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2012年3月

2012年3月28日 (水)

『美女の骨格~名画に隠された秘密』--読書ノート

Img美女の骨格』青春新書 宮永美知代著

“骨格”という言葉と、聞きなれぬ“美術解剖学”という言葉に誘われて読んでみました。

らんちゅうを骨格から考えるとどうなのかのヒントがあるものと思って読んだのですが、思ったような内容ではありませんでした。むしろ西洋と日本の文化的な差異などを骨格から解き明かす方法などが印象的でした。

ルネサンスの実際の人体解剖は医師ではなく、まず、芸術家の手によってはじめられました。(66ページ)

解剖は芸術家が絵を描くため、彫刻をするために行ったとは驚きですよね。骨格に肉付けしてはじめて美は完成すると考えられたのでしょう。ダ・ヴィンチはそうまでして真の美を追求しようとしたのですね。

らんちゅうや鑑賞魚というものの美術解剖学的なアプローチが間違いではないことが本書で何となく類推されます。

肥満はブスか、美人か。

何をいまさらって命題なのですが、良く読むと違っていました。すごく納得しました。

西洋絵画で太った裸婦がしばしば描かれているのは何故か?それは当時は太っていることが美だったから。現代は空腹になることすらありませんが、当時は満腹するほど食べることは出来なかったんですね。唯一貴族だけが体に脂肪を蓄えるほど太ることが出来た。だから女性の必要以上に豊満な体形が美しいと思われたわけです。太ることが美の象徴であったわけです。

そういえば、平安時代の絵巻などの十二単の女性たちは、みな下膨れの顔立ちですよね。当時は痩せこけた女性ではなく、“太ったブス”が“美”の頂点であったのはあながち嘘ではなかったのでしょう。明日の食べ物にも事欠く時代、痩せた女性は当たり前、頬に脂肪を滴らせて肥満するほど稀少性が高く美しかったのでしょう。

つまり美とは、時代に左右されるものとも言えるのです。飽食の時代には痩せた女性に美を感じるように、時代背景をも感じ取ることが美を理解する上には大事なのだと思わずにはいられません。

かたや普遍的な美というものも実は存在しています。時代の波に晒されて、なおかつ残った美というものは、私たちを魅了するものなのだと思うのです。

まとめると、時代によって美しさの基準の変遷があったのだと思うのです。故に、時代に引きずられる美もあれば(それを“流行”と呼ぶことがありますよね)、時代を超絶する美もある。そうでなければ古典は成立しないことになりますよね。そのようなことを意識することによってはじめて我々愛好家も、正しくらんちゅうを見極めて行くことができるのではないでしょうか。仁松翁も陶芸家であったのですからきっと意識されていたはずです。

ここまで考えてくると、らんちゅうがただの金魚ではないことが判りませんか?

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2012年3月22日 (木)

たばしる

“たばしる”・・・なんか変な響き。ふんぺいはモンゴルの平原が見えて来てしまいました。

テレビ番組、『シルシルミシル』にてお取り寄せ和菓子で紹介されたとか。

すごい人気でお取り寄せは4月5月まで待って貰っているそう。

和菓子か・・・・嫌いじゃない。して、クルマで10分ぐらいの石山寺の横にある“茶丈 藤村”という菓匠とな。

ひょっとしてそんな人気なら店頭には無いかも。

平日の10時ごろ行ってみました。

有りました!店頭のお客さんは大切にしているのでしょうね。

じゃ~ん!

Img_0131

これが噂の“たばしる”6個入り1080円也。そして化粧箱入りは1200円ですぞ。

思ったより小さい。

左手に帯で

石山の石にたばしる霰(あられ)かな   芭蕉

な~るへそ。芭蕉の句から取っているのね。それも石山寺の名の由来になっている境内の岩に霰がぱらぱらと降る様をモチーフにしているわけですね!

一挙にモンゴルの平原から地元石山の地に戻って参りました。(^_^;)

さて試食。

Img_0129

ん~見た目は小振りの豆入り大福って感じなんですが、かなり重量はある。

がぶりとしてみると。

Img_0130_2

おお!羽二重餅に大粒の小豆がごろごろ詰め込まれているわけなのね。

底にはあらら、クルミがありますよ~。

こりゃ~小豆の食感とクルミの小気味よい歯ごたえと口の中で渾然一体となる美味しさと申しましょうか。なかなかの独創的な和菓子なわけだったのですね。

どうぞ一度お召し上がりあれ。

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“蘭鋳秘伝”の挿絵を読み解く

“蘭鋳秘伝”は昭和初期の作品ですが、数々の見逃せないポイントがあることは再三申し上げてきましたが、また一つ例に取って考察してみましょう。

Photo “蘭鋳秘伝”挿絵 緑書房刊

この挿絵の意図は、背下りの説明と、背なりを櫛に例えて理想とする背を具体的に示すものです。

当時のらんちゅうの優品を模写されて図式化されたはずなので、ここから色々と読みとれるんです。

背なりは櫛が理想型と従来言われていましたが、改良が進んだ結果、現在ではこの櫛背では通用しないと思います。図の櫛の高さの半分ほどでなければならないと思うのです。頭の付け根の背出し部分から盛り上がり、真ん中が頂点として徐々に背下りに移行するのでは、仁松翁に言わせれば「背が高こうおすな。種には使えまへん。」ってところでしょうか。(^_^;)

当時はこれで優品とされていたのでしょうが、現在もこのような背をしているらんちゅうは背が高いと言わざるを得ないでしょう。この図を良いと思ってはいけませんよ。

この図の見所はもう一つあるんです。

それは頭部の形状です。

よ~く見れば横見なんで見落とされがちですが、この肉瘤の付き方、尋常ではないんです。魚を横にしてこれぐらい見事な形状の個体は現在では中々観れません。

目下の側の張り出しが想像でき、さらに前方に腕を逆L字型に突き出したような吻端部分。さらに頭頂部の盛り上がり。そうトキンの発達の著しい型。こんな個体居ませんよね。自分の家の魚を横にして見比べれば判ることなんです。

当時、このような個体が存在したということです。

今は?・・・・・居ないでしょ?

何故?って思いません?

答えは簡単です。頭部の形状を疎かにしたから消失したんです。エサではこんなふうにはなりません。

この頭部を維持しつつ背を改良する。これが優秀なブリーダーなのだと思うのです。

図のような背を許容して頭部が消失した個体に満足しているのなら、昭和初期に逆戻りしていると言わざるを得ないと思うのです。

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2012年3月14日 (水)

お悔やみ 井上外喜夫氏

新聞のお悔やみ欄に井上外喜夫氏の死亡記事が掲載されていたそうです。2月8日死去。86歳。

晩年は後継者の方に会を引き継がれておられたかと思います。(石川更紗らんちゅう会)

定期的に緑書房のフィッシュマガジンに、『蘭鋳あれこれ』や『京都筋らんちゅう飼育考』など宇野系らんちゅうについての情報など皆無の時に精力的に寄稿され、何度も何度も読み返し一言一句見落とすまいとしていたのを思い出します。

この趣味をはじめた頃、フィッシュマガジン誌にカラーで掲載された氏の作出された更紗魚に胸躍らせ、いつかはこのような魚を作りたいと思ったことでした。そして毎年のように手取フィッシュランドでの石川更紗らんちゅう会の大会を見学したものでした。

長身の井上氏は一際目立ち、あちこちの品評会にお出でになっているのが遠くからでも確認できたものでした。晩年はどちらかというと、協会系のらんちゅうに傾斜していったように感じられ、あれほど精力的に執筆されていたことと、違和感を感じるようになったのは私だけではなかったのではないでしょうか。そんなことが惜しまれます。

全盛期には地方に多くの支部を擁していたと聞きます。近頃あまり消息を聞かないのは残念です。これも時代の流れというものでしょうか。

東京の百貨店の屋上で、“展覧会”と称して持魚を展示されたのも随分と大胆な行動だったように思います。関東に殴り込み?

井上氏は、全国の愛好家を精力的に訪問されており、必ずと言ってよいほど私の行く先々に既に足跡を残されていたのには驚かされました。研究熱心であられたのですが、反面、先々で魚を無心されていたようで、ある意味、宇野系とは違う方向に進まれたように思いました。

記事の内容で物議を醸したことも良く聞き及びました。そして勢力争いのような政治的な動きなどの生臭い話しもあったようですが、それは今思えば影響力のあるお方であったことの裏返しとも言えるのではないでしょうか。

金沢のご自宅にも一度お邪魔してお話しを聞く機会があったのは、もう10年も前でしょうか。らんちゅう専用の応接間に通されて、色々と貴重なエピソードを聞いたことが昨日のように思いだされます。

また一つ巨星が墜ちた気分です。宇野先生をご存知だった方が、また一人この世を去られました。どんどん当時を知る方が居なくなり、“京都筋らんちゅう”は失われようとしているように思われて仕方がありません。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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2012年3月11日 (日)

比良八荒(ひらはっこう)荒れじまい

琵琶湖西岸に比良山系があり、早春に強風が西に向けて吹くのを比良八荒(ひらはっこう)または八講と呼び、本格的な春の訪れを祝う祭礼と聞きます。

Img_0089 大津市から眺めた比良山系

昨日、通勤時に今年初めて鶯の声を聞きました。

「ああ、春だな。」

ジョギングで毎朝通る家の紅梅も見事に咲いているのに気が付き、

Img_0093

そろそろまた始まるなと身が引き締まる思いと高揚感に包まれています。

一年って早いですね。

こうやって趣味に没頭することのできる生活が当たり前として過ぎ去るのではなく、心から幸せであることを噛みしめつつ始動しようではありませんか。

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2012年3月10日 (土)

らんちゅうの法則をブレークスルーするために

金魚って言わずと知れた“魚種”ですよね。

魚である以上、餌を食べる為に動かなければならないんですよね。

動くということは水中を泳ぎまわらなければならないんです。つまり上手に泳げないと生き延びることができない。

従って生き延びなければ子孫が残せないということですよね。

ということは、個体ごとに生き延びる為にある方法を採用しているに違いないのです。

先人は、

頭が良ければ尾が弱い、尾を良くすれば頭が出ない。

これをらんちゅうの生理、または摂理と考え、らんちゅうの不文律として経験的に言い習わしてきたようです。

それをもう少し筋道立てて考察すると・・・・

フナやフナ型の和金などを上から見るとどうか?

上から見ると体高が判らない分、ある種ヘビやヒモのように細長く見えます。そして泳ぐときには、体全体をくねらせてあたかもヘビ?のような動きをして尾を左右にしなやかに振りながら泳ぐわけです。

フナから最も離れたらんちゅうは、フナや和金のような泳ぎ方をしません。上見では幅があるために胴体をくねらせることはできません。推力を出すためには尾筒から尾にかけてを振ることが唯一の手段となります。

尾筒を左右に振って推力を得ようとすれば必然的に左右に振りやすいように尾筒は“細く”なければならない理屈になります。よって上半身の幅がある個体は、下半身が細くならなければ泳げないことになります。さらに言うと、尾をくねらせて推進力を得るような仕組みになっているはずです(尾が弱い)。

尾筒が太く尾のみで泳ぐことが出来る個体が居るとするならば、推力を得るために上半身はスリムになっているはずです。つまり、尾で泳ぐ個体は頭部が小さく、なおかつ胴体もスムーズに水を押し分けるような紡錘形(フナに近づく)に変化しているはずとなります。

一方、頭が大きく発達した個体は、水の抵抗を受け水流を掻き分けにくく、そのような上半身では泳ぎに支障が出るはずです。泳ぐため(バランスを取るため)下半身以下尾はしなやかに左右に振れるように生まれてきているのだと考えられます。

放っておけば、らんちゅうはこの方向性に傾いて行くことになるということなら、我々愛好家がその法則性を知りつつ、遺伝の自然な方向性(フナに戻ろうとする)を阻止しつつ改良を加えて行くことが肝心なのだと判るはずです。

“フナに戻る”とは上記の意味が込められているのだと思うのです。

この法則性を知っていれば、遺伝をどの方向にブリーダーはコントロールして行けばよいのか理解できるのではないでしょうか。

宇野系や協会系などという枠組みを超越した部分でらんちゅうの本質を考えて行けば、気付くことが多いように感じるのです。

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