当初よりその奇異性は際立っていたのでしょう。桜井氏も長澤氏も自分の金魚に対する常識の中で水泡と捉えたのかもしれません。逆に言うと、それだけ稀有であり突出した形質だったのだと思うのです。それならばそれで、もっと正しい知識として広める努力は当時浜錦と命名した清水氏にも責任の一端はあったのかもと思わざるを得ません。これだけ誤解されている金魚はありません。

先にも書いたように、親魚で浜錦としての特徴を如実に表現している個体での採卵を注意深く続けて行かないと、いずれ消失してしまう形質なのではないでしょうか。

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2012年6月24日 (日)

浜錦に想う

肉瘤フェチとしては、頭部に大きな瘤を擁する『浜錦』なる品種は、同様に食指を伸ばしたくなる品種の一つかと思います。

しかしながら、ネットを検索してみると『浜錦』と『高頭パール』の区別が愛好家の中でも定かではなく、見分け方もなんだか迷走しているような印象です。ふんぺいとしても、どうも腑に落ちる説明に行き当たらないんですね。『高頭パール』を『浜錦』として高額で取引されているようです。

そこで、門外漢ながら同じ瘤フェチ(※ここでは“瘤(こぶ)フェチとして“肉瘤”とは言いません。)として、個人的意見を書かせてもらおうと思います。あくまで個人的見解なので浜錦愛好家の皆さんも、ムキにならないでくださいね。異論があってもどうか聞き流してください。

それではそもそも論から行きますね。

そもそも、浜錦は高頭パールから分離された育成個体で、比較的品種としては新しいようです。ですので見かけ上、類似しているのは無理もないと考えられます。

高頭パールとは、胴体は珍珠鱗で、頭部に肉瘤が発達した品種と定義しています。

浜錦は、高頭パールの繁殖の際に、頭部上方に水泡が付いた個体が出現して、それを固定した品種とのこと。

高頭パールの肉瘤部分に水泡が付いているということのようです。

上記の浜錦の定義については、長澤兵次郎氏の『金魚のすべて』昭和59年にも、桜井良平氏の『金魚の飼い方入門』昭和54年にも同様の記載があります。

“迷ったら原点に戻れ”というように、浜錦命名当初のいきさつに、より近いものを歴史的資料として尊ぶべきと思うのです。

故に、整理すると・・・・

1)浜錦は、高頭パールの変異個体であることを念頭にすると類似点が多々ある。

2)特徴を際立たせて考えると、浜錦を浜錦とする所以の特徴は、頭頂部の水泡である。

3)肉瘤と水泡の違いを明確にすれば浜錦と高頭パールの違いは歴然とするはず。

4)体形や色の違いは考慮にいれる必要はないのでは?なぜなら固定初期よりの変遷で変化してきた部分を相違点とすると、浜錦の特徴がぼやけてしまうから。

Img
浜錦 『金魚の飼い方入門』桜井良平著126ページ
作出者の渡辺茂夫氏の撮影なので正真正銘の浜錦と考えられるが画像が不鮮明

Img_0001
水泡頭 『金魚の飼い方入門』85ページ
右下の図は浜錦をイメージしているものと思われる。肉瘤と水泡の違いが判る

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同上『金魚の飼い方入門』の巻頭に収録されている浜錦の画像
肉瘤ではなく水泡だと見受けられる

Img_0003
『金魚のすべて』長澤兵次郎著より
ぷっくりと頭頂部に半透明な袋状の水泡らしき物体として確認できる

さて、ここからが本題。

どうもその頭頂部の“瘤”の質が問題になってくるんですよね。

『肉瘤』とは、皮膚が肥厚したもので、中身はタンパク質であるところのコラーゲン状物質なんですね。そして粒状になりやすく表面は凹凸になるのが一般的で、おまんじゅうのように表面が平滑なビロードのようになる個体もありますが極めて稀少です。

『水泡』はどうでしょう。『水泡』は水泡眼のように袋状で中身は液状のリンパ液が封入されていると言われています。この場合、見た目は平滑でビロード状のはずです。

かたや、皮膚の肥厚で、一方は袋状なんですね。明らかに違うはずです。でもあまり我々のように肉瘤フェチで多くの個体を見てこなかったら、一見するとその見分けがつかないかもしれません。

また、水泡眼が目下に水泡が発達するのと比較して、浜錦は目の上に発達する品種と考えたらどうでしょうか。水泡は金魚において、結構頻繁に表れる現象だと思われます。らんちゅうでも目や口の周辺に水泡が表れる場合があります。

因みに我々宇野らんちゅうの目指す肉瘤の方向は、その極めて稀少なおまんじゅうのようなビロード状の肉瘤なんですけどね。だから見慣れない人よりは見分けられるんじゃないかと思うんです。

どこかで見たんですが、輸送途上で瘤が取れて浮いていたとか。水泡状なら萎んでしまいますが、取れても塊として浮遊しているのであれば、その時点で私は浜錦ではなく、高頭パールだったんだと考えた方が良いのではと思います。

動画でも拝見したんですが、大きくプルプルしているんで、あれは水泡と考えた方が良いように思いました。他の個体で少しだけ頭頂部が膨隆している個体もありましたが、こちらはどちらとも言えないと思いますし、これを浜錦と判断するのには無理がありそうに見えました。

肉瘤だったら浜錦の優良個体のように、あんなに大きくなることはありませんし、肉瘤が素晴らしいと言われる宇野らんちゅうでも、かたやオランダシシガシラでも、あのような盛り上がりに育成することは、到底出来ないと言いきってもよいように思うんです。

ですからまだ成長過程である個体で浜錦と判別するのは無理があるので、親魚で完成された頭部で認定するべきと思うんですよね。

従って浜錦とは、当歳、二歳での楽しみ方より、親魚での楽しみ方が主流の金魚ではないでしょうか。成長過程では袋の成長もまだまだ未熟のはずですからあまり魅力がないように思いますが、いかがでしょうか。

浜錦はこうやって考えてみると、本当に稀有の品種なんでしょうね。

ですので“頭頂部の水泡”が浜錦の特徴であるとすれば、混乱は回避できます。水泡が大きくならない個体は、高頭パールと誤認しやすいので淘汰の対象とすべきで、親魚のみ浜錦と認定すれば良いのでは?

浜錦の優良系統を入手する場合は(これはどの品種でも鉄則ですが)、信頼出来る愛好家やショップからとすべきでしょうね。名前だけで当歳の浜錦を入手するのはリスクがありますね。ネットで宇野らんちゅうを買うのと一緒です。

肉瘤フェチとして、品種の特徴から考察するとどうなるかを浜錦に当てはめてみました。まあ、一介のらんちゅう愛好家の独り言と解釈してくださったら幸いです。

品種の特徴を突き詰める方法は、我々のらんちゅうの特徴を考察するのと一緒なわけです。逆にらんちゅうとは?と考える時のヒントになりませんか?

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2012年6月16日 (土)

仁松翁の金言

桜井良一著 『金魚の飼い方入門』昭和54年発行
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人生の大半をらんちゅうに捧げた仁松翁の言葉は、我々愛好家にとって、今なお至言として、心に刻んでおかなければならないと私は思っています。

それはらんちゅうを愛好する上で、系統や派閥を超越して顧みられなければならないことなのだと思うのです。

宇野仁松の理念を『宇野イズム』と言うのであれば、ある意味、入門者に向けて発した仁松翁の今からご紹介する一文の重みは、奇しくも我々愛好家が進むべき道を指し示しているように感じるのです。

この文章が書かれた昭和50年代初頭といえば、仁松翁は70歳から75歳。

日本らんちゅう協会を脱会する直前であるという時代背景を考慮に入れると、この文章は入門者に向けるより、当時の一般愛好家と愛好会に対する警句であることも十分考えられます。むしろこちらのほうに狙いがあったのかもしれません。

温故知新、来た道を振り返り、進むべき道を決める。らんちゅう愛好という趣味が正常に進化してきたと考えるべきでしょうか。この答えがこの仁松翁の言葉に痛いほど言い表わされているように感じるのです。

全文を掲載させていただきます。そしてふんぺいが特に重要と思う部分を太字で強調しています。

『ランチュウ今昔』

四十年ほどまえのことである。観魚会が東京で催された際のこと、二日間あって、第一日目は親魚の会、二日目が子魚の会であった。つまり、親を見て楽しむほうが主だったわけである

四歳、五歳、六歳の魚がたくさん出品され、三歳魚で優等になるというのはほんのまれであった。だから、親魚になった本当に立派なものから子を引いたので、系統がはっきりしていたのである。

今でも覚えているが、当時「天授」「籠釣瓶」「白鶴」といった名魚がいた。「天授」は当歳のときは小さくて問題にならなかった魚であるが、二歳で見なおし、三歳から四年間大関をとった。また、「白鶴」の子は三歳になってからよくなり、さらにこれから大関が二尾出た。

ところで、近年になって、一般の興味が子に移り、当歳にばかり主力をそそぐような傾向になって、無理な育て方をして大きくし、一方、親魚は子魚ほど手をかけないようになっている。どちらかというと、親は子を産ますだけのものというようになっているのである。

最近、ある大会にのぞんでいちばんに感じたことは、親魚の部、二歳魚の部がいかにも貧弱なことで、よい魚が少なく、しかも数も少なくなったことである。

本来、金魚は当歳、二歳、親魚と、だんだんに大きく立派に成長していくのが普通であるし、昔は魚を見れば、これは三歳というようにわかったものであるが、今は大きさもまちまちで、当歳の大きさに比べて二歳、三歳が成長していない。

水替えを激しくするために、ただ大きく肉がのりすぎて、その結果、当歳の名魚が良く年にはもうお目にかかれないということが多いのである。飼育者のほうも気が短くなったのか、六年も七年も先のことより、その年の秋のことが中心になっていくのであろう。このような傾向から、ひいては、結果が十分わからない若い親魚の子引きが続くため、短命ともなり、また、大成する魚もだんだんなくなってしまうのである。

よくなる系統というものは、やはり遺伝するものである。なんとか昔にたちかえって、五歳、六歳とよくなっていく親魚から子引きをするというやり方になってほしいものである。

昔は、トキンという金魚があった。はじめに述べた「天授」「籠釣瓶」などはトキンの面影を残す魚であった。この型の魚は晩成で、頭も幅もなかなかでてこないが、三、四歳になると、美しいビロードのような粒々のないおまんじゅうを頭の頂にのせて、ハナヒゲもふさふさと大きく立派になる。体形も胴長で、背下りも深く、長持ちにはもってこいの型である。

観魚会のはじめごろから三十回ごろまでは、この型の魚が大部分を占めていたと思う。ところが、この系統は子魚のうちは近代型の獅子頭に比べて見劣りすることと、親になってもできてこない魚が多いために、だんだんと飼う人が少なくなった。

近代型の獅子頭、ことに、目先の長い獅子頭は、私も大変好きである。ところが、欠点として、トキンのように長持ちする型が少ないようである。

花でいうと早咲きで、しぼむのも早いように思う。この原因には、やはり最近の傾向である若い親からの子引きや一般に当歳に重点をおきすぎること、審査のやり方にも関係している。

これからは近代型のランチュウの長持ちをはかることに目標をおいて、親魚を大切にするとともに、魚の選び方、育て方についても、考えていくのが正しいあり方であろう。

なにはともあれ、親魚を楽しみながら、五歳、六歳とよくなった金魚の子をとり、また、その子魚を七歳、八歳と楽しむというのが、本当の愛好者である。

どこの愛好者の池にも、年を経てますます立派になっていく金魚がいるようになれば、楽しみも一層深くなることは疑いなく、その日のくるのを願うものである。
(宇野仁松・京都金鱗会会長、陶芸家)110ページ~112ページ

桜井良平先生、よくぞ聞き書きしてくださいました。

ここに“宇野イズム”の真骨頂がズバリ書かれていると思うのです。“真の愛好者”像をこれほど明確に示唆されている文章はないのではないでしょうか。

そして仁松翁の願望は、各愛好家の池に素晴らしい親魚が泳いでいることを夢想しているのです。

その素晴らしいらんちゅうとはどんならんちゅうか?

奇しくもトキンの面影を残す美しいビロードのような粒々のないおまんじゅうを頭に載せたらんちゅうがそれであることが書かれているのです。
Cimg1055_2 まさにこのような個体

この文章に立ちかえることが出来る愛好家が、宇野らんちゅう愛好家と言えるでしょうし、実はそのような枠に囚われない愛好家が“真のらんちゅう愛好家”なのかもしれないと思わずにはいられません。

この桜井先生の御本は、色々な意味で本当に示唆に富むものです。

この本の結びと言っても良い最後の文章が以下になっています。

金魚の品評会は、あまり成績にこだわらないほうがよい。宇野仁松翁がいわれるように「優勝だけをねらって勝負するなら、ヨーイドンで走れば順位は簡単に決まる」。鑑賞はそのようなものではないので、今後とも、趣味者のつどいにふさわしい、味わい深い会として続いてほしいものである。『金魚を鑑賞するポイント』228ページ

そして、この本の裏表紙の一幅の画像は仁松翁であることが、全てを物語っていることをどれだけの人が気が付いていることでしょう。

Photo_2京都金鱗会審査風景(右側・仁松翁) 

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2012年6月14日 (木)

一人鑑賞会

仔引きも少し落ち着いたので三歳の鑑賞をば。

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会用の尾が付いた金魚は当歳の時にあげちゃったのでその残り。

尾が弱い分、頭と胴は良い感じに仕上がりました。

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端正な顔立ち。トキンが存在感を出してきました。この片親は顔が崩れていたんですが、もう片方の親はしっかりと肉瘤のあがった個体を使用しました。そしたらほとんど顔が治ってしまいました。(^_^;)

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まだ三歳なのでこれからどう変わりますか・・・

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2012年6月11日 (月)

近況報告

いや~今年は苦戦してます~(^_^;)

思った組み合わせが産んでくれませんのでブログ更新も中々気分が進みません。

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発泡スチロールまで出してとにかく採卵に必死ですが・・・・

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なもんだから鼻毛ちゃんもまだまだいっぱい居ます。

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受精卵の鼻くそ君もご覧の通り。

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さらに産卵直後、親を引き上げたところがこれ。波板を産卵床にすると楽ですよ。

とりあえずふんぺいは何とかやっております。

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