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2012年3月14日 (水)

お悔やみ 井上外喜夫氏

新聞のお悔やみ欄に井上外喜夫氏の死亡記事が掲載されていたそうです。2月8日死去。86歳。

晩年は後継者の方に会を引き継がれておられたかと思います。(石川更紗らんちゅう会)

定期的に緑書房のフィッシュマガジンに、『蘭鋳あれこれ』や『京都筋らんちゅう飼育考』など宇野系らんちゅうについての情報など皆無の時に精力的に寄稿され、何度も何度も読み返し一言一句見落とすまいとしていたのを思い出します。

この趣味をはじめた頃、フィッシュマガジン誌にカラーで掲載された氏の作出された更紗魚に胸躍らせ、いつかはこのような魚を作りたいと思ったことでした。そして毎年のように手取フィッシュランドでの石川更紗らんちゅう会の大会を見学したものでした。

長身の井上氏は一際目立ち、あちこちの品評会にお出でになっているのが遠くからでも確認できたものでした。晩年はどちらかというと、協会系のらんちゅうに傾斜していったように感じられ、あれほど精力的に執筆されていたことと、違和感を感じるようになったのは私だけではなかったのではないでしょうか。そんなことが惜しまれます。

全盛期には地方に多くの支部を擁していたと聞きます。近頃あまり消息を聞かないのは残念です。これも時代の流れというものでしょうか。

東京の百貨店の屋上で、“展覧会”と称して持魚を展示されたのも随分と大胆な行動だったように思います。関東に殴り込み?

井上氏は、全国の愛好家を精力的に訪問されており、必ずと言ってよいほど私の行く先々に既に足跡を残されていたのには驚かされました。研究熱心であられたのですが、反面、先々で魚を無心されていたようで、ある意味、宇野系とは違う方向に進まれたように思いました。

記事の内容で物議を醸したことも良く聞き及びました。そして勢力争いのような政治的な動きなどの生臭い話しもあったようですが、それは今思えば影響力のあるお方であったことの裏返しとも言えるのではないでしょうか。

金沢のご自宅にも一度お邪魔してお話しを聞く機会があったのは、もう10年も前でしょうか。らんちゅう専用の応接間に通されて、色々と貴重なエピソードを聞いたことが昨日のように思いだされます。

また一つ巨星が墜ちた気分です。宇野先生をご存知だった方が、また一人この世を去られました。どんどん当時を知る方が居なくなり、“京都筋らんちゅう”は失われようとしているように思われて仕方がありません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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コメント

井上外喜男さんが他界されましたか 直接的に故人との面識はありませんが私の家の近所のH氏(井上氏の知恵袋の方!?)の元によくいらっしゃっていた様でH氏が今日、金沢から金魚を取りに来る人があるやとおっしゃっていた事を思いだします。しかし故人がFM誌で展開された『マメらん』の話しは、真に宇野仁松のらんちゅうを極めて行こうとする人への侮辱ともとれる物でひいては宇野仁松の考え方を否定的にとらえて行く物であったと思います。あまりこれ以上をここでコメすると問題になるかと思いますがふんぺいさんが言う様な巨星堕ちると言う感慨は私にはありませんそれよりらんちゅうに見果てぬ夢を追い求めた方が亡くなられたんだなと思います。

投稿: ツネゴン | 2012年3月15日 (木) 09時12分

ツネゴンさん、こんばんは。
井上氏はある意味、私にとってはこの道の存在を教えてくれた恩人でもあるわけです。とは言え、現在の宇野系の混乱の一端は井上氏に責任があるのも事実でしょう。
その気持ち相半ばしながら故人を偲ぶのもありなんでしょうね!(*´ェ`*)

投稿: ふんぺい | 2012年3月15日 (木) 19時36分

久しぶりでコメントさせていただきます。
 井上さん亡くなりましたか。どういう肩書で死亡記事になったのでしょうか。関東の新聞にはもちろん掲載されていません。
 伊勢○屋上に駆けつけました一人です。遠方のため後にも先にも接点はそこだけでした。通販もおっかなくて問い合わせられなかったです。

 井上さんの投稿をFMで最初に見出したのはグッピーで有名な故筒井良樹氏だそうです。当時難しすぎるとボツ寸前だったとか。

 井上さんの魚は

投稿: 花やん | 2012年3月17日 (土) 09時00分

 すみません、途中で送ってしまいました。
井上さんの魚は京都系から入って独自の世界に入って行ったと私には見えました。デパートでお会いした時はすでに別世界の人のように思えましたが、魚が好きであったのだけは間違いないでしょう。秘かに尊敬していました。合掌

投稿: 花やん | 2012年3月18日 (日) 20時23分

花やんさん、おはようございます。
ご無沙汰しております。
肩書きは何だったかは判らないです。(^_^;) ネットでは北日本新聞に掲載されたようですが、実際の記事には当たれなかったんです。
筒井さんが見出されたんですか!
グッピーとらんちゅうは本当に切っても切れない関係だったんですね!
私の立場から言わせていただくと、「更紗」というものに重きを置くことによって迷宮に引きづり込まれてしまったのでは?と思うんですよね。

投稿: ふんぺい | 2012年3月22日 (木) 06時48分

何故、豆らん=宇野系なんですか?
小さくないと宇野系と認められないんですか?

投稿: みかん | 2012年5月15日 (火) 09時42分

こんにちは、みかんさん。
大きさは程度の問題なので主観が入ってしまいます。
宇野系といえども小さいわけではないですし、わざと小さくしているわけでもないんですよ。
形質を見極めるためには池に沢山飼って先行きを見ます。大きくする為に尾張りだけで選別すればすぐに魚は大きくなりますけど、その個体は大きいだけで次世代につなげる種魚ではないので行き止まりになってしまいます。
ある程度先行きが判れば大きくすれば良いだけの話なんです。
“宇野系は小さくなければならない”なんて言う愛好家は偽物ですよ。

投稿: ふんぺい | 2012年5月17日 (木) 18時01分

適切なアドバイスありがとうございます。

形質を見極めるために沢山残していられるんですね。自分も尾型だけではなく頭や他の部分を良く観察し種魚残します。

投稿: みかん | 2012年5月19日 (土) 13時49分

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