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2009年10月

2009年10月31日 (土)

らんちゅうをパラダイムシフトする

引き続き、『傷は絶対消毒するな』からのお勉強です。

この書籍の中の重要な概念として「パラダイムシフト」があります。パラダイムとは、トーマス・クーンが『科学革命の構造』で提唱した概念で、主に科学について考案されたものです。トーマス・クーン自体はあらゆる分野にこの概念を敷衍させて説明することを嫌ったみたいですが、便利な概念なので社会科学全般で使用される用語となっています。

さて、「パラダイム」とは、「ある時代や分野において支配的な規範となる【物の見方や捉え方】」でその時代の人々が皆正しいと信じていたこと、です。

パラダイム転換の現象としての事例では、コペルニクスの天動説から地動説への転換やダーウィンの進化論が挙げられますが、著者は、「何故彼らが全く新しい考えに到達できたかというと、現実に起きている事実に対し、先入観を持たずに虚心で観察したから」と分析しています。

旧パラダイムから新パラダイムへの移行。これは旧パラダイムの住人(専門家)にとっては並大抵のことではないんですね。「自分の専門知識に疑問を抱くのは専門家として人を指導する立場にある人間にとっては一種の自殺行為」になるから。まさに宗旨替えは無理ということですね。人生を否定することになる・・・

また、「新しいパラダイムは素人は受け入れやすい」ということで、素人にはそのようなアイデアも多くのアイデアの中の一つに過ぎないからと説明されています。

パラダイムシフトの仕組みは、

新しいパラダイムの提唱(誰かが発見するか言い出す)
              ↓
        次第に広まる
              ↓
次世代の旧パラダイム専門家予備軍の供給が無くなる
              ↓
旧パラダイムの集団が減少する
              ↓
旧パラダイムの専門家が自然死による消滅
              ↓
     パラダイムシフトの完了

となるのだそうです。要は死ななきゃ治らないってこと???

ふんぺいはらんちゅうにもパラダイムのシフトが起こりつつあるのではないかと思っているんです。詳しくは説明しません。推して知るべしとします。(^^;)

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2009年10月29日 (木)

お山の上は

比良山系 武奈ヶ岳に行ってきました。最近すっかり体重が増えてしまったのでダイエットの為に山登りを毎週行くことに。

山の上はもう紅葉していてとっても綺麗です。緑、黄色、紅などの色が乱舞してまさに錦絵を見ているよう。

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091029_1152091 武奈ヶ岳(右)

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細菌を排除するという考えはどこから来たのか

『傷は絶対消毒するな ~生態系としての皮膚の科学~』 夏井睦 光文社新書を読了しました。

かなり面白かったです。「傷治療」というものが医療の中でどれだけ遅れているか、ということを判りやすく解説しながら、色々な分野にあてはまる「パラダイムシフト」という概念を導入して説明しているのが印象的でした。

第一章 なぜ「消毒せず、乾かさない」と傷が治るのか
第二章 傷の正しい治し方
第三章 ケガしたら何科に行く?
第四章 私が湿潤治療をするようになったわけ-偶然の産物
第五章 消毒薬とは何か
第六章 人はなぜ消毒し、乾かすようになったのか
第七章 「化膿する」とはどういうことか
第八章 病院でのケガの治療-ちょっと怖い話
第九章 医学はパラダイムの集合体だ
第十章 皮膚と傷と細菌の絶妙な関係
第11章 生物進化の過程から皮膚の力を見直すと-脳は皮膚から作られた!?

私たちが単純に「消毒薬」というものを使うときのその仕組みなどが書いてあるんですが、
「消毒薬とは、物理作用・化学作用でタンパク質に変性を起こし細菌を殺す」というのは、なるほどと思いました。細菌の細胞膜を熱で変性させたり、色素が何故殺菌力があるかというのは、色素とタンパク質が結合して変性するからということなどは、どこにもそんなこと書いてありませんよね。目から鱗です。メチレンブルーや過マンガン酸カリなどの色素剤がなぜ治療薬なのか前々から疑問だったんですよね。

この本の特筆すべきは、無闇に消毒してはいけません、消毒は結局、人間が本来持っている治癒力を阻害してるだけです。人間と細菌は共生関係にあるのであって排除するという考えは間違ってますよ。ということを判りやすく説明してくれていることです。

「病原菌(細菌)は人類の敵」という強烈なメッセージの総本山は、パスツールだそうです。そのパスツールの信念が未だに我々の脳裏にこびりついて、特に日本人の潔癖症は細菌を排除するという風潮を生んでいるのです。

是非ご一読を! 次回はもうちょっと突っ込んでこの本を考えます~

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2009年10月28日 (水)

メガテン君通信7

晩秋ですね!

もうすぐ品評会シーズンも終わります。あなたの感動力は発揮されましたか?

わがメガテン君もすっかり大人びて来ましたが、あんまり変わり映えしませんねえ~
Dsc_4962
当歳の頭はこんなもんでいいでしょう。変に角張るより将来性があるかも・・・

そうそう、水温が下がるとこんなことになる場合があります。
Dsc_4963
水温が下がって尾がひんまがっちゃったってわけじゃないですよ。(^^;)
尾鰭が黒ずんでますよね。これって病気じゃないですからご心配なく。『黒ソブ』と言います。暖かくなれば消えます。但し、水質管理が悪かったりすると出易かったり、個体が小さくて抵抗力が無いときに多く出る場合がありますから管理方法を再考してみてください。

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2009年10月21日 (水)

沈黙は金か

ふんぺいは執筆活動をしている関係上、一つの事柄に関しても出来る限りの公平性を保つため、利害関係にある対立する二者がある場合、どちらの意見も聞くようにしています。

公開した文章に対してのご批判に関しても甘んじてお受けして、今後の文章に反映させたいと考えています。より精度を高めて事実を検証したいと思っていますが、如何せん、手弁当で趣味の範囲内でやっているものですから限界も生じます。機会が無くてお話しがなかなか出来ない方や、過去を詮索することを嫌う方もいらっしゃるようです。

出来る限り、文章に関しても表現方法を吟味して書いているのですが、一度活字になると訂正は容易ではありません。だからと言って誤解や誤謬を恐れて何も表現しない、書かないということでは何も始まりませんし、その時点で判り得たことを公開しないのは信義に反すると思っています。

少なくとも知りえたことは公開するべきですし、一部の方が特権的に情報を独占することにはアマチュアである以上ナンセンスだと思っています。調査した中で信憑性のある事実に関して、事実が一部の方に都合の悪いことだとしても、大多数にとっては大いに利益になりうると判断できて、なおかつ客観性があればそれは公開するべきと思うのです。

書くことによっての批判はどうしてもあるものと思っています。波風のない池に石を投げ入れれば、当然波紋は起こります。石を投げ込むという行為を誰かがしなければ、現状の宇野らんちゅうは、次第に衰退していくのではないかという危機意識を持っています。放置しておけば状況は何も変わることはないでしょうし、いずれ飼育者が減って大阪らんちゅうのように絶滅してしまうことになるのは必定だと考えます。

決して「沈黙は金なり」ではないと思うのです。黙っていれば良いというような時代ではないはずです。問題提議をすることによって隠されていた本当の事実が発掘されることもあるだろうし、そのような作業を丹念に積み重ねるべきなんだと思うのです。

宇野らんちゅうの知名度が上がれば当然便乗する輩も出てきます。それをより正確な情報を絶えず発信することによって阻止しながら、より正しいと思われる方向性を例示していくことが何よりも大切とふんぺいは考えるのです。

全てのことに「裏を取る」という取材姿勢は大事ですが、だからと言って大枠で正しいことを瑣末な表現方法に左右され、書き損じることのほうが損失は大きいと考えます。当然、読む側の読解力も試されているということをお忘れなく。何よりも宇野らんちゅうの正常な発展にとっての大義を優先するべきと考えるのです。

「こんな考え方もあるよ」「おまえの考えは違う、本当はこうだよ」という建設的な意見の応酬が何よりも大切なのではないでしょうか。そして、謙虚な態度。無知による傲慢が最も扱い難いんですよね。厄介なのは、凝り固まってイデオロギー化してしまった教条的な“らんちゅう至上主義”なのだと思うのです。

基本的にネットの情報は即効性のある表面的なものが大半です。吟味された体系的な信用度の高い情報は、どちらかというと、出版という媒体に譲るものと考えます。ネットでの匿名性が真摯に趣味を追求する愛好家の思いを台無しにしていることに早く気付くべきではないでしょうか。

宇野系らんちゅうの健全な発展とはいかなるものなのか?

これだけ情報が氾濫している世の中において、正当な理由なしに情報を遮断するのはナンセンスです。情報を公開する姿勢を示さない限りにおいては、当事者は不利になるのに決まっています。だからこそ以前の社会(趣味の社会といえども)のように『知らんぷり』や『沈黙』を守ることは決して得策といえないのです。自分の正当性を主張したいのであれば積極的に語ることが必要でしょう。

一部の会派のみに偏ることのないような目配せをしながらの活動をしていますが、宇野らんちゅうの会派の垣根を越えて横断的に俯瞰できる目線で多くの方にその存在を認知してもらう必要があるのでしょうね。まだまだ足りないことばかりです。

ですので、ふんぺいのスタンスを是非判って欲しいと思っています。賛否両論を恐れずに発言することを通じて、全ての宇野らんちゅう愛好家に容認していただきつつ、共通認識を構築して次のステップを踏む。これが進むべき方向なのではないでしょうか。

今の場所に安住しているとらんちゅうはフナに戻ってしまうのに決まってますから。

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2009年10月18日 (日)

日本愛らん会見学

品評会シーズンも中盤に差し掛かりました。

本日は、日本愛らん会見学です。

Dsc_4881 参考魚です。こぼれ落ちんばかりの肉瘤

 

1_2 二歳優等一席 上品な丸みを帯びた体型が印象的ですね。

本日も知り合いとずっとお話しばっかりでした。

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2009年10月16日 (金)

200の筋のこと

本年度の「日本らんちゅう愛好会」会報は、会報の枠を越えてしまってます。とにかく入賞魚の画像が綺麗です。四方からのライティングでさすがプロの仕事です。もしかしたら近年の撮影画像の中で一二を争うほどじゃないでしょうか。会費が値上がりしましたけど、この会報を貰うだけでも価値はあるような気がしますね。

そんな中、寺崎氏が会報の冒頭の挨拶で「200の筋」について言及されてます。

要約しますと、

①「200の筋(200系)」とは宇野先生から、ある時針仔で貰った200尾を言う。

②晩稲(おくて)で選別を遅らせて辛抱強く飼育する必要のあるタイプ

③尾がまとまらないので会用としては不向き(種用??)

④寺崎氏のところには残っていない。(ご自分で明言されている)

ということは、仮に付けた名称が一人歩きしてしまって内心困惑されているのが文章にも表れているようです。逆に言えば、現在日本らんちゅう愛好会に見られる魚のタイプと違うものが200の筋と明言されていることになり、既に真相は藪の中のようなもので、タイプとして区分けする意味があまりないように感じられるのです。

噂が噂を呼び、稀少価値を高める道具として利用されている様相にしか見えないのですが、そんな喧騒とは無関係のA氏やY氏に200の筋の面影があると言われれば、さもありなんと思えるのは私だけなのかもしれませんが・・・・(^^;)

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2009年10月11日 (日)

日本らんちゅう愛好会品評会

毎年お邪魔している会ですが、知り合いも多くひっきりなしに話しをしている状態でした。

Dsc_4823 二歳優等一席 背巾があってバランスが取れてました。

Dsc_4827 二歳の優等五席 目巾があってグー

Dsc_4838 親の優等一席 常連さんでした

Dsc_4851 親一等四席だったかな?金属的な鱗が印象的ですね。

Dsc_4856 親の三等なんですが、胴のみかん色がとっても綺麗でした。頭の質もハイレベル。上のシルバーとこっちの魚のゴールド。鱗の多様性も認めたいですね。

Dsc_4857 当歳の優等一席。今年は小さめから並んでました。

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2009年10月10日 (土)

金木犀の薫る頃

庭に金木犀があります。

091009_1350561

金魚の世話をしていると、ふわっと鼻をくすぐる甘い香り。

ああ、この季節が来たんだなといつも思うんです。

普通に飼っていてもそれぞれの個体には量感が出てきて、冬の身支度をしているって感じられますね。ピークを迎える今が一番魚が良く見える季節なんですね。

この時期に駄目な仔は駄目なんですよね。

秋の夜長はらんちゅうのことでも徒然に考えながら深まっていくのです。

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2009年10月 9日 (金)

個としてのらんちゅう飼育の限界

らんちゅうの飼育というものは、個人個人がバラバラに自分の意思の赴くままに楽しむものと長らく思っていました。趣味である以上、他人に強制することは出来ませんし、考え方の違いから離合離散は致し方ないことと思っていました。

会においても、個人としてらんちゅうの優劣を純粋に競うものと思っていました。確かに品評会においての個人名は、いやがうえにも私たちの目に止まり、個人としての技量が問われ、その競争に一喜一憂するわけなんですが、よくよく考えてみると、金魚の改良なんてものは人の一生でどれだけの進歩があるというものでしょうか。

バカが三代続かないと改良など進まないと言われます。幸運にも理想のものが出来たとしても継続性のあるものは稀で、一代限りの雑種でしかないと言われます。なかにはそれでも良いなどという人も居るでしょうが、一生宝くじを買っているようなもののように思われて仕方がありません。

ところが、宝くじもグループ買いすると当たる確率は格段に増えます。一人の取り分は少ないですけど、当たればそれでも十分大きいですよね。

なるほど。一人で改良と言っても個体変異の範囲内(個別の飼育方法の差異)のことが多いですよね。それが個人としてのらんちゅう飼育の限界なんだとすると、グループ買いをすれば良いわけです。可能な限り確率を高める方法とは、出来る限り池数を増やし、残す稚魚の数を最大限にする、これだ。

年に一回しか採卵の機会がなく、失敗すれば来年まで待たなければならない。そんな非効率をいかに回避するか。そして先入観を超越して、いかに種(たね)としてのレベルアップを図るか。改良方向などの考えを共有できる仲間、グループを作ることを宇野先生も奨励していたのはそういうことだったんでしょうね。

但し、これって弊害もあるんです。改良の方向性を個人の嗜好と勘違いした場合、止め処なく細胞分裂してしまうという可能性。すなわち時が経つにつれ、原点を忘れて次第に蛸壺化してしまう危険性を孕んでいるということです。

実際の宇野らんちゅうの現況は蛸壺化してしまって、会派同士の行き来すらないという状態になってしまっているように感じます。このような状況をいかに打破すれば良いのか。悩みは尽きることは無いですよね。

ふんぺいが思うには、まず、原点回帰の為の情報の共有化が先かな?と思っています。それがどういうことかってのは、このブログで散々書いていることなんですが・・・・

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2009年10月 5日 (月)

琵琶湖金鱗会品評大会

このところ毎年雨だったんですが、本年は暑いくらいの良い天気。

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当歳優等二席、良く出来た魚でした。

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二歳優等一席 二歳はみんな大きかったですね。

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一等一席 胴の太みと頭のバランスが良かったです。

お集まりの皆さんお疲れ様でした。やっと今年の公式行事は終わりました。

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2009年10月 3日 (土)

メガテン君通信6

すっかり秋ですね。

明日は琵琶湖金鱗会の品評大会です。お手すきの方はどうぞ遊びに来てください。

持っていく魚もおりませんのでメガテン君でも見てようっと。
Dsc_4767
ボラっぽいですよね~(^^;)

Dsc_4770
会用のF3の二歳です。まとまってきました。良い感じ。

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