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2009年8月

2009年8月31日 (月)

芋金魚とボラ胴

それは『芋金魚』だ。というときの「芋」は、「田舎臭い」とか「洗練されていない」という意味ですね。あるいは「でっぷりしていて美意識に劣る」みたいな意味なのだと思います。

最初、この意味が否定的に使われているのか、肯定的に使われているのか判らなかったんです。私の「芋」のイメージは、鳴門金時なんです。鳴門金時は、徳島名産の糖度の高いサツマイモなんですね。形は、どちらかというと細長くて輪切りにすれば丸に近い感じ。

「芋のような胴体」となれば鳴門金時のような胴体で理想形?って思っちゃうわけです。それが否定的な意味合いで話されているのであれば全くの正反対の解釈をしてしまっていたわけです。

因みに、『らんちゅう花伝』で、宇野先生は、「あれは芋金魚ではない、腹の食い下がりもなく背中にイヤな肉も付いていない」などと仰っているんですね。

まるでふんぺいの芋のイメージと違っていたわけです。

はてさて、「ボラ胴」。

この言葉は、宇田川氏が発せられた言葉だそうですが、「ボラ」ってあんまり良いイメージ無いですよね。ふんぺいだけか判りませんが、なんか大挙して川に遡行したり食用にはあんまり適してないみたいな。いわゆる下魚。だから「ボラ胴」だから駄目って思っていたわけです。

確かにボラの胴は背が低くて嫌な肉も盛っていないズドーンとした体型ですね。で、大先輩に聞いてみたら、良い意味で宇田川氏は使用されていたと。

なんだ、そういうことか。。。。。納得

芋とかボラとか、ある意味マイナスイメージやプラスイメージなど、個人によって捉え方が違う場合、とんでもない誤解が生じることがあるのを肝に銘じるべきと思いました。

それにしてもボラ胴とは良く言ったものです。
発展させてナマズ胴なんてどうでしょう?語呂が悪い!(^^;)

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2009年8月30日 (日)

品評会に行こう!!

いよいよ9月ですね。

品評会シーズンです。そろそろ各地の愛好会の案内が届きだしました。

入門者の方は、千載一遇のチャンスです。是非とも各地の品評会に顔を出してください。そして魚を穴が開くほど見てください。

ネットの売り文句に騙されちゃいけませんよ。本物はごく僅かです。ある程度目利きにならないとスカばっかり引きますよ。宇野らんちゅう愛好家の場合はアマチュアばかりなんですから、小遣い稼ぎにハネを売っているのがほとんどです。「純~」とか「直系」とか「~筋」とか謳っているのは差別化を図りたいがためです。そんなこと書かなくても本物はわかります。

判るためには、品評会を見に行ってください。目を肥やしてください。そこがスタートです。

会員とおぼしき人に小さな声で解説を頼んじゃってみてください。みんな言いたくてうずうずしてるんですから。親切に答えてくださるでしょう。何で小さい声かって言うと、ズケズケと魚の良いとこ悪いとこを大きな声で言うと端正込めて出陳した人に失礼じゃないですか。入門者は空気が読めないんで声は控えめに!(^^;)

で、魚を見るだけじゃなくて表彰式まで見て帰るってのも手ですよ。そこで入賞者の名前と顔を覚える。

『百聞は一見にしかず』です。ご自分の目で確かめてください。画像で見るのとでは大違い。

宇野らんちゅうは、ネットには居ません。ご自分の目と足を使わないと巡りあいません。

品評会日程を近々纏めますから是非現物を見てください。

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2009年8月28日 (金)

選別を放棄するということ

尾とキズでハネることを止めて5年ぐらいになるでしょうか。

稚魚の尾のみの選別を放棄して3年が経ちました。一年目は残すのに苦労しました。二年目も同様。今年はこの天候不順にも関らず相当の数をしっかり残せたように思っています。コツもなんだか掴んだように感じています。

もう十年も前でしょうか、日本らんちゅう愛好会の会報に宇田川氏の選別の仕方が載っていて、当時の私は全く理解できませんでした。それは・・・・

①色変わりしてからはじめての選別をしなさい。(色での選別)

②本格的な選別は二歳の春以降順次。(形質の見極め)

③その後、成長に従ってふるい落としていく。

そんな内容が書かれてあったと思います。尾でハネりゃ楽だし魚も大きくなるのに何で一般愛好家がやっている作業と正反対のことが書いてあるんだろうと不思議に思っていたんですね。

普通、色変わりまでにハネて池に50尾ぐらいにするのが当たり前だと思っていたのにですよ。かたや黒仔までに骨格を作れ!って話しがあるのに、そんな小さくてひょろひょろやんってな感じだったんですよね。

ところが、今では宇田川氏の言に激しく同意するわけなんですけど、氏は本当にらんちゅうの形質を良くご存知だったんですね。尾でハネちゃ良い魚は残らんよって仰ってたんですね。キズに関してもフナ尾とか帆柱なんかは基本的に見つけたらハネますけど、それ以外の遺伝しないキズでハネちゃ駄目だってことです。

多く残すのは、成長に従ってどんどん変化する魚の将来性を、飼育者の浅はかな選別眼で摘み取らないようにするためなんですよね。将来性が判っているならお目当ての1尾だけ残しゃいい話しなんですから。

だから選別を出来るだけ遅らせて、あるいは極端な言い方をすれば放棄して、場所の許す限り残して魚の成長を観察する。これをしないと良質な種親なんて出来ないのだと思うんですね。

3

3a
今年の5月下旬生まれ

だからこんなに小さいんです。この腹はまだ池(200リットル)に200尾は居ます。中にはキズの無い尾の張ったのもいますけど、それは二歳や親で会に持って行けたらいいなってぐらいのスタンスなんですね。

気の長い趣味ですね。宇野先生もそのように最後は考えてらっしゃったようにこの頃感じるんですよね。

「あんたがハネた魚に良いのがおるに決まってます。」そう仰ったのは、他でもない宇野先生なんですから。

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2009年8月27日 (木)

この時期気をつけたいこと

昼間は気温30度、朝方は20度となってだいぶ過ごしやすくなりましたね。

魚も過ごし易くなっているのでついついエサをやり過ぎたりしますので注意が必要ですね。調子に乗って午後3時以降にエサをやると痛い目にあったりします。この時期の水温差は10度を越すことがままあります。特にプラ舟飼育をしていると急激な水温変化に魚が付いて来られない事が頻繁に起こるんですよね。

昨日までは調子良かったけど、朝見ると上のほうに浮き気味で動きも悪い、なんてことがあるわけです。大抵こんな時は、昨日のエサやりが遅かったのと夜の水温が下がることを考慮に入れていなかったのが原因だったりします。

ついつい夏と同じ調子で人間もエサをやっちゃうんですよね。健康に飼う基本は、「水温が下がる時間にはエサをやらない」です。

どうぞお忘れなく!

って偉そうに言っても、うちの一池、調子崩しちゃってます。今、水温差を無くす為ヒーターを25度に設定してますよ。昼間水温が上がっても夜はヒーターのお陰で水温が下がり過ぎないようにして魚の自然治癒力を発揮させるって寸法です。もちろん塩も入っています。

治すっていうより、治ってもらう手助けをするって感覚でしょうか。

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2009年8月26日 (水)

らんちゅう撮影の基本その2~こぼれ話~

らんちゅうを撮影するとき注意することとヒントを書いておきます。

愛魚家とそうでない人の撮影は、その画像を見れば普通判ります。撮影者の意図は画面に映りこむんですね。どの部分を見てシャッターを切ったか。そして何枚も撮影したであろうその中で、なぜその一枚を選択したか。これも判ります。
カメラを構える人の気持ちまでわかっちゃうんですから一枚の画像も侮れませんよ。(^^;)因みにふんぺいは、中学の時、写真部にも入ってました。フィルムの現像から焼き増しまで全てやってたので写真の怖さを一応勉強しました。

昨今のデジカメも随分と性能が良くなったんですが、気をつけないといけないのは、レリーズタイムなんですよね。シャッターを押してシャッターが切られるまでのタイムラグ。以前は酷かったんですよ。「ここだ!」って思って切ったら画面に金魚が居ないって、ままありました。カメラを選ぶときはそんなところにも気をつけてください。

それから、運動体を撮影するときに重宝するのは、シャッター半押しで被写体をピントが追ってくれる機能。これがないと話しになりません。背景にピントがあってたっていう泣くに泣けない失敗の経験ありませんか?動くからピントもずれますよね。

なわけで、ふんぺいはデジ一眼を使用しています。カメラを構える、ファインダーを覗き被写体に集中する。この作業がないとなんか良い画像が撮れないような気がしてます。慣れの問題なんでしょうが。フィルムを使用してた頃は一発勝負でしたが、今はモニターできるので撮り直しがきき、これはホント便利です。時代は変わりました。

撮影時は、出来るだけ晴天の日を選ぶようにしたほうが良いです。自然光で綺麗にライティングされている状態なんですよね。当然白い洗面器で。暗いところでフラッシュ撮影すると何か不自然になる意味が判りますよね。曇天ではライティング不足で、水面に空の映りこみが出てしまいやすいので格段に撮影が難しくなります。そんな時には、偏向フィルターを使用するのも手です。以前はふんぺいも持っていたのですが、使いにくくてやめちゃいました。乱反射をフィルターで制御するわけなんですが、少し暗くなるのとフィルターの角度を変える作業がめんどくさくて思ったようには使いこなせなかったという印象です。

ま、更紗の金魚を撮るときには晴天を選んでください。もう見栄えが全然違いますから。こんなお話し、少しはお役に立ちますでしょうか。

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2009年8月25日 (火)

メガテン君通信3

朝晩涼しくなりました。
これから一ヶ月が仕上げの時期になるんですが、うちはの~んびりとブログ更新の余裕であります!

1
夕方の様子 夜は水温も低いですよ!気をつけて!

さて!お待ちかね!メガテン君のご様子は?って誰も待ってないか。。。(^^;)

2
ど~ん!ボリューム感が出ちゃいましたね。エサ付け過ぎか??

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ギロリ!睨みを利かすメガテン君!!

4
上見撮影法に則って撮るとこんな感じ。尾?尾が!張ってる!?

5
やっぱ目がこわ~いメガテン君

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2009年8月24日 (月)

京都人としての宇野仁松

『日本らんちう協会五十年史』ピージーズ発行 3900円を読み返していました。

宇野系も協会系も無い時代を私たちに教えてくれる貴重な資料になっています。ここに登場する錚々たるメンバーを見ると唸らざるを得ません。

発会当初からの集合写真、役員名簿、成績表は第一級の歴史的資料であるのにも関らずあまり言及されていないのは大いに不思議に思うのですが・・・

石川亀吉の隣りに松井博士が、そして宇野仁松。この書物には戦後のらんちゅう界の草創期における人間模様が如実に現れているんですね。

それにしても、らんちう協会の設立に貢献された宇野仁松翁の業績は今では語られることはありません。今の協会系も宇野系も根っこは同じなんですよね。逆に言うと、たかだか五十年に満たないんです、今の状況が出来たのは。

仁松翁が何故協会と袂を分かつことになったのか?このあたりから総括しないと本当は何も判ってこないのだと思うんですよね。ここにもまた一つタブーがあるんでしょうね。タブーというより過去が顧みられなくなったからなんでしょう。そのような歴史を軽視する風潮がらんちゅうを混迷に導いているような気がします。

協会にはこのブログで度々触れる仁松翁はもとより、上に書きました松井博士、尾島茶尾蔵氏、盛田庄太郎氏、山崎節堂氏、桜井宏悦氏、宇田川氏、別所氏、寺崎氏等々が確実に足跡を残されているんですね。当時、何を思い、何をらんちゅうに見たのか。そして何が継承され何が忘れ去られたのか。それを検証することは五十年史をもっともっと深みのあるものにするのではないかと思うのですけど。

さて、前置きが長くなりましたが、京都人は伝統を守ることと、いち早く新しいものを取り入れる進取の気性を持っているようです。千年の都京都は、公家や町人の町であり、長く文化の中心だったんですね。悪い意味では、京都人は腹黒い。裏と表があると言われます。それは時の権力者が変わってもしぶとく生き延びる処世術だったのではないでしょうか。そんな京都人の「反骨精神」は今も生き延びているとふんぺいは感じるのです。

仁松翁の権威に対しての反骨心は、協会からの脱会に大きく影響を及ぼしていたのではないかと考えています。

京都人についてその特異性から、「京都のお人の話しは、話し半分で聞かなあきまへんで」と良く言われたものです。地方の方はそのあたりを勘違いされるんですよね。因みにふんぺいは滋賀県人。京都の隣りなんでその辺は良く判るんですよね。

京都の人の気性を知っていないと大いなる誤解が生じるのは、私には何となく判るんです。京都の人は、人を見て話しを合わすって良くあることなんです。そこをどう見抜くか。近江商人と京の町衆、あるいはお公家さんとの攻防なんて。タヌキの化かしあい。そんな地域性の人間関係を考えるのもまた面白いんですね。

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2009年8月23日 (日)

タタキヅラの研究

よく洗面器と叩きヅラは違うと言います。

『叩きヅラ』とは、池に泳いでいる状態での魚の見え方を言います。一般に白い洗面器に魚を上げて観賞する場合と見え方が全然違うんですよね。ベテランになるとわざわざ洗面器に上げなくても池で泳いでいる状態(叩きづら)を見て魚の良し悪しが判るといいます。

なぜそれほど洗面器と叩きヅラが違うのかを実際の画像を使って検証してみます。

今回は同じ個体を使って
白い洗面器で新水
黒い洗面器で新水
白い洗面器で青水
黒い洗面器で青水
に泳がせて撮影し、その違いを分析します。
撮影条件としては曇天であったことを付記します。

1
①見慣れた画像ですよね。背景が白だと乱反射によってディテールが繊細に、凹凸感もしっかり表現されています。

2
②背景が黒色だと輪郭は強調されていますが、下部からの光の反射が制限されるので背の調子が飛んでしまって綺麗に再現されていません。頭の凹凸感もあまり判らないですね。さらにこの個体は鰭先を洗っているので(白い)先端部までしっかり輪郭が表現されていますので鰭の本来の大きさは丸わかりですね。

3
③背景が白なので薄緑色ですね。輪郭部がぼやけてしまって本来の姿からかけ離れてしまってます。のっぺりとした質感でキズなどを隠してしまいます。

4
④最も叩きヅラに近い状態での撮影がこれです。背景が黒で上からの光だけなので見え方としては背中の部分の調子が全て飛んでしまっています。ハレーションを起こしているんですね。肉眼でも同じような感じで見えているはずです。頭の凹凸感は全く判別できません。

それぞれ比較してみてください。④の画像で①を想像できたらかなりのベテランさんですよね。こうやって見てくると新水で観察することと、背景が白であることの重要性が良く理解できるのではないでしょうか。

何故白い洗面器を愛好家が常備しているかが判って頂けたのではないでしょうか。魚を精査する時には白い洗面器が必需品なんですね。

このようなことは愛好家の方の間では常識なんですが、余りにも当たり前になっていてこんなことを分析する人はいません。(^^;)白い洗面器の効用はこういうことなんです。

【結論】
白い洗面器は光の乱反射を利用して、理想的なライティングを提供し、魚の観察をサポートしてくれる愛好家にとっての必需品である。

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2009年8月21日 (金)

らんちゅう撮影の基本

「写真は七難隠す」と思っていて間違いありません。昨今はデジタル化が進んで容易に画像修正も可能になりました。

また、ビデオカメラが普及し、動画で観賞することも増え、楽しみ方も多様化してきています。そうは言っても動画は写真に比較して被写体が動くだけに、造形物としてのらんちゅうを心行くまで精査するのには不向きなメディアと言えます。それぞれの長所と短所を十分認識して使い分けたいものです。

さて、画像(二次元)と現物(三次元)は別物と考えたほうが良いのですが、多くの方がその実際を意識せずに画像を盲信する傾向があると思います。そのあたりを考えてみたいと思います。当然のように思っていることを言葉にするということは大切なんですよね。

らんちゅうは上から見て楽しむものということはご存知のとおりですね。実際の鑑賞時には、上見といえども魚は動きますから色々な角度から魚を見ていることになります。立体像を脳が構築してくれているんですね。

ところが、上にも書きましたように、写真では現実の物象を忠実に再現しているわけではありません。脳の特性を利用して錯覚で補っているということです。あくまで二次元(平面)の世界に三次元(立体)の物体を定着させるということになります。自ずとそこには限界があり、その特性を知っていないと大いなる誤解が生じることになります。その誤解を最小限にしてその実物をイメージできるようにすることが大切だと思います。

実際のところ、一瞬を切り取る写真の特性を熟知した上で、画像は鑑賞を補助する一ツールであると割り切るべきだと思います。写真の持っている特性とは、記録性と細密性だと言えると思います。この二点を重点においた撮影方法は一枚の写真から多くのものを読み取ることが出来ます。記録に際しては、実物を出来るだけ再現できる方法が必要です。ですから無意識的な撮影では忠実に実物を再現しているとは言えないわけです。

ある角度から見るとすごくかっこいいとかありますよね。しかし、そのある角度の画像だけを偏重するのはいかがなものかということです。ポーズを取ってグラビア撮影に臨むアイドルとは少し意味が違うんですよね。

らんちゅう写真(画像)においては、魚体の形質をより明解に、実物をイメージできるような万人共通の撮影方法を選択しなければなりません。形式(かたしき)写真と呼んだら良いのでしょうか、そういう撮影を心がけた上で、さらに好みのアングルや角度を利用して複合的に魚体をイメージする助けにすべきだと思うんですよね。

ならば、具体的にらんちゅう撮影のスタンダードというのはあるのか?となります。皆さんもご存知のように、らんちゅうの場合、宇野系も日らん系も関係なく、大多数の愛好家が採用している撮影方法があるんですね。それは真上から撮影した形式写真が正式な基準になると思います。少しでも前後にズレたり角度をずらすことは、この際ご法度となります。

したがって『上見撮影法 』がらんちゅう撮影の基本となるのです。上から見るという鑑賞行為に準ずる撮影法で、実はこの一枚だけで造形物としてのらんちゅうを十分表現していると言えるんです。頭の付き方、背巾、背なり、尾の付き方。これら全てを表現しているんですね。魚のクォリティを総合的に判断する上で欠かせない撮影方法なんですね。慣れてくるとこの一枚を見るだけで横見や立体像がイメージ出来るようになります。

実例で紹介しましょう。

Dsc_4566
①【上見撮影方法の実際】 基本的な部分は全てこの一枚で把握できる

Dsc_4568
②【斜め前方より撮影】この場合、背巾と尾の付き具合は判りずらい

Dsc_4569
③【横見上方より撮影】頭の付き位置や背なり、腹のつき具合しか判らない

Dsc_4571
④【正面上方より撮影】頭の付き具合のみ強調されるが他の部分は判別不能

それぞれの撮影方法には一長一短があることが理解できたと思います。この中で①の撮影方法が一番理に適っているのがお分かりいただけたかと思います。特に②~④の撮影方法には致命的なデメリットがあります。これをよく理解していないと魚を見誤る可能性があることをここでは指摘しておきます。

それは、入射角の問題です。上見撮影法の場合は、水面に対して入射角が90度、ほぼ直角に位置しているので魚体は正常な寸法で表現されます。ところが②~④は撮影位置が水面に対して90度以下なので寸法が歪んで撮影されてしまうのです。すなわち、入射角が狭いと水面下の物体は歪曲される、ということなんですね。

入射角(狭い)=屈折率(高い)となるんですね。

【屈折率の実際】
洗面器に水を張り、針金に五円玉を水面上に吊るした画像です。空気中では何の変哲もない正常な五円玉の画像ですね。※入射角が狭い状態で撮影

Dsc_4560

それを水面下に沈めます。すると・・・
Dsc_4561 このように五円玉は歪んでひしゃげた形に見えます。水面との入射角が狭いとこれだけ私たちの目には違ったものに映るわけです。この現象を知らないと意図せずに実物とかけ離れた写真となってしまうのですね。

撮影法③~④はこのような原理を踏まえて撮影をしないと、現物をイメージする助けにならず、鑑賞法が偏ってしまう可能性があるんですね。

まずは、『上見撮影法』に則った撮影をして、さらに違う角度から魚体を撮影して上見を補うという考え方が必要ですね。

上見撮影法で背の高さやキズがほぼ判別できるようになったら、あなたも立派ならんちゅう師の仲間入りをしたと言えるのでは?

さらに撮影法で注意が必要なことがあと二三あります。
それはまたの機会ということで・・・。

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2009年8月17日 (月)

書店に立ち寄る

最近、アマゾンやネットを利用して本を購入することが多いのですが、やっぱり書店を覗くのは大切ですね。

現物を手に取って見ること、お目当ての本の横に思いがけない良書があったりと、ネットでは到底真似の出来ない書店の良さを再認識しました。

久々にペット書コーナーを覗くと・・・金魚の本が結構沢山あること。
あら? 新刊がありましたよ!川田洋之助さんと東京海洋大学でしたっけ?の岡本信明先生の共著が。
『金魚  長く、楽しく飼うための本』1200円 池田書店 2009年発行

その本屋だけでも川田さんの執筆書は4冊ほど並んでました。頑張ってはるなあって思いました。この本も初心者向けですが掲載写真が凝ってましたよ。好きです、こういう撮り方。一度手にとって見てください。

断片的なネット情報より書籍での深く整理された情報の重要性を今一度省みて欲しいものです。

ついでに、雑誌コーナーへ。
フィッシュマガジン誌は?・・・・・ありまへんがな!中規模以上の書店でも置いてないのかなあって心配しちゃいました。部数落としているんでしょうか。

おっと、そうそうアクアライフ誌を見なきゃ。今発売されている9月号に金魚の特集があるとの友人からの情報。

ありましたありました!おお!冒頭かららんちゅうですね!物部氏のらんちゅう。
え?あらら、金沢のN氏のらんちゅうにそっくりですがな!有名な更紗の背巾のあるタイプ。
んん~、頭の付き具合といい、更紗と鱗の雰囲気といい、ここまで来ちゃっているのかと思わずにはいられません。何が?って日らんのレベルがですよ。

後半部分にも注目する記事がありました。出目らんちゅうなんか、下手ならんちゅうより背巾があり目巾があってすごいなって思いました。個人的には柳出目金が欲しいって思いましたよ。良くぞ「柳出目金」なんて命名してくれたなって関心します。それこそ柳の枝の如くしなやかな身のこなし。日本画を見ているようです。

らんちゅうもいいけど、たまには柳出目金で癒されたい。(^^;)

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2009年8月16日 (日)

メガテン君通信

やっと夏らしくなってきました。

Photo
上の画像は、ハネです。白と白勝ちまたは白頭

Photo_2
拡大するとこんな感じの仔がハネです。左2尾は僅かに頭頂部に赤が残ってますよね。最終赤が残るのはこの部分なんでしょうね。丹頂も一緒ですね。右の仔は面かぶりっぽいですけどハネました。本当の面かぶりではないんです。横にすると・・・・

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目先から頭上部のみ赤が入っている個体なんですね。つまり左側の仔と傾向が一緒。これで仔を採るのは勇気が要ります。恐らく白が沢山出るんじゃないでしょうか。体型を基本に色々なタイプを残したいので、機械的に色で選別はしたくないんです。白勝ち更紗の危険性は、選らなくても良い体型の仔を選らざるを得ないことと考えます。

Photo_3
さてメガテン君です。5日ぐらいで劇的に変わることはないですけど、今回は兄弟と一緒のショット。全長5センチくらいです。この大きさなら会に持っていけるんですけどね。

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2009年8月15日 (土)

初代宇野仁松

以前、ある古書店で貴重な資料を入手しました。

三枚入りの絵葉書なのですが、袋の表書きに

「宇野仁松翁第五回新作陶磁展観 記念絵葉書」 
大阪高島屋呉服店美術部

とあります。

Img_0003 戦前の絵葉書で正確な日時は不明とのこと。この古い絵葉書から何点か読み取れることがあります。品が戦前で「宇野仁松翁」との表記ということは、宇野仁松の初代のものと推定されます。当時の百貨店は今の百貨店と違い、美術や文化を紹介する主要な媒体であったことを考えると相当ステータスがあったに相違ないと思われます。

絵葉書の写真を見ると、青磁の香炉、 花瓶、茶碗と多種多様でどれもかなりの値が付いていたと想像されます。中国宋代の鈞窯(きんよう)の写しが多いそうですが、当時の技術としてその再現は困難であったと聞きます。初代仁松の息子(長男)、宋甕が旧文化保護法下において青磁、辰砂で無形文化財保持者に指定されたのも頷けます。

このような資料が私たちが知る宇野仁松と全く関りが無かったかというと、ふんぺいはそうではないと思っています。生まれ育った環境でどのような審美眼が培われてきたのかとか・・・・

詳しいことはまたの機会があると思いますのでこのお話しはこれくらいで。(^^)

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2009年8月12日 (水)

業務連絡

この頃毎日更新しています。

当歳の世話も一段落しました。ブラインシュリンプを毎朝沸かす難行からも解放されました。この時期になると余裕が出来てきます。魚が調子悪かったりするとブログ更新なんて考えられませんね。天候不順で水換えのペースも乱されっぱなしでしたし苦労しました。

だいたい当歳で勝負することはしてませんので・・・というか今の私の飼い方では追いつかないので割と今の時期のんびりしています。もう9月になったら品評会がはじまりますもんね。気楽なもんです。(^^;)

そろそろ文章が書きたくなってきましたのでお付き合いください。

Dsc_45471
極太君(四歳)

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2009年8月11日 (火)

人はどこにでも顔を発見する生き物だそうです。

脳には顔を認識するための専門領域があるそうです。以前にもこのブログでご紹介しましたが、人が何にでも顔を発見するのは習性というより遺伝的に決まっていると考えたほうが良いのではないでしょうか。原始の時代からの遺伝的な刷り込みと言うのでしょうか、サバイバルの為には必要だったのでしょう。

2_3
上図をご覧下さい。枠の中に三つの点を置きました。ただの三つの点ですね。ところがその点の位置を変えてみると・・・・

1_2 
顔に見えませんか?上の二つの点が目で下の点が口。たったこれだけで顔に見えるんです。これほど強力な顔認識機能を誰しも人は持っているということです。好き嫌い関係なしで人が生来持っている脳の習性なんですね。
※「世界一受けたい授業」日本テレビより引用させていただきました。

今ではサバイバルには用無しのそんな習性も、明らかに観賞魚の世界でも影響下にあることを無視するわけにはいきません。そのようなメカニズムを知らないで何となく観賞魚として良否を云々するのは科学的ではないと考えます。人間の摂理を知ってらんちゅう鑑賞に応用することが求められているのではないでしょうか。(考えすぎ??)

それだけにらんちゅうの顔を軽視するのはどうも納得がいきません。らんちゅうがらんちゅうである所以は肉瘤、つまり顔にあるのですから顔を重視しないらんちゅうは良いらんちゅうではないと私は個人的に思っています。らんちゅうでは無かったら何か?マルコ(らんちゅうや南京の祖先と言われている)ですね。

宇野先生が頭(かしら)にこだわった理由は、科学的にも理にかなっていたわけですね。

『千と千尋の神隠し』で「顔なし」ってのが居ましたよね。「顔なし」といえども顔がありました。「顔なし」は一匹ならまだキャラが立っていいんですが、それが猫も杓子も「顔なし」ならどうです?気色悪い~ですよね。

顔が無ければ個体差がないんです。人は区別できないんですよね。それを真摯に考えてみてください。

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2009年8月10日 (月)

メガテン君通信

暑いですね~(^^;)
エラもすっかりなりを潜め、暑さで絶好調。ただ、簾をしておかないと水温はグングンと35度を優に越えてしまいます。で、以下のような簾は必需品です。

と思ったのもつかの間。また雨です。いやになります。雨水入り放題なんで調子崩したらたまらんなあって思っています。

Dsc_4546

さて、例の当歳、名前をメガテン君と名づけました。普通は名前なんか付けませんが識別呼称です。目の周りが黒い個体が多いのですが、こいつは白いので目幅が強調されていて、なおかつ白目が多くて黒目が点みたいなんで「目が点」でメガテン。(^^;)

少しエサを呉れてやったら腹出ました!幅に来てくれたら・・・・(^^;)
でも尾筒太いぞ~ 何度も言いますけど尾は対象外ですからねえ~

Dsc_4543

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2009年8月 9日 (日)

脳科学が哲学に追いついた話

『脳の中の身体地図』サンドラ・ブレイクスリー、マシュー・ブレイクスリー共著 を読みました。脳科学の最前線のお話しを判りやすく紹介した書物です。

あくびがうつるわけ・ゲームにはまるわけ・オーラが見えたり体外離脱したりするわけ・スポーツや音楽の達人がうまくいかなくなるわけ etc

そんな疑問を脳科学から解明しています。

その中で冒頭にぺリパーソナルスペースという神経科学の用語が紹介されていました。最近発見された現象だそうです。ぺリパーソナルスペースとは、脳が作り出す自分の拡張性と言いましょうか、例えばクルマを運転する行為において、まるで自分の体の一部になった如くに自在に操れるという仕組みって言うか、釣竿の先端にあたかも指の先があるかのように感じる感覚っていうか、そういう現象を呼びます。

そんななか、大学時代に読んだマイクル・ポランニーの『暗黙知の次元』で同じことが述べられていたことを思い出しました。ポランニーは物理学者から哲学者に転進した人物なのですが、もう20数年前、当時はぺリパーソナルスペースなる用語もなく、ポランニーはそのことに哲学の世界からアプローチして気が付いていたんですね。

デカルトやカントを通して論じられてきた近代的自我からはじまった西洋哲学は、形を変え、今まさに難問とされていた課題のいくつかが、脳科学によって証明、または修正されつつある。そんなことを感慨深く感じるのです。

茂木健一郎氏が探究する「クオリア」もどんどん哲学的になっているように感じますが(もっとも哲学も科学なのですが)、要するに科学の一分野では到底計り知れないものを、知を総動員して解明する努力が何よりも大切なのではと感じるのでした。一つの領域に留まっていたら見えない事実(真実?)があるのかもしれません。

「知のらんちゅう学」とまでは行きませんが、(うそ!こんなところでらんちゅうが出る!?)趣味の世界まで広げちゃったらこれもまた一興かと。。。。(^^;)

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2009年8月 8日 (土)

青ハゲ

やっと小さいほうの色変わりがはじまりました。
一気にハネられますわ。(^^;) うちは色でハネます。白と頭白はハネます。

その中で珍しい現象が見られましたのでご紹介します。

何年か前にも経験していたのですが、久しぶりにその現象に出会いました。やはりある大家はその現象をご存知でした。それは「青ハゲ」または「青ッパゲ」と言うそうで、当たりらしいです。当たりの意味がちょっと判りかねるんですけどね。なかにはそのような経験をされている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

「青ハゲ」は、色変わりの時、虎ハゲにならず一気に色が抜けるんです。普通、黒色素胞が凝集して黒くなり、次第に黒が抜けて金魚の色になります。ところが青ハゲの場合、青仔の状態から金魚の白と赤が出てくるんです。青仔から虎ハゲなしに色変わりするという現象なんですが、どうも更紗が多い時になるようで、下地が白の場合などは青く見えます。下の画像がそうなんですが判るでしょうか。肉眼では比較してもかなり青く見えます。

Dsc_4537_2

拡大画像を見ていただくと、そのメカニズムが少し判ると思うのですが、黒色素胞が体表面に分散しているのが見て取れると思います。つまり凝集しないのですね。だから青く見える。全体的に灰色(青)い色から黒色素胞が抜けていくのでしょう。

Dsc_45391

更紗魚を主体に系統維持されている方の中でもごく少数の愛好家が知る現象なんですが、これが出ると更紗が多いように感じます。

こんなところも一度意識して見てみてください。

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2009年8月 7日 (金)

更紗の仮説

素赤と更紗を色比較すると更紗のほうが色鮮やかなことが多いですよね。
赤の色の濃さの問題なんですけどね。

なぜか?

こう考えたらどうでしょう。

①原則的に、個体が持つ黄色素胞、または赤色素胞の数は大体一緒である。

②素赤の場合は、体表面全体に色素胞が分布するので、色素胞の間隔が開いていて分散している。
        ↓
ゆえに薄い色に見える。

③更紗の場合は、赤色部分の表面積が少ないので色素胞が凝集している。
        ↓
ゆえに濃い色に見える。

多分、そういうことなんだと思うんですよね。顕微鏡で見れば判るんでしょうが、うちにはないので仮説としか言えませんが・・・・

例を出すと、
赤色素胞を赤いドットと考えます。白い下地に間隔なく赤ドットを置くと下の白地が見えなくて濃い紅に見えます。間隔を開けると白地と混合してピンクに見えますよね。それと一緒です。

但し、個体として例外があって、通常個体よりも赤色素胞を多く持つものや少ないものが存在するということはあるのでしょう。

赤色素胞→多→猩猩(しょうじょう)

黄色素胞→少→黄金

などなど。

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2009年8月 5日 (水)

金魚に肖像権はあるか?(愚問)

ある場所で品評会があったとします。

品評会の目的は何か?
愛好家が金魚を持ち寄り、同好の士にあるいは、広く一般の方に一年の成果を見ていただくために展示してその道の発展に寄与することですね。

品評会は開かれたもので、写真撮影やビデオ撮影は自由に許されるのが一般的です。

そしてそれを仮にホームページなどにアップすることは、自由に行われて良いものと相場は決まっています。いちいち出品者に断りを入れたりすることはありません。多くの愛好者に見ていただくのが目的なのですからそんなことは常識ですよね。(ふんぺいの場合は、大会責任者にいちいち撮影の許可とネット掲載の許可を頂いています。)

かたや、芸能人を無断で写メしてそれを不特定多数に公開する。これなんかは肖像権の侵害に当たるのは火を見るより明らかです。一般人を断りもなく撮影するのも肖像権の侵害になります。常識的なことです。

ならば品評会時の出品された金魚には肖像権はあるか?

そんなものあるはずがありません。肖像権は人権に属するものですから、金魚には残念ながら?付与されていないに決まっています。金魚に肖像権はありませんが、持ち主には所有権はありますわな。したがって撮影が禁止されている場合を除いては、所有権は主張できても撮影権などというものは主張できません。撮影してほしくなかったら出品しなければ良いのですから。(^^;)

さて、次にその品評会の撮影された画像にはどういう権利が発生するか?

それは著作権です。撮影者本人に帰属する著作権ですね。一旦撮影された画像には著作権が発生するんです。

例えば風景を撮影する場合、撮影者の意思において風景を切り取るという行為は、無限の可能性から撮影者が選択した創造的な行為なんですね。

対象物を選択し、アングルを決めタイミングを計ってシャッターを切る。この行為全てをひっくるめて著作権って言うんです。

品評会の金魚は?って言うと、対象は生き物です。当然動きますわな。それをタイミングを計って撮影する。そして画像として加工をする。これで撮影者に著作権が発生するわけです。二度と同じ画像は撮影できないという一回性まで含んでますよね。普通に皆さんが撮影されるスナップ写真にも著作権は漏れなく発生しているんです。

綺麗に撮るもブサイクに撮るも撮影者の腕次第とはそういうことです。

で、仮にその画像を無断で使用した場合は、著作権侵害となります。

ネットなんかでは簡単にコピーが出来るので、もうやりたい放題ですね。

ただ著作権侵害と言ってもなんでもかんでも訴えられるというわけではありません。著作権法は基本的に『申告罰』なんです。

要するに、侵害された本人が告訴しないと成立しない法律なんです。つまり権利を侵害されて不利益を被ったという主張が必要なんですね。または自分の意図に反して使用されたことに対する慰謝料を請求するなどなど。

本人が不愉快に思えば訴えられても仕方がないってことです。

無断で他人の画像を自分のブログで使用するなんかは、マナーに反するってことなんですが、開き直って「そんなの関係ねえ!」なんて言ってしまったら告訴されても仕方がないんですね。相手を怒らせたら一番ややこしいことになるんです。自分の理屈で世の中は納得しないですよね。

ま、しかし同じ趣味の人なんだから、過ちを認めるだけの度量がある常識人なら、ふんぺいなんかは著作権を主張するほどのことはないとは思ってますけどね。

よって、結論。

①画像には著作権がある。

②画像を使用するときは、原則として権利者の許諾が必要。

③金魚には肖像権はない。

④画像を無断で使用した場合は、法的措置をとられても致し方ない。

そういうことを理解した上で、みんなで仲良く楽しみましょうってことです。

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2009年8月 4日 (火)

梅雨明け!で事故!!

やっとのことで関西は梅雨明けだそうな。

朝起きて池の見回り。

やや!?様子が変! あっちゃ~エアーが・・・・・ちょろちょろ

そんなに密飼いしてない池なのに~3尾昇天してるがな~(涙)

この暑さで極端に溶存酸素量が減ったんですね~
水もそんなに悪くはなってなさそうだったのに、酸素が無くなるのね~

大枚はたいてインフラ整備してこんな事故を無くすようにしてたのにやってしまいました。ケアレスミスです・・・・

何年やってても事故は付き物。でもあるんですねえ、こんなこと。

皆さんご注意ください。油断したら駄目ですよ。

その池は水換えして塩を打つことにします。

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2009年8月 3日 (月)

横見の検証

てつさんからリクエスト頂いたので、うちのダメダメ金魚で検証してみたいと思います。

1_2
①典型的な弓型になってます。どうしようもなく背が高い個体ですね。口先から綺麗な弓型。側線の下側が長いです。つまり体高があるんです。で、なんでこんなの残しているのかって?F3でこんなのしか残らなかったんですよ。(^^;)

2
②次に、こんなのも良く見ますよね。二階建て。側線より少し上に背なりが来るはずなんです。ホントは。上からだけ見てもあんまり気にならないとしてもこれじゃ、宇野系(宇野式?)って言えません。

3
③これは良い例。背が低いです。って言っても背なりは一直線には中々なりません。

4
④これも上の個体よりは弓型ですが十分低いです。上から見ても破綻がないです。

5
⑤じゃ、こんなのの横見を想像してみてください。

52
⑥こんな感じでした~(^^) 少し腹が下がってますけど。。。

上の2個体と下の3個体、明らかに別物だと理解して頂けたでしょうか。上の2個体は、輪切りにしたら紡錘形に近いですよね。改良度合いが低いとふんぺいは判断します。

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2009年8月 2日 (日)

当歳魚研究会(画像あり)

いや~暑かったです。

結局、寒冷紗張りました!!

会員の皆さん、しっかり飼われてました。

優等の2尾を紹介します。

Dsc_4520
優等1席 K氏の持魚

Dsc_4521
優等2席 N氏の持魚

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当歳魚研究会

今日は第一回の当歳魚研究会。

朝から生憎の天気です。昼には止んで欲しいです。

例年なら暑くて、会場は炎天下なもんですから寒冷紗を張ったりするんですが本日は必要なさそう。

うちの当歳は・・・大きさが追いついてないので出陳は控えます。(^^;)

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