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2009年4月

2009年4月24日 (金)

黄頭(きがしら)と白頭(はくとう)

山崎節堂氏じゃありませんが、白いらんちゅうを後生大事に飼っちゃうような人なんです、私は。(^^;)

いや、本当は単にそれだけしか残らなかっただけなんですが・・・・
F3なので捨てるに捨てられずに3歳までなっちゃったわけなんですが、面白い現象というか個体になってきたんでご紹介します。

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この2尾、同腹なんです。左が黄頭(きがしら)、右が白頭(はくとう)です。同じ池で飼育していましたので、環境は一緒ですよね。それでも2尾は全く違った風体になっています。

左は、黄色素胞を持っているので頭、胴、尾が黄色くなっているのが判ると思います。一方右はというと、全く黄色素胞が欠如していると思われます。綺麗な白ですね。

Photo 拡大画像

兄弟でこれだけ個体差があるんですね。

左は仮に赤が入ったらオレンジに近い赤、右は真紅になると推定されます。

肉瘤の吹き方も違いますね。こうやって色々検証すると気付くことが一杯ありますね。

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2009年4月23日 (木)

金魚伝承16号発売

昨日、『金魚伝承』が届きました。

今号より品評会総覧はらんちゅうのみとなったようです。
らんちゅう以外の品種の品評会は今度創刊する『金魚百華』に移行するとのこと。

まあ、見事にらんちゅうばっかりの”らんちゅうカタログ”になってますよ!

「おお!」と驚かされたのは、「金魚文化連合会」の親の部の脇行司二、山舗氏の魚。

良い頭してます。異質です。以前より山輔氏の魚には注目していましたが、このタイプははじめて見ます。体型も異質ですね。しかも全頁見ての感想ですよ。この魚がここに居る意味を考えてみてください。

さてさて、宇野系の愛好家はこの魚をどう見るか?

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2009年4月20日 (月)

肉瘤考ノート ~おかめ・お多福~

以前にも書きましたが、私たちが何気に使用している用語は随分と曖昧なことが多いと思うんです。仲間うちにしか通用しない用語を、一般に通用する用語と勘違いして使用することの危険性をご紹介しました。

使用する本人と他者とのイメージがイコールにならなければ、そもそも議論は成り立たないのです。その寄って立つ用語の閉鎖性に目を向けなければ派閥を超えた理解は進まないと思います。少なくとも今それぞれが使用している用語の危険性を自覚しないといけないんだと思うんです。

「おかめ」などは原義とズレが生じてしまっている良い例です。昭和初期から50年代までの「おかめ」と現在のイメージとの相違を知っておくことは、らんちゅう歴史学(ふんぺいが勝手に命名)上、当時の愛好家の気分や世相を把握するのに役立つと思うのです。ふんぺいは何故そんなところに拘るのか?と思われるでしょうが、現代の私たちの価値観と、普段無意識に使用している用語を厳密に精査しておかないと、次の世代の愛好家が混乱すると思うからなんです。

さて、ある著名愛好家のお宅を訪問した際、面白い物件にめぐり合いました。
Photo

あらら!まさに「おかめ」「お多福」ですね。これは鳥取での品評会の景品だそうです。下膨れした顔はお多福の仮面そのものです。当時、この顔が理想だったのか?そんなことまで想像されます。以前にも申し上げたように、龍頭、獅子頭、トキン頭はどれも前方やや上よりの名称ではないかという問題提議がこれでほぼ確定したような気がします。桜井良平氏の「金魚百科」の画像もこれに近いんですよね。

因みにこれを上から見たら・・・・
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原義としての「おかめ=お多福」は、下膨れでトキンが膨隆していないといけないということがこの画像から理解できるのではないでしょうか。

しかし陶器で当時のイメージをデフォルメしたといえども、こんなタイプのらんちゅうは現在居ませんね~

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2009年4月18日 (土)

青水より出でたるもの

清潔に保たれた青水は管理の行き届いた証(あかし)

人の影を見ればあたふたと寄り合い細かな屑を拾う

そのありさまを看守し今日もまた安穏の日を思う

白い満月の盆に清水を満たし

やおら青の世界より一尾(いちび)を所望す

泳ぐ異形の魚(うお)に目は静謐(せいひつ)な心の桃源郷を見る

・・・・・・・おそまつ

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2009年4月14日 (火)

どうなるんだ?おまえは

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本日は肩の力を抜いて画像を一枚。

明け三歳。今年の秋が楽しみな個体を一つ。

頭は派手になりそうな予感。

少し目巾が足りなく見えますけど、それ以上に肉瘤が吹いているんですよね。

胴もまあまあ。

尾は見せません。

秋にまた掲載しますからお楽しみに~

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2009年4月11日 (土)

胴を味わう ―美の再発見―

らんちゅうを一つの芸術品と捉えるなら、美は色々な部分に隠れているのだと思います。総体的な美は言葉によって説明されることをまるで拒むかのように、ただただ感覚の世界に漂うばかりです。そして個人の感覚として、美の普遍性を語ることは不毛との議論に帰結してしまいます。

Dsc_4289a 例えば、減点法で美を評価するならば、美は相殺されてしまい平準化の末に残り粕(かす)のみを掬い上げるという愚挙の弊害が生じることを、誰一人として論じないのは不思議でもあります。卓越した美の評価者が一人居れば、たとえ百人の採点者をも凌ぐのは明確に美を意識しているかに掛かっているのだと思うのです。宇野仁松がその唯一無二の評価者であったのは、理の当然と言えるのではないでしょうか。

かの山崎節堂氏に倣って、らんちゅうの鑑賞者に主体性を取り戻すとするなら、その主体的な鑑賞者には、美は自ずと眼前に浮かび上がってくるでしょうし、その豊かな美の海に身を任せつつ、なおかつ自覚した者のみが、羅針盤を掲げる航海者に変貌するのではないか、と夢想するのです。

さて、画像の個体の鑑賞に移ります。いらない部分は全て捨象して見て欲しいものに注目しやすいように画像を切り抜いています。

頭に関してはもう既にこのブログをご覧になっている方には説明不要でしょう。必要にして十分な肉瘤は、しっかりとトキンを蓄えて見る者に獅子頭らんちゅうの味わい深さを教えてくれています。

ここで強調したいのは、胴の鑑賞です。整然と並ぶ六角形の鱗の美しさ。破綻無く体を覆い尽くし、ぺたりとして胴に密着した鱗の質は、まるで陶器の器に六角の幾何学模様を施したようです。背骨の位置を推定させる鱗の嫌な光りもありません。あくまで丸く、側線に至るなだらかな傾斜は、この個体が輪切りにすれば円形に近いことを物語っています。

胴の横のラインは、鰓下よりスッと胴の中央部に至り、やや膨らみを増して尾筒に向けてあくまでなだらかな曲線を描いて終結しています。ふんぺいは、この曲線にこの上ない美しさを感じます。

胴の上見で凹んでいる部分があれば、それは鱗の乱れと光りの反射具合で判ります。それがこの個体の胴には一切ありません。まるで「卵のような」美しいフォルムを呈していると思いませんか?そう!「卵虫(らんちゅう)」ですね。

胴の鑑賞を具体的に実物で検証してみました。頭、胴、そして尾、さらには色彩。全てが渾然一体となった美を語るのはまだまだ先になりそうです。

因みにこの個体は7歳です。先日、ある方に託しました。

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2009年4月 9日 (木)

胴の検証(転んでもただでは起きない)

水換えで魚が見えるようになってから猫が来るようになりました。
味を占めて少しでも隙間があるとそこから手を入れて引っ掛けて食べています。この前なんか餌をやろうとしたら1尾も居ない舟があって愕然としました。厳重な管理が必要ですね!

で、可愛そうなことをしたのですが、1尾頭を食いちぎられた個体が浮いていました。この際、供養の為に画像で役に立ってもらいましょう。南無阿弥陀仏~

またまたグロい画像ですが、これも勉強の為です。見てやってください。
解説です。前々から言っておりました胴体を輪切りにすると円形が良いと申し上げておりましたが、それを実物で見る機会に恵まれたと考えてくださいね。
下の画像は輪切り状態ですね。前鰭が二枚ありますよね。綺麗な楕円形(小判型)をしているのが判るかと思います。私たちは普段、画像の上のほうから見ていることになりますよね。この胴の形状を円形に近づけると、上見で巾があるように見えるわけです。もっと極論すれば、楕円を横にすれば理想の形態が現出するのですが、これはなかなか出来るものではないんですよね。ま、この個体は輪切りでひょうたん型ではないので背は高くはないです。背骨の位置は不明瞭なんでそこまでは観察してないです。

輪切りの実物画像が撮影できるとは思いませんでした。成仏してください~(^^;)

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2009年4月 7日 (火)

7歳のらんちゅうを愛でる

決して良いとは思っていない個体なんですが、何かハネられないで残してたのが7歳になりました。どのように変わるかを見てもらうために掲載しますね。

2005年当時、3歳の秋に撮した画像なんですが、目巾がある割には目先がなくフンタンがプクっと出てたので残しておいたんだと記憶しています。尾はデカいしバランス悪いし、普通ハネちゃうんでしょうねえ~

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で、今年7歳の春を見るってえと・・・・

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放置プレーをした甲斐があったのか頭はすっかり上がっちゃいました。
ん~、イメージと違う頭にすっかりご成長です。更紗系なんで色も落ちてませんね。何度も言いますが尾と筒は見ちゃだめですよ。

要は晩稲(おくて)なんですよね、この系統。3歳で丸坊主でも我慢して飼っていたらこんなになるって証拠になるでしょ?当歳、二歳で遊んでいるだけならこの頭の味わいというか変化の醍醐味は理解できないんですよね。

でもね、普通の系統だったら3歳時点で上の画像ならもうそんなに変化はないですよ。我慢しても飼う価値のある系統を残さないといけないじゃないかって思うんですけどね。

朝、池にはスプーン一杯のマス餌を与えているだけなんですよ。何も変わったことはしてません。ですから頭は「作る」という発想を転換しないといけないって思うんですがいかがでしょう?「作る」より「残す」って考えたほうが良いのはないでしょうか。

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2009年4月 6日 (月)

肉瘤考ノート(エビを食らって愚察す)

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ツネゴンさんのお計らいで幻のエビ2種を食らいました。どうです?上が「ウチワエビ」です。尾を含めての体長約18センチ、堂々たるお顔はまさしくウチワですね!目巾はチト足りませんが、らんちゅうでこんな頭はなかなか居ませんよ。らんちゅうは食らうわけにはいきませんが、コイツは美味です。こんな派手な顔をしている割には身は少ないんですよ。滋味でございました。

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さてさてお次は「セミエビ」でござ~い!ウチワより少し小振りですが、顔は龍に出ているフンタンボヨヨン系ですよね。お味はこっちのほうが甘味があってよろしいかと。歯ごたえは控えめですね~

ね!らんちゅうに似てるでしょ?
でもね、こうやって見ていくとどちらも平面的なんです。ベタ~っとしてて立体感はありません。それに昆虫系の顔立ちなんで、ふんぺいが好きなのは動物系の顔立ちなんだなあって再認識しました。四足で歩く系のヨークシャーテリアなどの犬の顔立ちがいいですねえ。

いずれにしても滅多に食することの出来ないエビを頂けてよかったです~

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2009年4月 4日 (土)

山崎節堂氏の審美眼

にしき様より資料を送付していただきました。心からお礼申し上げます。

早速ですが、送っていただいた『ランチュウと金魚』誠文堂新光社刊(絶版) 石川亀吉・新井邦夫著から、山崎弥兵衛(雅号 節堂)氏の一文より、らんちゅうに対する審美眼を引用しながら見ていくことにします。

山崎節堂氏(1896-1976)は、東京にて鰹節卸問屋を営みながら、書家としてつとに有名な御仁です。『らんちゅう花伝』の冒頭には写真が載っていますし、対談も収録されていますのでご参照ください。

該当の文は「ランチュウの美・理想」と題されて、山崎氏の芸術家としてのらんちゅうに対する姿勢が、山崎氏らしい比喩で表現されている含蓄のある文章となっています。

但し、当時のらんちゅうと現在のらんちゅうとを同じ物差しで計ることが出来ませんので、歴史的資料として十分耐えうるものとは思いますが、そのあたりを差し引いて考える必要はあるかと思います。前置きはその辺にして、

山崎氏は、一般に忌避する白いらんちゅうにまで美を見出しています。

「黒漆でぬり潰した盤台に泳がせると、銀魚の渋い美しさは、その品において赤の美をしのぐ」 とまで言わしめる美の探究者としての山崎氏の審美眼は、この一文で明白といえるのではないでしょうか。

その直後、氏の比喩は躍動美と風格は、漆黒の紙に銀泥で筆太に書いた墨跡の名品にたとえよう」 とはまさに書家としてのらんちゅう鑑賞の極意を披露しての真骨頂と、大きく頷いてしまいます。

そして、「赤はリュウキンのそれより、黄のかかった在来色がよく、」
とは、氏はまたしても意表をつくらんちゅう美を論じられ、
「かつて国立博物館でツタンカーメンをみた時、・・・・・あの妖しい黄金色に愕然とした」
と、あたかも美は黄金色にありとばかりにのたまうのには、とどのつまり、らんちゅうの美の本質はその愛好家のうちにあることを仰りたかったのかと思うばかりです。

また「小股の切れ上がったひとの、すそさばきもおっとりと、にぎやかな泳ぎぶりに無限の美をたたえる」 とは、氏の尾についての評価ですが、これなどはまさしく宇野系の目指す尾ではないかと思ってしまうのです。

続いて「ひと口に小判に尾鰭というが、均整美をたたえてのことと思う」と結論付けてらんちゅうの美を総括されているのは、美術品とはかくあるべきとする氏ならではの審美眼であり、らんちゅうを高尚な趣味まで押し上げる当時としては原動力となったことでしょう。

山崎氏の一文は、格調高くわたしたちに「らんちゅうの美とはなんぞや」を教えてくれていると思いました。

ある意味、わたしたちも山崎節堂氏に倣い、既成の押し付けの美ではなく、らんちゅうの本質を探究しつつ『鑑賞力』を養う必要があるのではないかと考えさせられました。

今回はにしきさん、ありがとうございました。良い文章を読ませていただきました。

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2009年4月 3日 (金)

福寿草を観に

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本日は久しぶりの山登り。
彦根の奥に霊仙山という山があります。この山域は石灰岩質で山稜に岩が露出しています。この時期、そのアルカリ質の土壌を好む福寿草が満開を迎え一面黄色い可憐なお花畑になるんです。

毎年登るんですが、これがふんぺいの春の訪れを知る儀式みたいなものです。今年も綺麗に咲いていました。朝日新聞の一面で先日紹介された為なのか多くの登山客が詰め掛けていました。いつもは静かなんですけどね。

いよいよ本格的ならんちゅうシーズンに入ったという気持ちになってきました。

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2009年4月 2日 (木)

肉瘤考 外伝

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今回は「肉瘤考」でご紹介できなかった姫路の金魚を少し見てみましょう。

らん丸さん、この個体ですよね。(^^;)

前方やや上から見た左の画像がこの個体の特徴を際立たせています。ご参考までに上から見たこの個体も掲載しますね。この立体感は画像では判り難いです。実物はもっと凄いんですよ。

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この二つの画像は同じ個体です。色々な角度から見ると、さまざまな表情を見せるのが判るかと思います。平べったい頭ではこのような表情は見せません。二次元の頭と三次元の頭との違いはここにあります。すなわち、三次元の頭はトキンがしっかり乗っていて立体的だということです。平面的な頭より躍動感があるんですね。

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2009年4月 1日 (水)

胴を検証する

さて、今回は二歳魚で胴を見ていくことにします。

1_2  尾までの画像を掲載すると、尾で思考停止しちゃう人も多いかと思うんで、集中できるように頭と胴体だけの画像ですよ~

この時点で見れるものは、頭骨(目巾)と胴の付き方だけです。二階建て(胴体を輪切りにしたら瓢箪形のもの)になっていないので良い感じです。鰓も後退してないので(背がV字に頭にめり込んでない)背が低いと判断できます。腹が少しふっくらしてますけど、そんなに餌食わしてないんですよ。次に横見です。

並べると良く判るでしょ?
この個体、背出しの最初が異常に低いですよね。で、少し凹んだ感じになりつつ、やや高くなっています。そしてまた低くなっているんです。これから凹んだ部分はまっすぐになります。上の画像で反射で鱗がキラって光ってますね。それがどの部分にあたるか横見で確認してみてください。

「背が低い」と「背巾」というのを実際の画像で検証してみました。皆さんもこんなふうにして見てみてください。

ですから、背が低くて巾のある個体を出来るだけ残していくってのが「らんちゅうらしさ」を追究する一つのポイントとしてあるんだということを忘れちゃいけないんだと思うんですよね。 宇野先生もこのあたりは何度も言及されていますね。

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