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2011年11月

2011年11月28日 (月)

『蘭鋳花傳』を読み解く~4~“選別の真実”

今回は選別についての文章をピックアップします。

寺崎 選別でいちばん気をつけないといかんとこは・・・・。

宇野 全体的に見て金魚の善し悪しを決めないといけませんな、二匹や三匹ではいけませんな、今選別がこまかくて、早すぎるのとちがいますか。えらがはやるせいで、早よすかそうと思われるのかどうか知りませんが、やっぱり大きくするということが主になってるでしょ。捨てておられる金魚にええのがおるに決まってます。

寺崎 先生はキズでハネずに、金魚ぶりでハネろとおっしゃってますね、なかなかそれがわかるのが・・・・。

宇野 今でも審査員たくさんおられますけど、それ私が説明しても、のみこんでくれる人ないですもの。  P231

従来の選別は、

(1)早く大きくするために選別を早期に実施する。単純に一個体にあたる餌量が増える為成長が促進される。

(2)稚魚を詰めて飼うと水質変化などで病気にしやすいので数を減らすことを目的にする。

この二点の理由でどんどん選り分けるのが良しとされます。その先には、秋に品評会で競うことを主目的にしているので、期日が決まっているその日までを逆算して飼育するわけです。選別が遅いと会での基準になる大きさまで成長しませんので、結果として早期の選別が必要となるわけです。

早期に数を減らして飼育するのは、数を残して飼育する方法と比較すると格段に簡単です。全てに目を行き届かせることの困難さは、数を残して飼育するとその難しさが良く判ります。

小さい時に選別するとなると、本当は山のものとも海のものとも判らないうちにハネ出すことになるので、宇野先生は『捨てておられる金魚にええのがおるに決まってます。』と警鐘を鳴らしておられるのです。

米粒ほどの稚魚の段階でハネる基準は何か? 尾でハネるしかありませんよね。結局キズでハネるしかないんです。これを機械的にしてしまえば、尾が悪くても他の形質がズバ抜けている個体は全てハネ出されてしまいます。(※種として使う個体のキズが、直接その仔に遺伝するとは限りません。尾のまくれや尾が弱いからと言って、次世代全てがそうなることはないので、致命的なキズとは言えません。これは仔取りを経験すれば理解出来ると思います。要は、遺伝するかしないかのキズを見極めることです。)

つまり、結果的に品評会に持って行く個体は残りますが、種としての個体は残らないことになるのだと思うのです。

宇野先生は、全く違う次元で「金魚ぶりで見ろ。」と「全体的に見ろ。」と仰っています。一腹全体を見渡して、出てきた稚魚の傾向を見ること。そして良い傾向と悪い傾向を見定めて選別を加減しろと仰っているのだと思うのです。その一腹の傾向というのが“金魚ぶり”であって良い方向=遺伝形質が残っているか否か、ということが問題となってくるのだと思うのです。

品評会を主目的としている大半の愛好家は、良くも悪くも尾から選別に入るので、尾以外の形質が残らない確率が格段に上がっているということに、どこかで気付くことが大切なのではないでしょうか。

結果的に尾で選別しても、最終的に会で使用できない個体が種となるか、それなりに残した中で最も形質が発揮されていると思う個体を種にすることになります。しかし、尾でふるいに掛けているので、他の形質は一段も二段も落ちていることに、理論上なってしまうので、遅かれ早かれ、次第に頭や胴の形質は失ってしまうと考えられます。

『会用の個体を育成する飼育方法』と『種用に魚の形質を残す飼育方法』とは違うことを明確に意識しないと、宇野先生が残してこられた形質は消失してしまうのではないかと思うのです。

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2011年11月25日 (金)

宇野先生の肉声より~馬の背ほか胴について~

この時期、魚の世話が無くなり、専ら金魚談義か資料調べなどをして過ごします。

宇野仁松研究をライフワークにしていると、皆さん昔の資料を託して頂くことが増えて、何とか私も形にして後続の方に遺しておきたいと思うのですが、中々そのような機会が無いのも現実です。

まとまった形で発表するのもまだまだ先になりそうなので、それまでのつなぎと言っちゃなんですが、少しずつ当ブログでも虫干ししておくことにしたいと思います。

さて今回は、和歌山錦鱗会における、宇野先生の品評会での審査評を録音したものからのピックアップです。ご提供いただきましたY氏には御礼申し上げます。

それから、これはいつも私が言うこっちゃけど、尾がだんだん大きなって、背中がみなモコ~っとするんですわ。
これは日本中言うとんのです。あんまり背の高いものを種に使うなってね。

それが気を付けてもらわな。横にしてごらんなさい。幅が広うてしょうがないんですわ。どの金魚つかまえてもそうですよ。・・・・・〈馬の背の話し〉〈屋根互いと谷あい〉〈金魚が平とう見えます〉 らんちゅうは平とう見えるんがいいんですさかいね。

馬の背ではあきません。これみんなです。:昭和51年(先生77歳)

宇野先生は一貫して主張されていたんです。その要点を以下に記します。

(1)らんちゅうは尾がだんだん大きくなる。←注意が必要

(2)背が高くなる。横にすると幅があるのは駄目。要するに体高があるのは駄目。

(3)“馬の背”は駄目。

(4)屋根互いと谷あいが見えるのは駄目。つまり輪切りにしたら雪だるま型は駄目。

などなどが読みとれます。

“馬の背”に関しては、愛好家によって正反対の意味で使用されていたりして混乱していましたが、宇野先生は明確に否定していたのが判るかと思います。

また背に関しては、“ボラ背”という言葉をある愛好家の方からご指摘いただき、「ボラのような平たい背=ボラ背が良い」という言葉が以前より使用されていたそうです。“ボラ胴”とはニュアンスが違う使用方法だったようで、ここに特記しておくことにいたします。

宇野先生は、“屋根互いと谷あい”という表現方法で雪だるま型に関しても既に発言されておられたんですね。

宇野先生のらんちゅうらしさのポイントとしての胴の観方は、以上のことが必須なんですね。なんと言われようともこれだけ明確に指摘されているんですから、胴の観方を軽視するような考え方をされる宇野らんちゅう愛好家はどこにもいないとは思いますが、万が一居られたら認識を新たにしていただきたいと思います。

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2011年11月21日 (月)

『蘭鋳花傳』を読み解く~3~“匁と大きさ”

寺崎 昔の金魚はやはり小さく、うまく飼ってたから。
宇野 もう六歳になると、小さいことありません。今の金魚と同じくらいですよ。今の金魚のぼてっとしたあんな大きいのはいませんけどね。やっぱり八十匁、九十匁になりましたもんね。 P216

ここに出てくる“八十匁(もんめ)”という重量の単位を聞いて即座にピンと来る現代人は少ないでしょう。
親魚で八十匁・九十匁とはどれぐらいの重さで大きさになるのでしょう。

今、我々が飼育するらんちゅうに換算するとどうなるか?
これを実際に計量して比較してイメージすることにしました。

匁=3.75グラム(五円玉の重量)とのこと。
80匁=300グラム
90匁=337.5グラム
 
となります。
さて、それではうちの親魚と重量を比較して大きさを想像することにします。
計量方法は、少し工夫が必要です。なんせ相手は水の中の生物。計量器に水を切って置いて計量するのは少し憚れます。そこで以下の方法で計量することにしました。

1.プラケースを用意する。

2.適当量の水を入れる。

3.水を入れたプラケースを計量器に載せて総重量を量る。

4.そこに金魚を泳がせる。

5.差し引きの重さが金魚の重さとなる。

但し、うちのハカリは料理用のアナログで、目盛も大きいので厳密には計れないことをご了承願います。

1

プラケースと水の重量は900グラム。

3_2 

大きさは判りやすいように手と比較してください。

2_2 

うちで最も大きい親魚をプラケースに入れると・・・1050グラム

よって差し引き約150グラムが個体の重量となります。

で、

親魚で150グラム。つまり40匁。

ということは、当時(昭和40年代後半)の親魚はかなり大きかったということが想像に難くありません。個体差があるとしても標準としてはそれぐらいであったと考えてよいかもしれません。協会系とか宇野系とかのカテゴリー分けの無かった時代。

宇野先生の池でもある古老に聞くと「下駄みたいなのが泳いどった」そうなので、あながち遠くは無いことなのかもしれませんが、“京都の魚”は一般のらんちゅうより小振りだったと聞きますので、想像ですが、50匁~60匁ぐらいだったのが多かったのではと個人的には思っています。

いずれにしても、当時と現在の点を線で結ぶ作業をして初めて、誤解なく私たちは歴史的に真のランチュウを学ぶことが出来るのだと思うのです。

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2011年11月17日 (木)

『蘭鋳花傳』を読み解く~2~“背について”

以下の文をお読みください。

寺崎 ランチュウというのは、背が高くなろうとするわけですか。

宇野 そう、背びれが大きなってくるんです。それが肉がつつもうとしよるの。さし込みをつつんでかくすのと、背びれのあとをつつんで隠すのは、ごく新しい遺伝ですね。
何千年、何万年というのやないです。松井先生に、私はそれを顕微鏡でずっと観察したんを一ぺん写真に撮ってくれというて、頼んでたんですがね。あれは産まれたときに背びれの低いのがあるのやろと思うんです。それが肉がもどってきてつつんでくれるんです。


寺崎 そうすると背尾の低い・・・・・・

宇野 上に平たみのあるのね。横にして背の低いのがいいわけですね。 P224

奇しくもこの発言には多くの示唆が含まれています。読みとれるポイントを列記してみましょう。

1.ランチュウは背びれを隠すように肉が付く。=背が高いのはその名残

2.差し込みも同様。そして背びれと連動しやすいことに気が付いておられる。

3.上記は顕微鏡で胚の時期に観察が可能のようである。

4.松井先生との関係の親密さが窺い知れる。

5.背は平たみがあることが良しとされていて、なおかつ体高が無い個体が良い。

脊椎動物である人間を含めての生物は、受精卵から進化の過程を辿って今の形体が形成されるそうです。その発生過程において、背びれがあった時期を通過して背びれがやがて退化する過程を観察できることを示唆されているんですね。

さらに対談が発表された当時に、背びれと差しの関係を指摘されているのには驚きです。私も読み返してみて気が付きました。

引用部分から、宇野先生はやはり金魚学の泰斗である松井先生との交流が如実に窺い知れる文章でもあるわけです。

胴の質に関しても当時の段階で、背の低さや“平たみ”という言葉を使って背幅の重要性を明確に論じられていたのが判ります。このことをどれだけのランチュウ愛好家が意識しているのでしょうか。丸胴の話しやボラ胴のことをしきりにふんぺいが申し上げている理由はここにも明示されていると言えるのではないでしょうか。

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2011年11月 2日 (水)

好きなことと学ぶこと

中学、高校時代、数学は大の苦手だった。

因数分解ぐらいでつまづき、それ以来今日まで数学というより数字が嫌いになった。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い方式だ。

同様に、化学、物理、生物は一切興味も無かった。全てに数学が絡んでいるから。

かくして理系を侮蔑する文学青年となってしまったのも当然と言えば当然だった。小説、ノンフィクションやカルチャーから哲学書に至るまで、今でも読み漁る癖だけは文学青年をしていたお陰だと思っている。

ところが、何の因果か趣味を金魚なんぞにするものだから、生来からのヲタクの悪癖で、とことん突き詰める性分は、生物も化学も数学も学び直す道を選択することとなった。

生物。 生物といえども遺伝学などは数学は出てくるし、嫌いな化学式も無関係とは言えない。全てが連関して迫ってくることに気が付いた結果、五十の手習いよろしく、中学の数学から勉強し直す気になったのはおよそ三年前。数学の素養はやっぱり無いようだが、それはそれなりに面白さも見つけることが出来たのは収穫だった。

高校の生物は赤点ばかりで、一向に興味をそそられるものは無かったのに、今となっては私の引きだしの基本情報は、全て独学で30代の後半から仕入れたものばかりだ。お陰で論文まで読破できるまでの力は付いたように思っている。

翻って己の書く文章は時として、毒が含まれていることも重々承知している。いつも読み手の読解力をどこに設定するかを考えて書くことにしている。それとよく読めば、必ず断定的な書きようはしていないのに気付くはずだ。たとえ断定的な書き方があったとしても、それは読む者に注意喚起しているのだと思って欲しい。深読みをすると文章の裏側の真意が汲み取れるものと思うのだが。

文章というものは、前後の文脈が重要なのに、画像など視覚に訴えるものしか見ないとしたら、一般の愛好家にしてみれば、このブログはなんともヘンチクリンな内容で、妙に漢字が多くて判ったようで判らない理論をこねくりまわすわけだから捨て置きゃいいに決まっている。

さて、らんちゅうのお陰でプライベートは充実していると言っても良いかもしれないが、一文の得にもならないブログで、お節介なご説を滔々と述べることが果たして生産的なのか?ただ単に自己満足に過ぎないのかもしれないと思うとブログの存在理由は?と改めて問いたくなる。

全く思いもよらぬ場所で、目を輝かせて「いつもブログ見ていますよ。」なんて声を掛けて頂くと、少しでもそのお方の趣味を豊かにする一助になっているのかもしれないと思って変な使命感が沸々とわいてくるようなこともある。

ブログネタもそのうち枯渇するに決まっていると思っていたが、未だに多くのネタが待機しているのを見ると、らんちゅうは一生掛かっても語りつくせないほどのものなのだと痛感せざるを得ないし、更新を楽しみにしてくださる方々には安心して頂きたい。まだまだ当分は大丈夫!

いずれにしても、好きなことを一生好きでいられることの素晴らしさ(@福岡伸一)。 これが全てなのかもしれない。そのためにいくつになっても学ぼうとする姿勢が大切なのだと思うのだ。

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