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2012年2月

2012年2月24日 (金)

月刊「囲碁」が休刊

時事通信 2月22日(水)12時50分配信

 60年以上の歴史を持つ月刊誌「囲碁」が、4月5日発売の5月号を最後に休刊する。発行元の誠文堂新光社が22日明らかにした。
 同誌創刊は1951年7月で、現在発行中の囲碁誌で最も古い。プロの一手一手を丁寧に解説する、付録の「名局細解」が人気だった。
 80~90年代には2万5000部を発行していたが、その後売れ行きが落ちていた。編集部は休刊の理由を「読者も高齢化しており、今後部数が持ち直す見通しが立たないため」としている。 
囲碁は将棋に比較して愛好家人口が少ないのは判ります。判りますが休刊が「読者の高齢化」ということが主な理由とすると、この出来事は我々らんちゅう愛好家も対岸の火事とするべきではないと感じるのです。
今色々なことが高齢化とともに減少、衰退しようとしています。趣味の世界などは多様化とともに一つ一つの趣味の人口が細分化されつつあります。愛好家人口が減少に転じた時にはその趣味の活力は失われ、加速度的に従事者が減っていくことを認識しないといけないのです。
多様化とともに全く正反対の画一化も進んでいます。若者の興味の範囲が狭まり文化や伝統に関心を持つことがなくなってしまっています。
農業、林業、漁業も高齢化が酷いですよね。文化的な事業も縮小傾向です。若い人の伝統的なものへの関心が薄いのは教育のせいなのでしょう。心を豊かにする芸術と親しむ機会を教えてこなかったことが大きな理由なのではないでしょうか。
歌舞伎のように隆盛に見えても、観客に若い人が少なく高い年齢の女性が主であることをもっと重要視するべきでしょう。今主要な観客があと10年20年したらどうなるかを。若い人に歌舞伎を観ようなんて思う人がどれだけいるか。
文化の担い手が減少していく世の中で、これからどうやって継続していくかを真剣に考えなければならないはずなんです。韓流なんかに現を抜かす若者に、少しでも日本文化に興味を持ってもらうように意識しなければならないのだと思うのです。

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2012年2月23日 (木)

京の冬の旅~妙心寺三門~

JRの駅のポスターに「京の冬の旅」キャンペーンで魅かれるものがあったんです。

非公開寺院がこの時期だけ公開になるんですが、こんなポスターで・・・

Img_0064

凛とした女性にも魅力を感じたんですが、極彩色の背景が気になって調べてみると、

妙心寺三門だそうな。はて?臨済宗の総本山の妙心寺?禅宗なのにこんな極楽浄土とどのような関係が。

ちょっと時間が出来たのでひょひょいとクルマでお出かけ。大津から京都までなら1時間も掛からないので、手軽な一人旅。

Img_0061

こんな看板があってこの看板を拡大すると、(楼内は撮影禁止なので)

Img_0062

おお!なんと凄い彩色なの?平安時代のものが残っているわけかと思ったら江戸時代だそうな。

それで外観は

Img_0060

妙心寺の建築物では唯一の朱塗りなのですね。他は禅宗らしい枯淡な建築物なわけで。ここだけ異質と言えば異質。

ここはほとんど公開されないそうで、3年ほど前に半日開けたぐらいで、普通は20年に一遍ぐらいしか公開されないそうな。道理で当時の色がそのまま残っているのはそのためなんでしょうね。

ポスターに魅かれてわざわざこの目で確かめたくなったんですけど京都はこんなものまで残っているんですね。それが非公開とは。そして自宅からそれほど遠くないところにあるのは仏像や建築物好きには有難いです。

妙心寺は他に見るところ一杯あるんですが、それだけ観て帰りましたとさ。

それにしても不思議な空間でした。

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日本らんちう協会と仁松翁

手元に『日本らんちう協会五十年史』ピーシーズ刊があります。

大変重厚な書籍で、この50年を振り返るには最適な資料です。巻頭と巻末に寄稿されている故光田実氏の格調高い文章は、それだけでも読む価値があると思われるぐらいです。興味のある方は是非入手されてはどうでしょうか。

この書籍は、役魚の写真や集合写真など、見れば見るほど発見がある書籍なんです。その一端をご紹介したいと思います。

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さて今回は、中でも日本らんちう協会と宇野仁松氏との関係を見て行くことにします。

Photo
上掲の集合写真は、昭和31年に東京の石川宗家養魚場で開催された日本らんちう協会第一回大会の時のものです。それを拡大すると。

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後列に石川亀吉翁、宇野仁松氏、そして桜井宏悦氏が見えます。何を隠そう宇野仁松氏は日本らんちう協会発足に大きな影響を与え、発起人の一人でもあったのですね。ふんぺいが注目するのは、宇野氏は当然としても桜井氏も同席していることです。桜井氏もこれだけ早い時期より宇野氏とともに上京されていたんですね。桜井氏は京都金鱗会において宇野氏の右腕として活躍され、桜井良平氏の伯父にあたる方なんですね。

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さらにこの集合写真は、昭和32年大阪たちばな旅館で開催された第二回大会です。

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こちらには松井佳一博士、亀吉翁、このブログでも何度も登場して頂いている山崎節堂氏、そして桜井氏、宇野氏。

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こちらは京都東本願寺枳穀邸での第五回大会のものです。

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宇野氏、松井博士、亀吉翁そして節堂氏のお歴々。
この並び方を見ると、宇野仁松氏が協会と深い関わりを持っていたのが見てとれます。ところが現在、協会において宇野仁松氏の業績に関して誰も顧みていないのは何故でしょう?残念なことにこの50年史においても宇野氏に関しての記述はありません。昭和55年を境に宇野氏は協会を離れることになるのですが、何があったんでしょう?らんちゅうの潮流のメインストリームに居たはずの宇野氏について何故記述されないのでしょうか?ここでは敢えて触れませんが、仁松翁はこれほどまでに協会や石川宗家との関係が深いことがこの写真を見てもお分かりになるでしょう。

ならば、らんちゅう界において、宇野系を傍流として考えることは理に適っていないことが理解できませんか?多くの一般愛好家が何故今宇野系らんちゅうを特殊に思わされているかを、今一度、振り返る必要があるのではないでしょうか。むしろ宇野仁松が亀吉翁の近代らんちゅうを正当に踏襲しているとも考えられなくもないんです。

一年一年の積み重ねが今を作っているはずなのですから、誰しもらんちゅうの歴史を紐解かなければ今を正確に把握することができないですし、未来は見えてこないはずです。文脈を知ることによってこれからのらんちゅうが見えるはずなんですよね。

単なるフンタンが出ただけの龍頭似が流行っても、今後それが持て囃されるか判らないはずです。つまり一過性のものとも判断できるわけです。その前後の文脈を知識として持っていなければそのうち廃れるかも知れないのです。その根拠をちゃんと知っていることが必要なんです。

今では日本らんちう協会の設立当時のことを誰も知ろうともしないのでしょうか。そのことに興味もない人ばかりなら、日本らんちう協会のレゾンデートル(存在理由)があまりにも希薄になってしまうように思うのです。多くの愛好家が事実を知ってらんちゅう界の行く末を考えて欲しいと切望するのです。

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2012年2月21日 (火)

“峰”を考える~私論~

胴について見てきたので、ついでと言ってはなんですが、関連項目として“峰”についても書いておくことにします。あくまで私論であって論理の飛躍があったり矛盾する部分があったりしますが、ご了承お願いいたします。

“峰”に関する認識が、個人や流派によって違うみたいです。言葉に託すニュアンスが違うものだから、それぞれ程度の問題として、必要以上にシビアに見たり、逆に見なかったりするのではないかと思うようになりました。

そもそも“峰”って表現方法は宇野系の愛好家だけみたいですね。宇野先生が“背なり”というか胴体を含む“背”の改良をしていく過程において、注意の必要なポイントとしてそのように表現したということのようです。(※宇野先生が直接そのように表現していたのかは不明です。ご存知の方は教えてください。あくまでふんぺいの推測です。)

宇野先生は、『二段背』や『二階建て』や『背のいやな肉』と表現されたことが活字に残っています。背の改良を意識したコメントであるのは明白ですね。

それを発展継承した中で、宇野先生が言ったであろう言葉が“峰”なんだと思います。いかにも言いそうですよね。あるいはそこを原点とすると、それぞれの個人が色々な思いを込めて拡大解釈したのが、現在の用語のニュアンスのかい離に繋がっているんだろうと思います。

現在の用語のそれぞれの意味あいを、語源を知ることによって相対化して、意識して使用すれば、皆さんの理解度が増すと思います。ですので少しお付き合いください。

“峰”という言葉の語源を紐解くと、

1.山の頂上

2刀の刃の背

3.物の高まった部分

とあります。

そして、同義語で“嶺”“棟”“尾根”“稜線”等があります。特に注目して欲しいのは、建築用語での“棟”は、以前ふんぺいがイメージしていた『切妻屋根型』と一致します。

以下に多角的に説明するとどうなるかを試みました。消しゴムを使ったモデルを作りましたので参考としてご覧ください。

1消しゴムを使った切妻型モデル

また、日本刀の用語の“峰打ち”はご存知ですよね。そう、刃と反対側ですね。これもふんぺいがイメージしていた“峰”と同等です。因みに、日本刀の用語での“峰”は“棟”とも言うそうです。要するに語源は一緒ということを物語っていますね。

Nihontou_steels_1_j
Nihontou_Steels_1_J.PNG
日本刀の断面図です。“庵”と“棟”がいわゆる“峰”にあたります。消しゴムモデルと同じですね。要するに、これが元々の“峰”のイメージなんです。

このあたりを説明しておけば、ならばらんちゅう用語においてどうかが理解しやすくなると思います。

さて、そもそも何故らんちゅうは“背”に拘りを持つのか?

らんちゅうの重要な改良ポイントが

1.背巾を出すこと

2.背を低くすること(扁平にすること)

3.フナから離れることを競うこと(改良指標として)

1と2は同じことなんですが表現が違うだけです。3は1と2とのレベルが違いますね。つまり3はその下の基礎になるレベルでの話しになります。

3に関しては、『何故らんちゅうは“金魚の王様”なのか?』に詳しいのでそちらを参照してください。

“峰”という表現は、先にも書いたように、おもに宇野系らんちゅうにおいて使用される用語と見受けられます。しかし、宇野系らんちゅう愛好家の共通認識として、どれぐらいのものが“峰”と認識されているかというと、正直、個人個人でバラツキがあるのは、上にも書きました。そして、愛好家による用語の混乱は、同時に入門者の混乱に直接繋がって、彼らがたまたま関わる会派(ネットではサイト)によって、偏った見方がスタンダードだと誤認する結果になっているように感じます。

1 峰:画像A】
手持ちの画像で説明しますね。そもそもフナ型の紡錘形の品種には、上掲のように背中に白い線が出ます。これを山で言うところの『一番高いところ』、つまり稜線の意味で“峰”と呼称しています。

それが転じて背鰭の無いタイプであるらんちゅうに当てはめて“峰”としたようです。従って“峰”でも2タイプあることになります。

A:フナ型体形の紡錘形の頂点を指す場合。【画像A】

  →Aがあって派生して以下Bという“峰”が連想されたと思われます。

B:背鰭のない以下のような骨格であるところの神経棘に由来する場合(痩せて背筋が見えている)。消しゴムモデルと酷似してますよね。【画像B】

Photo 峰:画像B】
以前にも掲載した病気でやせ細ったらんちゅう個体の画像ですが、柳出目金と比較すると理解しやすいと思います。Aは、形状として品種由来の“峰”ですが、Bは、骨格由来の骨と皮になった時にはじめて露出する“峰”です。宇野系愛好家は、ちゃんと肉が付いていて、なおかつ“峰”が出ている個体を、極論で刃先のような形態を揶揄して『切れそうな峰』と称したりします。すーっと一本の線が背筋を貫いていますが、普段健康な個体では、これほどまでに見立ちません。ここに肉が付いてくることを想像してみてください。

ところが、それでも背筋が薄っすらと見える場合があります。それが以下の画像です。背鰭の無いらんちゅうの場合、全ての個体が程度の差こそあれ、このような背筋の線を呈します。(特に飼育方法によって顕著に変化します。)

締め飼いといえども最低限の肉は付いてます。病的な痩せと、健康的でぜい肉のない筋肉質とは違います。この辺のニュアンスはなかなか判らないことなのだと思うのです。健康的な飼育をすると“色とツヤ”があるので判別可能です。

2 画像C】
上記の【画像C】で、背筋の線が見えているからと言って決して背が高いわけでもありません。峰からの傾斜があれば、光線の当たり具合でより顕著に線が見える場合もありますが(以下で説明)、餌で肉付きを良くしていない場合には、筋が見えやすく、一部の愛好家には“峰っけ”として嫌われたりします。上記の画像では成長するに従って消えていく傾向にあります。このような傾向の個体も早い判断で淘汰するのではなく、どのように変化するのか経過観察が必要と思います。

どんならんちゅうも本来このような“峰”があるのですが、これを如何に無くして背を抑えたように見せるかということが問題とされるわけです。この峰から軒(のき)までの傾斜角を無くすのに愛好家は四苦八苦しているんです。(もっともそこまで厳密に考えている愛好家はほんの一部ですが・・・)

ところで、上記の消しゴムモデルについてもう少し検討しておきます。

2 ライトが上から当たった場合【画像E】

ライトが上から当たった場合、このようにハレーションを起こして平面のように凹凸感が無くなって見えます【画像E】。表面だけでは判断できません。ご覧のように峰の線がほとんど見えません。陰影が飛んでしまっています。どのような個体でも色や光沢感によって魚の見え方はガラっと変化することがこれで見てとれます。画像での判断の難しさの一端が判ってもらえるかと思います。

3 ライトを横から当てた場合【画像F】

同様の消しゴムを【画像E】と比較して、この【画像F】のように横から光を当てると、影が出来て立体的に表現されます。このように立体的に見えることを“立体視”と言います。人は陰影によって立体感(凹凸感)を認識すると言えます。同じ物体でもこれだけ違って見えることが理解できると思います。人間の目の頼りなさは、こうやって例示されると、なるほどと納得できるのではないでしょうか。鑑賞に際して、このような目の癖を認識してはじめて“誤認”を排除できるのではないかと思うのです。

人は物体のグラデーションを感じて立体感(凹凸感)を脳で認識しています。従ってグラデーションが表現されていなかったら平面と判断してしまいます。二次元の画像(絵画)は本来二次元でしかないのですが、その中に三次元を感じているのは人の脳のはずです。立体視は実在しない錯覚なのですから、その問題をしっかり認識する必要があるのだと思うのです。

“見る”という行為は、網膜という平面に投影された画像を、視神経を通して脳で再構築していること。突き詰めると再構築する際に同じものを各人が見ているとしても、同じように感じているとは限らないという哲学的な議論まで視野に収めることになります。これは蛇足ですが、実際の鑑賞で役に立つわけではありませんが、仕組みを知識として持つことは重要だと思います。

さて、以下の画像をご覧ください。画像Cと比較して峰の筋が光っていません。峰の頂点はどちらかというとなだらかな曲線を描いています。

Dsc_1792
胴を考える~背を低く見せる~において図【e】が上掲の個体に近いです。肉の付き方が万遍なく体表に付いているので背幅感と太みを見せていますが、これから成長するに従ってまだまだ変化していくと思われる個体で、現時点では良く見せていてもこれからどうなるか見極める必要があると思います。

“峰”という用語を多角的に、そして使用者によって微妙にニュアンスが変化することを抜きにして、共通認識ができるように言葉と図などで表現してみました。まだまだ解りにくい所が多いとは思いますが、私の頭の中の整理の意味を込めて敢えて書いてみました。

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2012年2月20日 (月)

胴を考える~背を低く見せる~

引き続き胴について考えてみます。

松かさ病の実際において餌で膨らませた状態(病気の状態)と痩せさせた状態(治癒した状態)を見て頂いたので、らんちゅうの胴の本質の部分もある程度実物を見ながら説明できたのではないかと思います。

さて、らんちゅうにとって“背の低さ”とは、横から見て体高が無く、また上から見た場合には太みを見せることとなり、らんちゅうの胴としての理想形となります。そして魚が持って生まれた素質としての太みとは背幅であるわけで、痩せていても背幅が少しでもある個体を種魚として残す作業が次代に繋げる方法となるはずです。

しかし、そのような見極めをしながら仔引きをされている愛好家は皆無に等しく、ただただ感覚と経験だけで何となく仔引きされているのが実情ではないでしょうか。必然的に毎年ブレるので、出来不出来が極端に出るのはそのためです。

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背の一つの理想とは、【f】のように上から圧力を掛けて押しつぶしたような形状が表現されることと言えます。なかなかそのような型の個体は出てきません。背に平たみ感がある個体とはこのような個体を言います。但しその際に気を付けなければいけないのは、上から見て側線が見えたら腹幅も太みとして勘定されていることになるので、差し引いて考えなければなりません。

普通に注意深く見極めて種魚として使用していても【c】や【d】が精一杯です。背に屋根のような傾斜が付くのが大半です。その際、図のように三角形の頂点である“峰”部分の角度が広い個体を出来るだけ残すようにします。広ければ広いほど背が低く見えるわけです。

そして最終的にある程度肉を付けて【e】のような形状になるような個体を種魚として残していくことに専念します。

要するに、【d】→【c】→【e】→【f】と改良をしていくのが方向性と言えると思います。

いずれにしても慎重に【d】の型を外していって最終的に【c】のような個体とある程度“峰”が目立たないような肉の付け方が見せ方となってきます【e】。締め飼い(余分な肉を付けないように最小限の餌やりで魚の質を見極める飼育方法)といえども肉をある程度付けないと魚としての性質が見えてこないのも事実です。

見てきたように、単純に毎日大量に餌を与えて大きくすれば良いわけではなく、餌の量を加減しながら必要以上に魚を膨らませることなく形質としての理想の個体を残すようにする。この作業を仁松翁は延々と続けてこられたのだと思います。

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2012年2月19日 (日)

胴を考える~太さを演出するということ~

らんちゅうにとって頭部の次に大事な部位として胴が挙げられると思います。

私たちは、頭と胴の質の改良を優先して維持していないと、見所がない(味がない)尾だけ立派な到底らんちゅうと呼べない代物になってしまうと考えます。従って頭の次に胴の質について見て行くことにします。

胴の質とは、体高がなく背幅があることが良いとされています。上から見れば“太い”ものを良しとするわけですが、これが一筋縄ではいかない、ベテランでも見方が一貫しない(騙される)部分でもあるのです。

どこがそんなに見方が難しいのかと言えば、らんちゅうとは素質以上に飼育技術で見え方が変化してしまうので、胴などはそのらんちゅうの実力以上に太らせることによって擬似的に“太み”を演出することができるからです。

一般的ならんちゅうは、輪切りにすると、図の【a】のような形をしているわけですが、そのくびれを太らせることによってくびれを見立たなくすることが出来るのです。エサの与え方によって魚の見え方が変化するわけですが、この場合は本来のそのらんちゅうの持っているポテンシャルは【b】ではなく【a】の状態であることを知っていなければいけないと言えます。

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従って背幅のない細い個体を飼育技術で誤魔化すことができるのが“らんちゅう”でもあるわけです。“魚を作る”が行き過ぎて無闇矢鱈と機械的に餌を与えていれば・・・・

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上図のようにらんちゅうの基本である丸胴は出来あがってしまうわけです。これを人によっては“魚を膨らます”と言います。青の部分は全て本来そのらんちゅうが持っている実力ではなく作られたものなので、遺伝はしません。次代では本来持っている【a】の素質しか残らないので、どんどん太みのない個体しか残らなくなってしまうと考えるわけです。技術でカバーした個体が多いので「大関の仔に大関なし」なんてことがまことしやかに言われるわけです。

尾を維持して胴はエサで作る。そして頭はある程度吹いていれば良しとするというのが品評会クラスの魚であるわけですが、これでは次代に形質が維持できるはずがないと考えるのです。

ベテランでも、上図のような見掛け上の丸胴は比較的簡単に作り出せると言われています。一般の愛好家は、絶えずブロイラーのように太らせた状態しか見ていないので、素質について見抜くことができません。むしろ痩せさせて胴の質を見る訓練をしていないわけですから、本来の形質を想像することが出来ないので見分けられないのは無理もないと言っても過言ではないかもしれません。

魚が見える見えないは、以上のようなことを想像出来るか出来ないかなので、そのコツを知っていれば誰でも“魚が見える”ようになるものと考えるのです。

何故このようなことを誰も教えないかというと、らんちゅうをそこまで考えていないので知らない人が大半なのですが、なおかつ知ってもらうと困る人がいるから教えないのです。困る人とは、自分の優位性を担保しておきたい人、つまり競技性がエスカレートすると秘匿することによって利益を得ようとするから教えないのです。このような考え方は、アマチュアとしては、単にらんちゅうの発展を阻害することになりかねないものと私たちは考えるのです。

こんなことはみんなが知っていて、質の向上の議論をもっと高いレベルでしたいのです。愛好家の底上げをしなければ、これから愛好家人口が減る時代に対処できないと考えるのです。絶えず右肩上がりの成長をするような旧態依然とした考え方をしていてはいけないのは、この日本の社会構造だけではないのです。趣味の世界も同等と考えるべきです。

次回はもう少し胴についての私論をご紹介したいと思います。

【胴】関連記事INDEX
胴を味わう ―美の再発見―
胴の検証(転んでもただでは起きない)
峰って何??~胴を考える~
骨格のお話
峰って何?
丸胴が基本
痩せると・・・~らんちゅうの骨学~
神経棘をさらに考える~らんちゅうの骨学~
らんちゅうとトラフグ
峰について~馬の背~
らんちゅうの体形を考える~ピンポンパール比較論~
『金魚春秋』~読書ノート~
瘦身(そうしん)のらんちゅう~病魚で考察~

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2012年2月11日 (土)

観魚会と仁松翁

宇野先生と観魚会や石川宗家との関係を文章として記述しているものがほとんど無いようなので覚え書きとして少し書いておきます。

誰も指摘しないので見過ごしているのだと思うのですが、『蘭鋳秘伝』の冒頭に観魚会の番付が掲載されています。よくよく見ると宇野先生の名前を見ることが出来ます。しかも入賞されているのも発見することが出来るのです。

『フィッシュマガジン』誌に連載された井上外喜夫氏の「蘭鋳あれこれ」に仁松翁の会用出品魚についての記述があるのですが、そこには古くは昭和16年の観魚会において、三歳魚が西脇行司に入賞しているのを最高にして、それ以外目立った成績を納めていないと書かれています。

あたかも仁松翁の会での実績はそれほどでもなく、専ら裏方に徹していたような書きぶりに思われます。しかし、『蘭鋳秘伝』の番付を見ても、魚の入賞も確認できますし、当時ですら既に仁松翁は審査員に名を連ねていることが見てとれるのです。この資料からだけでも昭和初期に遡ることが出来るのです。審査員が積極的に持魚を持参することはあまり考えられませんよね。

当時にして、仁松翁は自ら会で遊ぶことを超越していたと考えられないでしょうか。

Img 『蘭鋳秘伝』観魚会番付

Photo 番付の審査員の欄に「宇野」の名が

独自調査では、昭和初期に京都金鱗会においても優等に入賞されている記録が残っています。要するに、戦前においてですら、仁松翁は“会で遊ぶ”ことに関しては卒業されていて、誰よりも早く次の段階、ステップに足を踏み入れていたことが解るのです。

仁松翁が、実績も鑑識眼も当代随一であったことがこんなところからも窺い知ることができるのです。

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2012年2月 8日 (水)

“味”再考~蘭鋳秘伝より~

『味の考察~蘭鋳秘伝より~』で“味”について考察しました。同じく再読してみると他の個所にも“味”についての記述があったのでもう少し考察してみることにします。

緑書房の『蘭鋳秘伝』は大郷房次郎氏の『吾輩はらんちゅうである』をベースにしていて、実は昭和10年代に出版されたものを復刻したものです。ですので、かなり古いものなので現代とは差し引いて考えなければいけないのと、それでもなお学ぶべきところが多いのを念頭に置いて読まれるべき貴重な書籍だと思います。

『吾輩はらんちゅうである』では、らんちゅうを一人称にして描かれており、物言わぬらんちゅうからの視点であるだけにユニークで今でも斬新と言っても良いのではないでしょうか。

太いばかりが吾々ランチュウの生命ではない。それには味を伴った太いものでなければならぬ。味を抜きに只太いものなら幾らでも出来る。そんなのを藷(いも)と言うんだ。素人の内は太いもの太いものと騒いで、藷を売り付けられて喜んでいる。気の毒なもんだ。尤もランチュウの味が解る迄になるには、相当の研究も要るし、相当の犠牲も要るだろう。何となれば、味は欠点(疵)の様に教えられて直ぐ解るものではない。味には型がない。従って拠り所がない。吾々の型が各種各様に異なれると同時に、味(貴品、長所)もその魚の型によって、趣を異にする。こればかりは鑑識の卓越した先輩の指導を受け、各種の魚を比較研究するより止むを得まい。味が解るようになれば、例えて言えば、無疵でも味がない魚は持てないが、少しは疵があっても味があるから持てる。味があって無疵の太いものなら最上の魚だと言う事になる。故にランチュウの生命は、太いよりも何よりも味だと言う事ができる。P44

らんちゅうの口を借りて作者の大郷氏は『只太いものなら幾らでも出来る』と豪語されているのには驚きです。本当はそれも簡単に出来るものではないんですけどね。(^_^;)

ここでも、優秀な先輩に指導を受けながら、数多くの魚を見る経験と実践が“味”が解る王道と結論付けています。

深読みすれば、“味”が解るようになれば疵など関係が無くなるとまで言っているわけです。無疵が良いわけではないことをこれだけ明言されると、会用至上主義の愛好家はきっと耳が痛いことだと思います。

私は“味”が解るためには、日ごろから芸術全般に親しみつつ、美へのセンスを磨くことが意外と近道なのではないかと思うのですが。

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2012年2月 5日 (日)

松かさ病の実際

松かさ病や転覆病は水温が下がった時に起こりやすい病気とされています。

ご多分に漏れず我が冬眠中の池を覗くと、あらら!やはり松かさが出ています。

そこで一念発起して治療することにしました。放置することも多いんですけど・・・・

治療前の状態をご覧ください。もうパンパンになってますよね~。鱗もささくれ立っているのが判りますね。

発泡スチロールに清水を満たして、塩と薄めのメチレンブルーとエルバージュを入れて様子を見ました。水温は常温(屋外なので10度以下)で1週間ほど観察しましたが何も症状に変化はありませんでした。

Rimg0006

そこで、ヒーターを投入して20度に設定。なんと1週間で以下のように改善されました。

Rimg0013

いかがでしょうか。同じ個体とは思えませんね!小さい個体はこれも松かさでしかもポップアイ症状が出ていたんですが治っちゃいました。

すなわち、松かさ病は昇温がある一定の効果があるということなんでしょうね。

これで改善しなければ次の一手を考えていたのですが、松かさ病の検証は以上で終了と相成りました。

一つ感じたことなんですが、病気といえども肉が付いた幅のある胴と、痩せて締まった胴の違いが一目瞭然で、同様に、餌で太らせる個体とそうではない個体というものも想像できるんじゃないかと。

同一個体でしかも一週間でこれだけ変化があるのも驚きですが、一つの松かさ病の実践として参考になるのと同時に色々と考えさせられる結果だと思うのでした。

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2012年2月 2日 (木)

“鰓深い”の真実

『図解らんちゅうを分析する~その1~』で図示しながら“鰓の後退”について見てみました。図のようならんちゅうを一部では“鰓深い”個体だと勘違いする愛好家が多いと聞きます。しかし、そのような個体しか見ていなければ勘違いするのは仕方ないことなのだと思うのです。

逆に言うと、“らんちゅうの本質とは何か”という魚の良否を判断する真摯な勉強をしてこなかったら、そのような“鰓の後退”した個体を“鰓が深い”と称して誤認することになるのだと思うのです。

または、意識して注意深く改良して来なかったら形質として“鰓の後退”した個体しか出現しなくなってしまうのだと思います。つまり“フナに戻る”ということ。

じゃ、本当に“鰓深い”個体とはどのようなものか?

画像をお見せしましょう。
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1990年代、京都らんちゅうの会の藤井四朗氏の魚です。これが“鰓深い”魚なんです。目の後ろから鰓の後端までが異常に距離がある個体。これが本当の“鰓深い”らんちゅうです。頭の終わりの部分が頭方向にΛ字型に切れ込んでませんよね。それだけ頭部が大きいんです。(※詳細は『金魚三昧第二号』の「京都らんちゅうの系譜」をご覧ください。)

鰓が後退すると実質の頭部の面積は小さくなります。小さいということはフナにより近くなってしまっていると解釈できます。背出しが低いこともこの画像一枚で判断出来るんです。

実は私も“鰓深い”らんちゅうをこれまでこの目で見たことがありませんでした。去年ある会に出ていたのがそれらしいと思われましたが、それほど稀少なものなんです。おいそれと“鰓深い”個体にはお目にかかれないんです。

宇野系でもそれほど珍しいものなんで、ましてや一般のらんちゅうでお目にかかれるはずがないと思うんですよね。

ところで、この理屈っぽい机上の空論を弄するブログが気になって仕方がなくて、ご覧になっているネットの住人の方達も多いようです。そんな親愛なる諸兄も、単に宇野系を狭いマイナーなセクトだと勘違いして排除するのではなく、広く深くらんちゅうを勉強しようとする姿勢を大切にすれば、いずれ見えてくるものがあると思うのですが。

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